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ヨハイス・ヴィブロスとの顔合わせのあと、一切私用での外出ができなくなった。
いや、禁じられたわけではない、だが、休みになる度に王妃殿下や王太子妃殿下、他にも多くのご令嬢が騎士としての私を茶会に招いてくださるのだ。精々出ることができて貴族街、王都の外周に位置する第十騎士団に行くことなど叶わない有様だった。
ヨハイス・ヴィブロスから求められていた顔合わせは、これにより有耶無耶にされたのはよかったが。騎士シュベルツが言っていたことが、穿った見方ではないことが証明されたということか。
私の能力が欲しいなら、そう言えばいい。私は騎士なのだから王家に忠誠を誓っている、確かに性別を偽ってはいたが、騎士としては真っ当に務めているのに。
信じられていないということか。
思い至った事実に、訓練場に向かう足が重くなる。
騎士としての訓練も減らされ、女性王族の警護の日々。腕も鈍ってきたのを感じるが、自主訓練で他の騎士に手合わせを願っても、女だからという理由で断られる。日常訓練であっても手を抜かれているのがわかる、確かに私は魔法を使わぬ素の実力では第一騎士団に相応しくない技量だろう、だがそれと訓練は違うのではないのか。
王妃殿下が以前、第十騎士団の一員としてシュラが参加している魔獣討伐の遠征から戻ったら、彼を祝うために休みをいただけるという話もまだなく。もうひと月以上経っているのだから、もしかしたら忘れられているのかもしれぬな。そのこともまた気を滅入らせる。
「やあ、騎士アーバイツ。どうした、随分とシケた顔をしているな」
「ジェンド団長。お疲れさまです」
訓練場の隅で黙々と素振りをしていた私に声を掛けてくれるのは、ジェンド団長くらいなものだった。そのこともまた、他の団員の不評を招いているのだろうが、知ったことか。
「久し振りに、手合わせでもするか?」
挑戦的に口の端を上げて提案してきた彼に、是非にと願う。
「魔法を使用しても構いませんか?」
他の団員と稀におこなう手合わせでは、魔法の使用を禁じられていたので確認したのだが、呆れた視線を向けられた。
「あ? 勿論いいに決まっているだろう。魔法も実力の内だ、なぜ禁ずる必要がある? むしろ、バンバン使え、使わねば磨けないだろう、訓練にならぬではないか」
心なしか大きな声できっぱりと言われた言葉に安堵する。
「ありがとうございます。では、心置きなく」
手袋をシュラからもらったものに替え、団長と共に訓練場の中央に移動する。
衣服に付与魔法をかけて団長の呼吸を計り、剣を抜いて地面を蹴る。
「しぃっ!」
突きにいった剣を立てた剣でいなされ、返す剣で胴を狙われ横っ飛びで躱す。間合いを取り、剣を握る手袋越しにもう少し剣を軽くする魔法をかけ、靴にかけていた俊敏性をあげる魔法を強化する。
その一瞬の隙で間合いを詰めてきた団長から振り下ろされる剣に、剣を沿わせて受け流したが、その剣を無理矢理横薙ぎに払われ、軽量していたのが仇となり吹っ飛ばされる。
飛ばされた勢いを使って空中で一回転し、着地と同時に後方に素早く二回跳ね、その勢いを使って団長の方へ跳ぶ。
「はあぁっ!」
低い姿勢からの突きを寸前で躱され、咄嗟に身を捻って剣を切り上げれば、ガキンと金属音が響き刃を止められる。
「久し振りだが、キレは前以上じゃないか」
「動きやすい服装ですし、空腹では、ありませんから。ですが、腕は鈍ってますよ」
つばぜり合いは分が悪いのですぐに飛び後退り、間合いを取って剣を構えつつ呼吸を整える。
「今日は万全ってことか」
「まだ、万全の装備では、ありませんが、あ、いえ、あの時に比べれば、十分です」
眉を顰められ、言い直した私に、団長は苦笑いして、剣をおろした。
「なるほどな。あとは持久力といったところか」
「面目ありません、精進いたします」
息を吐き、私も剣をおろす。
「手合わせいただき、ありがとうございました」
「いや、こんなことくらいしかしてやれぬからな……。君はよくやっている、だが、だがそうだな、もっと主張せねば、摩耗してしまうぞ」
「主張、ですか……難しそうですね」
言葉を選んで告げられた内容に苦く笑う。騎士シュベルツだけでなく、この人までそんなことを言うのか。
それ程、いまの私は危うく見えるのだろうか。……そうかも知れないな、なんだか随分と疲れてしまった。弟が嫡子としてお披露目をするまで、その期限があったから騎士をしてこれたのかも知れない。
「随分、疲れた顔をしている」
「目標がなくなり、気が抜けてしまったからかも知れませんね……。すみません、今日は早く休んで、気持ちを入れ替えて参ります。ありがとうございました」
背筋を伸ばし礼をして、逃げるように自室に引き上げた。
剣の手入れをし、自身は浄化の魔法で済ませ、食堂の隅で早めの夕食をとり、部屋に戻って早々に部屋の明かりを落とした。
ベッドヘッドに背中を預け、闇の中で片膝を抱えてカーテンを開け放ってある窓を見上げる。
月の冴え冴えとした光が部屋に入り、窓枠の影を落としている。
うとうとと瞼を落としたとき、キィ……と、風も無いのに窓が開いた。
ぼんやりとした視界に、影だけがするりと部屋に入ってくる。
「ここは三階だぞ? 無茶を、する――」
緩く笑った私だが、声が喉に詰まる。
ああ、いつか、いつかお前が来るのではないかと、思っていたよ。
「バルザクト様、あなたのためなら、いくらでも無茶をします、いくらでも」
目の前に現れたシュラが、ベッドに膝をついて私に向かって手を伸ばし、縋るように強くその両腕に私を抱きしめた。
「ああ、バルザクト様だ、バルザクト様、バルザクト様」
痛いくらいに抱きしめられながら、逞しいその背中に手を回して私も彼を抱きしめ返す。
「元気だったか、シュラ」
「はいっ、はい……っ」
腕を緩めさせて、見下ろす彼の頬に触れると、その手を握られ、彼が私の前に膝を畳んで座る。
「バルザクト様。あの、実は、あなたを、攫いに参りました。まずは俺の話を聞いてください」
その真剣な様子に、私も身を起こして彼の前に背筋を伸ばして座る。
一旦は離れた手に再度両手を包まれて、膝が触れ合うまで彼が近づく。これは、話をする距離なのか?
「実は俺、ここ数日、色々調べてました。まずは、王妃様の動きについてですが。現在王様が外遊中であることはご存じだと思いますが」
王妃殿下と国王陛下だな、言い方はあとで正しておこう。
「王妃様は秘密兵器のようなバルザクト様を囲うために、公爵家を継いだ兄の子と結婚させてしまおうと、短絡的に画策しました。王妃様自体は特に深くは考えていないようですが、公爵はバルザクト様を得るメリットを理解した上で、家の繁栄のために利用する気、満々でした。あなたとの結婚を渋るヨハなんちゃらには、取りあえず結婚さえしてしまえば、外に女を囲えばいいとかなんとか、クソな事を言って納得させ。あなたは家格が低いから、どうとでもなるとかなんとか言っていたので、本当にぶち殺すの我慢するの大変でした。それは、まぁあとで報復するとして。バルザクト様の御実家にも行き、ことのあらましを説明しましたところ、公爵家との縁談にとても前向きでいらしたうえ、弟くんも大変生意気だったので、軽く手合わせしてボコってきました。バルザクト様は五歳の年にはもう木剣を握って血豆を作っていたのに、剣だこすらない綺麗な手で、無茶苦茶むかつきました。跡取りだろうがなんだろうが、武の家系を誇るなら同じようにちゃんと鍛えろと、しっかりとお伝えして参りましたが、どの程度理解しているのやら。あと、領地経営も杜撰過ぎて笑えました。バルザクト様の仕送りなんて、交遊費で水のように消えてるんですよ、ありえねぇ、どんだけ苦労してあなたが稼いだ金なのか全然わかってないんだあの人は!」
立て板に水を流すように蕩々と喋っていた彼が吐き捨てるように言って、顔を伏せた。これだけの情報を数日で手に入れる、彼の行動力……物理的な移動力も含め、本当に驚かされる。
「すまないな……我が父は、あまり深く考えるのが得意ではないのだ。そうでなければ、娘を男と偽り、騎士団に放り込むような真似はしないだろう?」
情けない私の告白に、私の手を握る彼の力が強くなる。
「……っ、それでも……っ、それでも、それがなければ、俺はあなたと出会えなかった……っ」
顔を伏せたまま、葛藤するように背を丸め、私の手を額に押し当てる彼の痛々しさに、私の胸も引き絞られるように痛む。
そして、彼の額に付けられていた手がゆっくりと下ろされ、彼の顔があげられた。
「愛してます、バルザクト様。この先の未来を、あなたと共に歩みたい。どうか、俺と、け、け、結婚、結婚してくださいぃぃぃ」
声が裏返っているぞ。
それに、握っている手が震えている。
心臓の音まで聞こえてきそうな緊張が愛おしい。
「私も、愛している。だが、やはり私は貴族の娘なのだ……いくら、お前が愛しくとも、その手を取ることは叶――んっ」
身を乗り出した彼に、言葉を遮るように強引に唇を奪われた。
力強い腕が背に回り、逃さぬように抱きしめられながら、深い口付けに溺れる。
強く、深く求められていることが、唇から伝わる。愛していると……私の内側からも、彼への思いがおおきく膨らむのを感じる。この腕に身を任せたい。シュラとならば、どこまでも二人で歩んでいけるだろうと確信できるのに……。
やがて、散々唇を貪られ、すっかり熱を持ったころ、やっと口付けが止んだ。
「聞きません。あなたが、俺を愛してくれるならば、俺はあなたを攫います。あなたを搾取する者達にあなたを渡しません。俺が、あなたを幸せにする」
顔中に口付けしながら私を誘拐することを宣言した彼は、いつの間にか流れていた私の頬を伝う涙を拭い、もう一度唇を塞ぐ。
――ああ、私もあなたと幸せになりたい、あなたに、攫われたい。私はもういいのだろうか、自分の幸福に手を伸ばしても。
涙は彼の熱い口付けが、私のなかにある頑なな思いを溶かしたものだろうか。
あとからあとからあふれる涙を、唇を離した彼が困ったように拭う。
「……駄目ですか? 俺じゃ、頼りない?」
先程の強引さとは一転して困り果てた声音に、思わず笑ってしまった。
「馬鹿だな、嬉し涙だよ。察してくれ」
彼の首を引き寄せ、唇を奪う。
あなたは出会ったときから、私よりも私を信じてくれていた。だからあなたを、あなたが信じる私の、この思いに殉じることを決めた。




