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魔王と勇者  作者: S
3/10

魔王の部屋

 「さぁ、ここが私の部屋だ。」

 魔王と少女が中に入ると、なにやら奥の方にうずくまっていた黒い物体が二人めがけて走り寄ってきました。

 「キャン、キャン」

 その生き物は少女に飛びつきました。

 「ジョン。」

 「なんだ、知っている犬か。お前が森に踏み入れる少し前、私があの森を視察していると、急にその犬が走り寄ってきて、私にまとわりついて離れなくなってしまったのだ。仕方ないので帰還の魔法で城に戻り、この部屋に置いたところで、あの騒ぎが起きたのだ。」

 「ジョン、ジョン、良かった。」

 少女は涙を流しながら愛犬を抱きしめました。

 「でもコタローちゃん、あなたはこの子を知っているはずよ。小さいとき、あなたがあたしの家に来てよく遊んだじゃない。その時のことを憶えているからジョンはあなたの匂いがして走り出したのよ。きっとそうよ。全てあなたのせいだわ。」

 「そうか、それはすまないことをした。たしかにその犬は憶えている。確かにジョンと言った。」

 愛犬を抱えた小女はきょろきょろと部屋の中を見渡しました。

 「へー、けっこう質素なんだ。」

 部屋は8畳くらいのこざっぱりとしたもので、机と椅子と本棚と質素なベッドが一つ置いてあるきりでした。

 「魔王と言うからどんな豪華な部屋かと思ったら、ずいぶん質素なのね。」

 魔王のベッドの上に勝手に腰を掛けて、足をばたばたさせながら少女は言いました。

 「私のベッドに乗らないでくれ。私は派手な物は好きではないのだ。」

 「でも、謁見の間は豪華だったよ。」

 「あれは初代からの物だ。公的な場所は威厳もあって、あのようになっているのだ。私はああいうのは趣味ではない。」

 「相変わらず無欲ね。あーあ、拍子抜けしちゃった。魔物に捕まったときにはどうなるかと思ったけれど、安心したわ。魔物について恐ろしい噂しか聞かなかったもの。それが私たちとそう変わらないのね。」

 「まあね。恐ろしい異形の悪の生き物だなんて、人間達が勝手に言っているだけだよ。」

 「ところで、どうしてコタローちゃんが魔王なの。」

 「それは、色々と深い事情があってね。それよりも、僕に言わせてもらえば君こそどうして姫なんだい。」

 「それも深い事情があるのよ。私もこのことを知ったのはけっこう後だったんだけどね…。」

 

 少女の家族と魔王の家族は幼い時に、とある人間の土地に住んでいました。その地は人間の土地でもアルスと呼ばれる国の地でしたが、その中心の王都からかなり離れた辺境にありました。そこは、農家がぽつんぽつんとある程度で、中心の大分くたびれた教会と派遣されてきたやる気の無い領主の目もほとんど届かない場所でした。

 その中でも、少女の家と少年魔王の家は隣同士にあって、お互い仲良く行き来していました。

 少女の家には、中々の美人ですが豪快な母親と、気が弱くいつも小さくなっている父親がいました。少年の家には、美しくも華奢で儚げな母親が一人いるきりでした。

 少年の家には、時折父親らしき者がお金や物を持ってくるのですが、一日二日とわずかな時間しかおらず、母親と少年を抱きしめて直ぐに何処かへ行ってしまうのでした。

 それを見た少女の母親は可愛そうに思ったのでしょうか、何かと少年の家族に親切にし、少年を家に泊めて寂しくないようにしたり畑仕事やら細々としたものも手伝ってくれたりしました。少年の母親も、同じように小女を家に泊めたり、得意の裁縫などで少女の母親にお礼をしたりしました。

 

 「じゃあ、あの君のお母さんが王族だったわけ。」

 「そうなの、お祖母様が女王で代々王権は長女に移るのよ。お母様は次女だから早々に家を出たわ。周囲の反対を押し切って、好きだった平民の父様と結婚してあの土地に移り住んだの。母様が王族だなんて私も小さい内は知らなかったわ。その内に大叔母様が他の国の人を好きになって家を出たの。相当揉めたみたいだけど、国は妹にと言うことになって身分を捨てて行ってしまったわ。うちの家系なのか結婚に関しては情熱的で、王族としての最後の責務を放棄しない限りは当人の意思が勝つようよ。」

 「じゃあ、現国王はあのお父さんなんだね。」

 「そうよ、うちの国では男性はほとんど政務に拘わらないから平民でも文句は出ないわ。でもお祖母様やアルス国教会の本音としては貴族の出でないことに不満はあるわ。そこが難しいところだわね。」

 「あの、妹さんは。」

 「カリナね。カリナは修道女になったわ。国政よりも真理を知りたいんですって。今では聖魔法や治癒魔法も使えるようになっているわ。でもアルス国教会のやり方が気に食わないっていつも言っているわ。表だって反抗はしないようだけどね。」

 「その国教会の連中が、最近境界線付近で不穏な動きを見せているんだ。それで僕は頻繁に見回りをしなくちゃ成らない。やはり君の国は僕たちを根絶やしにしたいのかい。」

 「国の感情は複雑ね。国民は魔族を怖がっているし、かといって戦をしようとまでは考えていないわ。今まで通り、境界線の向こうに行かないことだけを考えている。お母様も同じよ。強力な力を持つ魔族との無用な争いは避けたいところ。そちらが境界を越えて攻撃したりしない限り手を出すことはないわ。ただ、国教会の中には急進的な者達もいて、森を焼き払い魔族を根絶やしにと主張しているわ。今のところ少数派だけれど、神の教えを盾にとって同調者を増やそうとしているわ。貴族の中にも同調者が出るのも時間の問題ね。教会も貴族も一枚岩じゃないわ。」

 「やっぱり。ねえ君は、王族だよね。どうか、君の力で魔族に危害を加えるのを阻止して欲しいんだ。魔族は戦争を望んでないと君のお母様に、君の国の人たちに話して欲しいんだ。」

 「そうね、でも難しいわ。お母様も女王に即位してから日も浅いし、この私に至っては何の力も無いわ。」

 「じゃあ、君に僕から親書を託す。それを持って行ってくれるかい。」

 「それくらいなら大丈夫よ。」

 「ありがとう。」

 とてもうれしそうに笑う魔王を見て、少女は不思議と胸がきゅっとなりました。

 少女は目をそらしながら、言いました。

 「それはそうと、コタローちゃんの方の話を聞きたいわ。」

 

 二人が十歳を超える頃、少年の家は突然引っ越してしまいました。少年のお母さんが心臓の病気で亡くなってしまって、お父さんが迎えに来たようでした。少年のお父さんも褐色の肌で髪は黒く、耳は少し尖っているようでした。少女はその時初めて少年の父親を間近で見ましたが、特に違和感も無く、なんとなく異国の人だなと思っただけでした。少年との別れの時、少女は花輪を、少年は団栗で作ったネックレスを相手に送りました。そして、泣きながら、また会おうと約束をして、少年は牛に牽かれた荷車に乗り、それを少女は見送りました。

 

 「僕も、自分が魔族だとは知らなかったんだ。後で知ったんだけど。父は純粋な魔族で、母が人間だったんだ。当時はお祖父様が魔王で君臨していたんだけど、お父様が人間のお母様に恋をして結婚しようとしたんだけど、やはり周囲が猛反対したんだ。特にお祖父様が猛反対したそうだよ。それでお父様はお母様と、隠れて結婚をした。多分お祖父様は知っていたと思う。だけど何も言わなかった。家臣の中でも近しい者達はうすうす知っていたのかな。その他の者達は知らなかったようだけど、魔王の血筋は強力な力を持つから、誰も何も言わなかった。特にお父様は一族の中でも特に強力な力を継承していたんだ。表向きは皇太子として働いて、時間が出来るとお母様の所に会いに行ったんだ。お祖父様はそれを苦々しく思ってね、孫が出来ている以上お母様に手を出すことはなかったけれど、お父様に頻りに縁談を勧めたそうだよ。魔族の良いところのきちんとした女性と結婚しろとね。でも、お父様は絶対頷かなかった。仕舞いに自死するとまでお祖父様に言ったそうだよ。一人息子に死なれてはと、お祖父様もそれ以上は何も言わなかったそうだ。それから、しばらくは魔国とお母様の所を行ったり来たりしていたんだけど、お母様が亡くなったでしょ、僕を一人で置いておけなくなって、迎えに来たんだ。初めは、魔国で隠して育てるつもりだったらしいけど、お祖父様が何もかもご存じで、僕とお父様を呼び出して、僕を魔族として育てると宣言したんだ。それでも外聞があるからと、しばらくは隠されたけれど、お祖父様は逆に僕のことをとてもかわいがってくれた。お父様の小さいときに似ているんだって。それから良く、孫というものは本当に可愛いなぁと言っていたよ。それからはしばらく平穏な日が続いたんだ。けれど、お父様が、やはりお母様に早く死なれたショックかな、それから僕もお祖父様に後見人になってもらったという安心感からなのか、それまでの心労がたたってね、急死してしまったんだ。お祖父様は大層悲嘆に暮れてね。あんなに悲しそうなお祖父様は見たことがなかったな。それから、僕は王位に付くために勉強、魔力の訓練やらをみっちりしごかれて、王位を継承した。幸い父親譲りの力も健在で、皆が納得した。その後お祖父様も天寿を全うしたので、僕が魔王になったというわけさ。」

 「そんな事情があったのね。あなたのお母様が無くなったときは私も憶えているけど、とても辛かったでしょうね。お父様も直ぐに亡くされていたなんて、私なんと言っていいか解らないわ。今一人でしょ、辛くないの。」

 「ありがとう。優しいね君は。でも僕は一人じゃない。沢山の人が僕を支えてくれる。その人達のために僕も出来ることをしたいと思っているんだ。」

 「コタローちゃん…。」

 少女の頬が少し紅くなったようでした。

 「じゃあ、僕は偉大なるアルスの国の女王陛下におねしょをした僕のパンツを洗わせた訳だね。光栄だなぁ。」

 おどけた口調の魔王の肩を少女は軽く叩きました。

 「何を馬鹿なことを言って。」

 そして、少女は躊躇いながら言いました。

 「ねぇ、コタローちゃん。あのね。」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


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