さらわれた者の運命
「あのね、コタローちゃん。あたしね、聞いたことがあるんだけど。魔王にさらわれたお姫様ってさ、魔王のお嫁さんにされるって話。ほら、お話しで良くあるじゃない。私、私、コタローちゃんのお嫁さんにならなってもいいわよ。なんかロマンチックじゃない。」
少女は少し恥ずかしそうに、つかえながら言いました。そして上目遣いに魔王の方をちらりと見ました。
「ばか、そんなことが出来るわけ無いだろう。」
少女の期待とは裏腹に、魔王は困惑の表情をして言いました。
「何よ、私じゃ不満なの。」
少女は少し怒りを込めて言いました。
「そうじゃないよ、いいかい。良く聞いてよ。君はアルスの国の第一王女。次期国主だ。そして僕はこの国の王。お互い距離を取って平和が維持されている。それなのに、迷い込んできた君を無理矢理僕の后にしたら、君の国と僕の国は戦争になってしまうよ。ただでさえお互い良く思っていないんだ。それはもう恐ろしいことになるよ。」
「そういうことを言っているんじゃないわ。」
「じゃ何さ。」
「本当に鈍いのね。」
「鈍いのは君さ。全く、これだから深窓のお姫様は。考え方がお子様で困るよ。物事の理解というのが成ってないんだから。」
魔王の言葉に、少女の中で何かがはじけました。少女は怒りの声を上げて、ベッドから立ち上がり、拳を振り上げて、魔王に詰め寄りました。
「何よ、お子様ですって。物事の理解が成っていないですって。よくも、よくもそんなこと。女の私に恥をかかせたわね。絶対許さないんだから。」
驚いたのは魔王の方でした。小女のあまりの剣幕に後ずさりながら、
「何をそんなに怒っているんだい。どうしたのさ。」
といいました。
少女は、訳がわからないという顔の魔王の胸を拳で叩きながら、
「悔しい、悔しい、馬鹿にされた。恥をかかされた。絶対に許さないわ。」
と半分泣いたようになりながら叫びました。
「ともかく落ち着こうよ。」
「落ち着いているわ。」
「ほら、ジョンも見つかったし、帰る支度をしようよ。君の母様も心配しているよ。」
暴れる小女を宥めながら、魔王は扉を開け、少女を外に連れ出そうとしました。
「まだ話は終わっていないわ、帰るもんですか。絶対帰らないわ。」
「ほら、帰ろうよ。」
「帰らないわ。」
廊下で作業をしていた魔物達は、半開きの扉から小女を外に連れ出す魔王を見ながら、何事かと思いました。
「おい、あれは帰すって言っているんだよな。」
「うん、俺にもそう聞こえた。」
「じゃあ、なんで揉めてるんだ。」
「さぁ…。」
二人のやりとりを聞きながら、魔物達も困惑して言い合いました。
「眠りを司る精霊よ、この者に深い眠りを。」
困り切った魔王は少女に眠りの魔法を掛けました。
「絶対に帰らない…。」
魔法が効いたのか、少女はすぐさま深い眠りに落ちました。
魔王は深い眠りに落ちた少女を抱えながら、成り行きを見守っていた魔物達に向かって言いました。
「皆の者、心配ない。この娘のたっての希望から我が私室で尋問をということになった。些か困惑したが、異国の者からしてみれば何処に連れられ如何にされるのか安心できぬものやも知れぬと、同意した。しかし途中で、疲れと緊張からか些か乱心したようだ。この者の愛犬も無事見つかった。これ以上の問題が生ずる前に、私がこの者達を直接アルスの国に送り届けようと思うのだが、いかがであろう。」
「魔王様直々に…。勿体ない。人間を付け上がらせすぎますぜ。」
「皆の者、この件は穏便に済ませたいのだ。どうか解ってくれ。」
魔王は部下達に頭を下げました。
「勿体ない、魔王様、頭を上げてください。俺たちそんなつもりで言ったんじゃないです。魔王様の力が強大なのは知っています。ただ俺たちのために人間に頭下げてくれていることをちゃーんと知っています。魔王様が不憫で成らないだけです。ただ、俺はこいつらと違って魔王様の決定なら文句は言いませんぜ。」
「この野郎、お前だけいい子に成ろうってのか。私も魔王様のお考えが一番だと思っております。」
「私も魔王様のお考えでしたら。」
「魔王様好きです。」
口々に言い合う部下達に再び頭を下げて、
「そなたたちに感謝を。しかし、元老院の者達の了承も取らねばならぬ。皆の者はこのまま己が務めを続けるがよい。」
と言いました。
「御意に。」
部下達は畏まって頭を下げました。
魔王は少女とその愛犬を抱えると、議事の間に急ぎました。