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一通り部屋の設備と、それぞれの部屋は不可侵であることを言い聞かせてから、シュラを連れて食堂へ向かった。
「学校の寮みたいですね、なんか、懐かしいです」
カウンターに並んだ料理を取りながら、小声で話しかけてくる彼の表情は少々こわばっているが、仕方ないだろう、好奇心と警戒混じりの視線がチラチラとこちらに向けられている。
「よぉ、バルザクト」
「騎士シュベルツとベリル」
濃い茶色の髪を跳ねさせている騎士シュベルツとその従騎士の少年であるベリルの登場に、ホッと気が抜ける。シュベルツは平民出の騎士で、少々ふざけが過ぎるときもあるが、実力と人柄には定評がある好人物だ。
年下の貴族出である私のことも、よく気に掛けてくれる。だから、このタイミングで近づいてくれたのだろう。
彼らも手にトレーを持って、一緒にカウンターを進む。
「団長から聞いたぞ、やっと従騎士を取ることにしたんだってな。彼がそうか?」
心持ち大きめの声で、シュベルツがそう聞いてくれる。
「ああ、シュラだ。シュラ、彼は騎士シュベルツ、そして、彼の従騎士のベリルだ。シュラ、ベリルはまだ若いが、しっかりとした青年なので、教えを請うといい。ベリル、よろしく頼めるだろうか?」
「もっ、勿論ですっ。バルザクト様の頼みでしたら、なんなりとっ」
緊張しているのか少し顔を赤くして、それでも私の願いに頷いてくれたベリルに「ありがとう、助かるよ」と笑顔で礼を言う。
「シュラです、よろしくお願い致します」
「ああ、よろしくな」
「ベリルです、よろしくお願いします」
シュラが表情を引き締めて頭を下げると、二人共笑顔で受け入れてくれたようだ。よかった、彼らがシュラを気に入ってくれれば、平民出の騎士にも受け入れて貰える確率が高くなる。
「バルザクト、お前はまたこれだけしか食わないつもりか? 騎士は体力だと言ってるだろうが。小食でももう少し食べる努力をしたらどうだ」
私のトレーを見たシュベルツが眉をひそめる。
「そうしたいのは山々ですが……」
食べ過ぎると吐く、ということを繰り返してきたのを彼は知っているので、口頭で注意されるだけで終わる。本当に、腹一杯食べたいのはやまやまなんだけれど……そうすると、余計なところに肉が付いてしまって、男としてここに居られなくなってしまう。
だから、つらくても食事を減らしてきたし、無理に食べさせられたときは、吐いた。
でもあと一年だけ頑張れば、お腹いっぱい食べられるのが、今から凄く楽しみだ。
「バルザクトさん、どこか悪いんですかっ」
焦った声と共に腕を掴まれる。見あげれば、青ざめたシュラの真剣な顔があった。
その彼を諫めたのはベリルだった。
「さん、じゃなくて、ちゃんと様を付けて呼ばなくてはいけません。バルザクト様は食事をあまり食べられないだけです、病気じゃないです」
「あ……そう、なんですね、よかった。ありがとうございます、ベリル様」
私を掴むシュラの手を離させたベリルの説明に、強張っていた表情を緩ませたシュラは、気を取り直したようにベリルにちゃんと礼を言う。よかった、シュラが、自分より若い人間に対しても、ちゃんと序列を重んじる人で。
ベリルは私よりも小柄で、ついかわいがってしまいたくなる容姿をしているが、内面はしっかりしていて侮られることを嫌うから。内心ドキドキしていたのは内緒だ。
「それにしても、どういった風の吹き回しだ? 今まで頑なに従騎士を付けなかったのに」
私の隣に座ったシュベルツが、早速本題を切り出してきた。シュラの前で、団長のごり押しで仕方なくとは言えず、意味ありげに笑みを返す。
「私だって、宗旨替えすることもありますよ。……どうした、シュラ?」
「推しの生台詞ありがとうございますっ。いえ、大丈夫です、失礼しましたっ」
正面に座るシュラに瞬きもせずに見つめられ、居心地悪く彼を見返すと、彼はしきりに恐縮する。
「なんでもないならいいが。ほら冷める前に食べなさい、ここの食事は経費に含まれていて、お代わりも自由だから、足りないようならもう一度もらっておいで」
「はいっ」
素直に返事をしてスプーンを動かし、一生懸命な様子で食べる彼を少しの間眺めてから、私も自分の食事に取りかかる。
「シュラも、バルザクトに負けず細いなぁ。食えるなら、しっかり食って、主人を守れるくらいになれよ」
「はいっ。お代わり貰ってきます」
シュベルツに力強く頷き、お代わりを取りに行くシュラに、ベリルも一生懸命スプーンを動かしているのが可愛い。
「ぼくもお代わりしてきますっ」
「いってらっしゃい」
シュラを追うように席を立つベリルを見送ると、シュベルツが上半身をこちらに近づけてきた。
「それで、どういうことだ? お前、あと一年しか居ないから、絶対に従騎士は付けないって言ってただろう。もしかして、辞めるのを延ばす気になったのか?」
「延ばしはしませんよ。団長命令ですから……一年で、なんとかものになるようにはするつもりですが」
従騎士の二人を視界に入れながら、小声でシュベルツに返す。
「辞めるのを延期すればいいじゃないか、まだ二十歳だろう。伸びしろなんかまだまだある」
「残念ですが、自分の限界は自分でよくわかっていますから。ここが私の辞め時なんです」
自分が女であることを隠せるのも、もうそろそろ無理だとわかっている。弟の件がなかったとしても、やはり私は辞めるべきだろう。
「そんなことはねぇよ。お前は自己評価が低すぎる」
苦い口調でぼやき、憂さを晴らすようにパンをかじる彼に、買いかぶりすぎですよと呟いてから、視線を落としてスープをすすった。
【お知らせ1】
楽しく毎日更新していたところではありますが、ストックが少なくなって参りました。
更新がランダムになりますが、今後ともご愛読いただけると嬉しいです。
基本的には『できたて出荷』を目指しておりますが、どうにも遅筆でして……頑張ります。
【お知らせ2】
9月20日一迅社文庫アイリスより『泣き虫シェルの就職事情』(文庫本だよ! お手に取りやすいですぞ!)が発売になります。詳しくは、今後の活動報告にてお伝え致します(まだ書いてないです)、あと、ツイッター(@koru_kk)でも報告しておりますので、よろしくお願いいたします。