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前回のお話は、一度UPしたあと10分後くらいに3倍くらい文章量を増やしたので、もしUPしたとき速攻で読んでくださったかたがありましたら、ちらっと確認していただけたらと思います。
もうそろそろ騎士の守る防衛線に入りそうだ。
王宮にいるべき私がここにいるのを知られるわけにはいかない。
泥を髪に塗り顔を汚して、派手な動きを控え、前に進むことだけに専念する。
騎士達は三人ひと組で行動している、騎士団で決められている魔獣討伐の基本通りだ。
だからこそ、ある程度行動も把握できる。
展開する騎士達のあいだを縫って前に進み、木に登り青白い靄を確認すると、ヤツが一直線にこちらを目指していることに気がついた。
「お前も、私に会いたいのか――」
肌がざわざわと騒ぐ、鼓動が早くなる。
息が切れているのに高揚感に足が止まらない。
森がぽっかりと開けたその場所で、一角の魔獣と私は対峙した。とはいえ、ヤツの魔力が濃くその身を覆い隠しているので姿は見えないが。
「待たせたな、一角の魔獣よ」
低い唸り声が青白い靄の中から聞こえたかと思うとヤツの魔力が更に膨れ、範囲を広げる青白い靄に視界を取られながら、剣に手をかけ魔法を発動する。
「魔力吸収」
肌に重くまとわりつく靄を吸収すると、勢いよく私の中に魔力が流れ込み、私を中心に青白い靄が渦を巻き、魔力の渦に空気が揺れる。
「なん……この……渦っ」
「渦の中に誰か居るぞ!」
一角の魔獣を追ってきたと思しき騎士達が近づく声が聞こえるが、そちらに気を割くことはできない。
気を抜けばヤツにやられかねないのだから。
荒ぶる獰猛な気配がその勢いのままこちらに来ないのが不思議だが、悩む暇はない。
このままヤツの魔力を奪い、力を削ぐことができれば私にも勝機はあるはずだ。
「おい、シュラ! どうなってんだ!」
怒鳴り声がする。――シュラが近くに居るのか。
「そんな……っ! どうして、どうして、ここにっ!」
「魔力吸収の魔法か! おい、魔力吸収をしている者よ! できる限り頼む!」
「魔力が強すぎて、魔法攻撃が通らねぇんだ! すこしでも削ってくれ」
第一騎士団の団長の声や、聞いたことのない野太い声が勝手なことを言っている。
言われずともこの手を緩めることなどしない、いや緩めることができないと言ったほうが正しいだろう。
いま動けば、ヤツは一息に詰め寄って私を食い殺すだろう、そういう意思を感じる。
私がここに来た理由、ここに来なければならなかった理由、私の使命はこの魔力を取り込むことに違いない。
どんな無理を押しても、ここに来るようにと気が逸ったのは、この使命があったからなのだろう。
ならば、それを果たすのみ。
ヤツの魔力を吸い上げることに集中すると、その分だけ吸収する速度があがる。
私の周囲は青白い靄で閉ざされ、もはや視覚では外の様子を伺うことすらできない。
私が感知できるのは、一角の魔獣のおおまかな動きだけ。ヤツが動き、騎士達と戦っているのがなんとなくわかる程度だ。
既に自分の体型が変わり果てている自覚はある。体が、いままでと違うバランスになっている。
ちょっとやそっと、おおきな魔法を使ったところで容易には元に戻らないだろう。
ヤツの咆吼、騎士達の怒声、負傷を伝える声、騎士に指示を出す団長達の声、そしてシュラの声。
負傷者は多数出ている。ここは第一及び第十、第九の騎士団が当たっており、既に半数は負傷などにより戦線を離脱しているようだ。
一人二人と減ってゆく騎士達。
「体力ゲージが半分以下まで削れました! 魔法攻撃が通るはずです!」
シュラの声と共に、魔法の攻撃が開始される。
「魔力吸収してる人! もっと後ろにさがりなさい! 巻き込まれます!」
ジェンド団長らしき声に怒鳴られ、魔力吸収を一瞬だけ止めて後方に飛びすさるが、再開した魔力吸収は離れた分だけ弱くなった。
「吸収が追いつかなくなってます! 魔力の回復が凄い! ここは魔力の吹き出し地点が近いのかも知れません! 魔力を使って自己回復しています! 体力ゲージが三分の二まで戻りました、魔法が効かない!」
「魔力吸収できる者は他に居ないか!」
「いねぇよそんな奴! くそっ! そこのお前っ! 魔力吸収してるお前っ! まだできるな! まだ――」
「カロル! 無茶を言うな!」
「無茶しねぇと無理だろ! くそがっ!」
カロル団長でも、無茶をしなければ無理な戦況なのか。そうか……。
引いた分の距離を進みながら考える。もし触れることができれば、もっと一気に魔力を抜けるのではないか……いや、抜ける。
ならば、無茶をしよう。
魔力吸収を止め、付与魔法を靴、服、手袋にかける。
「どうし――魔力を吸えなくなったのかっ!」
晴れていく青白い靄の外が騒然とするのを聞きながら腰を落とした。一角の魔獣のいる場所は見当が付いている。
ヤツの姿が見えた瞬間、私は低くした姿勢から飛び出した。
途中に居る騎士達の間をマントを翻して駆け抜け、一角の魔獣に肉薄する。
首をおおきく振り、その角で威嚇をするが、魔力が充実している私にそんなものはきかない。体が軽い、どこまででも走れるし、どんなところでも駆け抜けることができる気分だ。
シュラがくれたこの装備のお陰で、いくらでも無理が利く。
途中、名を呼ばれた気がしたが、いつにない速さで走る私の耳元は風の音がうるさくて聞き取れなかった。
ヤツの角を使った攻撃を躱したとき、がら空きになった背中が見え――咄嗟にその背に跨がった。
「魔力吸収」
首の根にしがみつき、魔法を行使した。
今までの比ではない量の魔力を一気に吸い上げる。振り落とすように暴れる一角の魔獣にしがみつくので精一杯で、走り出すのを止める術はなかった。
騎士達が追ってきているのに気付いたが、とにかく一角の魔獣の魔力を減らすことが第一なので、いま離れるわけにはいかない、そして、私がくっついていると騎士達も攻撃をできない。
一角の魔獣は森の中を駆ける。
魔獣の首にしがみつき、道なき道を走る中でいつの間にかマントを失っていたが、途中でこいつの意図に気付いた。こいつは、敢えて魔力が噴出している場所を選んでいる。
魔力が噴出している場所で自身に溜まる魔力を、私に吸収させているんだ。
なんのために?
この森の魔力をなくすために、か。
数カ所目の魔力の噴出箇所で私に魔力を吸われる一角の魔獣は、とてもおとなしかった。
私を背に乗せ、されるがまま魔力を吸収されている。
「お前は……」
お前は殺される可能性があるにも関わらず私の前に現れ、私に魔力を吸収させた。騎士団に殺されるのを覚悟の上だったのだろう? そして、私の能力を見込んでこうして森の魔力を吸収させているのはなぜだ。もしかして、お前はこの森を守りたいのか?
「私が無限に魔力を取り込めるからいいものの……できなかったら、どうするつもりだったんだ」
もしかしたら、野生の勘で私の能力に気付いていたのかも知れないし、単純に偶然なのかも知れないが。私を頼っているらしいこいつに、私は悪い気はしなかった。
一角の魔獣が、促すように私を振り返る。
「ここはもういいのか。わかった、次へ行こう」
しっかりと首にしがみつくと、一角の魔獣が走り出す。数時間前からついてくる騎士はいなくなっていた、こいつの足に敵う人間はそうはいないだろうし、森を走る獣に人間が敵うわけがない。
若干の心細さを感じながら更に数カ所を回り、森の深部にたどり着いていた。
遠くからも見えていた、切り立った崖から轟々と音を立てて水が落ちる巨大な滝があり、淵の側まで来ると対岸に魔獣と戦う騎士達がいた。
狼を倍以上におおきくしたような赤黒い毛並みを持つ巨大な魔獣は酷く禍々しく、普通の狼程の体躯の魔獣を何匹も従えて騎士達に襲いかかっていた。
魔法の攻撃を行っているのが見えるが、巨大な魔獣の足を止めはすれ、致命傷を与えるには至っていない。そして、周囲を守る魔獣の連携に阻まれているのが見て取れる。
その混戦のなかにシュラが居るのも見えた。
一角の魔獣が首をおろし、私に降りることを促す。
「もういいのか?」
背から飛び降り、元々纏っていた青白い靄すらない一角の魔獣を見上げれば、こちらを振り返りもせずに森の中に消えていった。
本当に、魔力を吸わせたかっただけなんだな。そういえば、一角の魔獣が攻撃を仕掛けてきたことはなかった……。
ホッとしたような、呆れたようななんとも言えない心地で後ろ姿を見送り、それから対岸へと視線を戻す。
まずは向こうへ渡らねばならない。淵から流れ出る川へ走り、川幅が狭くなる場所を探して下る。
それにしても――なぜ、こんなに胸が膨らむんだ? ステータスを見てみれば、魔力が既に五桁になっている。五桁か……ちょっとやそっとじゃ使い切れんな。
いまの体型が私の万全の状態ということなのだろう、膨らんだ胸は正直に言って邪魔で、走れば上下に揺れてしまい、本当に邪魔だ。服の性能なのか、体型が変わったにもかかわらず動きに不都合がないのは幸いだったが。
ここに至るまでに脱げたマントがあれば、多少なりとも体を隠せたものを。……いや、これだけのおおきさならば、隠すのも容易ではないか。
王妃殿下たちにももう知られているのだ、今更隠すのは諦めよう、隠れるようなものでもないし。
走りながら腹を括ったとき、川に飛び石のように数カ所岩が突き出た場所を見つけた。
これならば、なんとか渡れるだろうか。先を見ても川幅はまだ広く、飛び越すのは無理そうだ。やはりここを渡るしかないな。
助走を付けるために後退し、向こうに渡りきる軌道を思い描き、足を踏み出す。
一歩目で二つ目の岩を蹴り、二歩目で五つ目の岩を蹴る、三歩目が一番大きな岩で、あともう一歩は水面に見え隠れするギリギリの岩を――。
最後の岩で、僅かに足を滑らせてしまい、勢いが落ちてしまった私は、あとわずかというところで敢えなく川に落ちてしまった。
とはいえ、すこし流された程度で向こう岸にたどり着き、ずぶ濡れになった体は、潤沢にある魔力で乾かした。ついでに浄化の魔法もかけてすっきりしたところで、上流に向かって走り出す。
シュラ達は大丈夫だろうか。騎士団の中でも選りすぐりの精鋭が揃っていたし、彼は第一や第十の団長達を相手に訓練もしていたんだ、大丈夫に違いない。
不安を打ち消しながら走った先で最初に遭遇したのは、負傷した騎士だった。
どうやら、滝の淵に至るまでに魔力も尽き、回復もできなくなった騎士のようだ。それならば、復帰できるようにするのみ。
「きみ……いや、あなたは? なぜこんな場所に」
腹を割かれ、木に寄りかかって座る騎士が、近づいた私に気付き、げっそりとした顔に不審そうな表情を乗せる。ああそうか、いまの私はこんな形だものな。
「死の女神……か?」
自嘲の笑みをこぼした私を、彼はぽかんと見上げてくる。黒ずくめの服を着た女が、こんな奥地にあらわれたら、人ならぬものと思って当然か。
彼の側に膝をつき、手袋を脱いで頬に触れる。
「完全回復」
魔力の残滓が輝いて舞う中、続けて『魔力渡し』で魔力を強制的に注ぎ込む。勿論、副作用は承知しているが、いまはとにかく万全の状態で戦場に叩き戻すのが先だ。
「――っ、ぁっ」
身悶える彼には悪いが、入るだけ魔力を入れて手を離す。
「上流へ急げ。戦いは終わっていない」
腹を押さえてうずくまる彼を置いて、先を急いだ。
お読みいただきありがとうございます。
因みに今回は4489文字でした。
誤字脱字報告ありがとうございます!!
感謝しております(≧∇≦)ノシ




