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魔王と勇者  作者: S
2/10

魔王と姫

 供の魔物達は既に退き、他の魔物達と一緒に控えていたので、その小女の声は聞こえなかったようでした。

 少女はおもむろに立ち上がり、言いました。

 「コタローちゃん。やっぱりコタローちゃんじゃない。ほら、私だよ私、小さいときに隣に住んでいた、憶えていない?」

 「何故、私の幼名を知っている?私と私の親しか知らないはずなのに…。まさか、お前マリアか。」

 「そうだよ、マリアだよ。懐かしいなぁ。すっかり大人になっちゃって。でもどうしてコタローちゃんが魔王なの?」

 いきなり立ち上がった少女が何やらまくし立てている様子に、周りの魔物達も騒然となりつつありました。

 魔王はそれを察して、玉座から降り、少女に近寄りその身を抱きかかえると、その口をふさいで、耳元でささやきました。

 「その名を口にするな。私は今、ルシフェル3世なのだ。ともかくこの場を収めねばならない。黙って言うとおりにしろ。」

 少女は素直にうなずいて、再び玉座の下に跪きました。

 魔物達は騒然としていましたが、王は落ち着いて言いました。

 「皆の者、心配ない。こやつも気が動転したのだろう。所で、この件に関してだが、帰すにしても人質にするにしても、今アルスの国の内情が解らねば不安が出る。今一度この者を吟味したいのだがいかがであろう。」

 「それは御意に。まさに我が王は聡明であらせられる。それについては、我が国きっての審問官をずらり集めましょう。彼らは尋問、さらに必要とあらば拷問にも長じておりますが故に。」

 「いいや、それには及ばない。この私自ら尋問を行う。私一人で行いたいのだが異論はあろうか。」

 「魔王様お一人で?」

 「不満か?」

 「いいえ、決してそのような…」

 「この者も一国の姫である以上誇りもあろう。それなりに扱わねばならぬ。況してや、この者はアルスの国の者。下手に扱い、傷を付けたとなれば、勇者と称する者が聖剣を持って、我らも無事には済まぬ。ただ、魔王自らが尋問したとなれば無用な軋轢も生まれまい。」

 「成程、さすがは王は名君であらせられます。その聡明さ故にあなた様を我らは心から慕っておりまする。あなた様はいつも我々を一番に考え、自分のことは後回しにされますゆえ。そのような王のお考えであればどうして異論など申せましょう。」

 「そうだ、そうだ。」

 たしかにこの魔王は国民から慕われていました。生まれながら力は強大でしたが、欲がないというか純真で、王に推戴されてからも自分の利益など眼中にないようで、いつも国民の事を第一に気を掛けて政を行うのでした。

 「それではこれにて公の詮議は終わりとする。続いて、私はこの者の尋問に移る。皆の者は持ち場に戻るがよい。」

 「御意。」

 扉からぞろぞろと魔物達が出て行きました。

 「いや、驚いたよ、人間の国の姫がこちらの国にいることでさえ火種になりかねないのに、扱い方を間違えれば我が国も無傷では済まないからな。その点我が王は賢い。」

 「そうだ、あのような名君に仕えて、我々は幸せだ。」

 「ところであの姫もなかなかの美人だな。」

 「そうだ、魔王様がお一人で尋問すると仰せられたときには、一瞬、王はその娘を見初められて、お后にするおつもりかと思ってしまったよ。」

 「まさか、王はあれでなかなか身が堅い。今まで国中の美女が王に見初められようと考えていたが、王は一度もその玉体に指一本も触れさせようとはしなかったのだ。あまりの堅さに却って大臣達も頭を抱えているそうだよ。」

 「それこそ、私は、あの姫が我が王の后にでもなれば、国内は勿論、両国の関係上良いとさえ思うよ。」

 「無理無理。今の若い連中ならいざ知らず、頭の硬い年寄り達は人間と結婚することなど決して認めないからな。況してや王となれば元老院のじいさん連中が黙っちゃいないぜ。」

 「それに人間の方も黙ってはいないだろうさ。」

 このようなことを言い合いながら、魔物達は、皆持ち場へ戻っていきました。

 最後に王は姫を連れて扉を出ました。

 「どこへ行くの?」

 「お前を尋問する部屋だ。」

 「どこにあるの?」

 「地下牢。」

 「えー、やだよ。コタローちゃんの部屋に連れてってよ。」

 「馬鹿。何処の世界に他国の姫を自室に入れる王がいるのだ。」

 地下牢に向かって城の廊下を歩きながら二人は言い合いました。

 「地下牢って薄暗いんでしょ?」

 「…。明るい地下牢があるのか?」

 「私は構わないからコタローちゃんの部屋にしてよ。」

 「私が構うのだ。ともかく、その幼名で呼ぶな、王と呼べ。」

 「ふーん、恥ずかしいんだ。」

 「そんなことはない。」

 そうは言いつつ一瞬目をそらした王を、マリアは見逃しませんでした。そして大きく息を吸い込むといきなり大きな声で言いました。

 「魔王城の皆様。魔国の王ルシフェル3世ことコタローは、小さいとき私の家でお漏らしをし、泣きながらパンツを…。」

 「しーっ。なんてことを言い出すんだ。」

 「事実でしょ。もっといろんな事、いっぱいあったでしょ。」

 廊下で作業をしていた魔物達は何事かと視線を向け始めました。

 「コタローちゃんの部屋に連れてってくれなきゃ、もっと話しちゃう。」

 完全に主従が逆転した魔王は、

 「解った、私室に案内する。」

と、絞り出すような声で言いました。

 地下への階段を素通りし、王の私室に入っていく二人を見た魔物達は俄に色めきだちました。

 「あの、自室に女性を一度も近づけなかった王が、よりにも寄って、人間を中に入れるとは。」

 「まさか本当にあの人間を見初めたのか。」

 「ありえない。城の女性達がどれほどアプローチしても、指一本も触れさせなかったのに。あの王に限って。」

 「これは一大事ですよ。」

 「ショック。」

 「あの王様が見初めたのであれば、それは良いことだと私は思うが、頭の硬い大臣連中が何と言うか。」

 「それが問題なんだよね。」

 魔物たちは口々に言い合いました。

 


  

 

 




 



 

 

  


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