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その後、程なく意識を取り戻した巫女エルティナが、パレードを続けると決断してくださったので、我々の隊列は予定時刻をすこし押したものの、無事王城にたどり着くことができた。
「巫女エルティナ、ご決断を感謝いたします」
「もしやめてしまっては、きっと、心ない方々を喜ばせてしまったでしょう。わたくしはもう、逃げたくないのです」
そう言って私を正面から見つめた彼女は、力強く微笑んだ。
「あなたに出会うことができて、本当に幸運でした。あなたは、わたくしの輝ける太陽です」
「私が、太陽、ですか?」
彼女の言葉に戸惑う私に笑顔で頷くと、嫋やかなその両手で私の手を取ってしっかりと握った。
「女性であるのに、騎士の道をすすむあなたが、わたくしに勇気をくださいました。わたくしはもう、黙って負けるのはやめます」
彼女の強さに、目眩がする。私は、仕方なしに騎士になっただけで、そのまま流されているだけなのに、あと一年と経たずに父が決めるであろう相手と諾々と結婚をするだけの……流されるだけの人生を送っている私を、そんな目で見ないでほしい。
私の手を離して毅然と顔を上げて進む彼女の背が眩しくて、真っ直ぐに見ることができなかった。
隣を歩くジェンド団長が私の肩を叩いて、気にするなというように苦笑を向ける。
彼からみれば、私は男で、だから巫女を騙していることを気にしているのだと思ったのだろう。嘘から出たまことか……。
息苦しさが胸を埋めるが、今更引き返すことはできない。最後までやり切るのみだ。
顔を上げ、私も前を向こう。
せめて最後の時まで、この偽りを隠し通す。それが、私の誠意だ。
巫女エルティナは国王陛下の前で祭事が無事終了したことを報告して、一連の神事は終了した。
これ以降は、巫女への慰労を込めた晩餐会があり、夜半には舞踏会がひらかれる。
晩餐会での席次は、巫女の両サイドに妃殿下と皇太子妃殿下が配されて、男性からの守りを厚くしてある。陛下並びに両妃殿下は席順にご快諾くださったそうで、我が国の王族の懐の深さに、尊敬の念が増すというものだ。
清楚なドレスに着替えた巫女エルティナを、感慨深く見守る。純白の豊穣の巫女の服も似合っていたが、こうしたドレス姿というのも華やかで美しい。
「アーバイツ様も晩餐をご一緒できたら、心強かったのですけれど」
「宮廷の料理はいただいたことがないので、あとで感想を教えてくださいね。では、後ほど舞踏会でお会いいたしましょう」
悪戯を共有するように視線を交わし、神官長と共に晩餐会に向かう彼女を見送る。
そして、私は別室に用意されている騎士の正装を身につけた。勿論男物だ、彼女には男装するのだと伝えてある。
男性恐怖症は多少なりとも改善しているようだが、さすがに密着してしまうと緊張が増して、体が強張るということで、ジェンド団長のすすめでこんなことになった。
まさかの女装からの男装……。あり得ないにも程があるのではないか。
第一騎士団とは騎士の最高峰だが、ガチガチにお堅いわけではないのだなと、改めて実感する。
「宮廷などという、魑魅魍魎の跋扈する場所で、お綺麗なままでなどいられるわけがないだろう」
わざわざ正装を持ってきてくださった、ジェンド団長はそう鼻で笑ってから、大きな手で頭を撫でてきた。
「お前はそうだな、そのままでいればいい。眩しいくらいに真っ直ぐに、生きていてくれ」
「……私は、真っ直ぐでなどありませんよ」
苦いモノがこみ上げて顔を歪める私に、彼は笑って背を叩いて部屋を出ていった。
部屋の鍵をかけてさらに部屋の中を検め、他の人間の気配がないのを確かめてから胸の肉襦袢を外すと、安堵のため息が漏れた。
町中で遭遇した魔獣から魔力吸収をしたせいで、胸がわずかに育ち、息苦しかったのだ。
化粧を落としてから黒い巫女の衣装を脱ぎ、厚手のしっかりとした下着を着込んで、堅苦しい騎士の正装を身につける。
豊穣の巫女を守護した騎士は、その誉れとして舞踏会での巫女のエスコート役を務めることになっている。
最初はエスコートなしでエルティナ様だけ出席する予定だったのだが、ジェンド団長が昼間の襲撃事件を受けて、私を『男装』させてエスコートさせると彼女に提案してしまった。
そして、彼女もそれを嬉々として受け入れた。
色々とどうかしていると思うのは、私だけだったらしい。
男装して騎士団に所属している分際で言えたギリではないのだが……胃が痛い。
部屋に置いてあった水を飲み、胃のあたりを擦る。
ああ、髪もどうにかしなくてはいけないか。
縛っていた髪を解き、鏡台にあった整髪剤を使って髪を後ろになでつけ、眉墨で女装時に細く整えた眉をすこし太くして凜々しくする。
見慣れた自分の姿に満足して、襟を整えた。
「素敵ですわ、アーバイツ様」
ドレスを着替えたエルティナ様を迎えに行くと、きらきらしい瞳で胸の前で祈るように両手を組んだ彼女に熱心に見つめられた。
「ありがとうございます、エルティナ様もとてもお綺麗です。先程の藍色のドレスも素敵でしたが、こちらの淡いグリーンのドレスもとても似合っていらっしゃいますね。あなたをエスコートできて、私はとても幸せです」
右手を胸に当てて跪き、差し出された彼女の指先に口付けを落とす。
はにかんだ微笑みを浮かべる彼女が、とても愛らしい。
立ち上がって肘を差し出せば、するりと彼女の手が添えられる。身長差も丁度いい具合で、私は彼女の歩幅に合わせてエスコートした。
さて、本来第一騎士団のエリートがするべき豊穣の巫女のエスコートを、問題児の掃きだめである第五騎士団に所属する木っ端貴族の私がするというのは前代未聞であり、どれ程の好奇の視線に晒されるのかと思えば、ああ、胃が痛む。
一年と経たずに退団する予定だから、その間おとなしくしていればやり過ごせるだろう。そう自分に言い聞かせる、不安な顔は絶対にできない、エルティナ様を不安にさせてはパートナー失格だ。
いくら王宮を警備する第一、第二騎士団の団員からの視線が厳しくても、顔に出すことをしてはいけない。
指定された場所は、王族が入場する豪奢な扉の前だった。
見知ったジェンド団長がすこし離れた位置で第二騎士団の団長と話をしているのを見つけ、すこしだけ緊張が解れる。
国王陛下ご夫妻と王太子殿下ご夫妻の直前に入る予定となっているが、まだ王族の方々はいらしていない。
「そういえば、晩餐会はいかがでしたか?」
周囲の様子から、陛下たちの到着はまだだろうと、エルティナ様の緊張を解すべく話しかける。
「はっ、はい。とても素敵な料理で……」
言葉が尻すぼみになり、躊躇ったあとに自嘲気味な笑みを私に向けた。
「実は、緊張してしまって、あまり味はしなかったんです。でもお料理は、とても美しくて、それに皆様とても優しく話しかけてくださって。とても楽しいひとときを過ごさせていただきました」
本音を話してくださった彼女を微笑んで見下ろす。
「それはよかった」
廊下のざわめきに顔を巡らせて、陛下たちがいらしたことを知り、壁際に寄り胸に手をあて視線を下げて臣下の礼を取る。エルティナ様も、膝を落とし視線を下げた。
「許す、二人とも面をあげよ」
陛下の声に、緊張しながらゆっくりと顔をあげた。
自分が仕える主なので勿論お姿は知っているが、これほど近くでとなると、騎士に任命された時以来だ。
二言三言エルティナ様に声を掛けた陛下が、不意にこちらを見て、感心するように私の天辺からつま先までを眺めた。
「第五騎士団だったか?」
「はい、バルザクト・アーバイツと申します」
本当は名を覚えていてもらいたくないのだが、名乗らねばならぬ雰囲気に、姿勢を正して静かに答える。
陛下もそうだが、王妃殿下の好奇心に満ちた視線もつらい。
「なるほど、なるほど。この度はご苦労である。あとひと仕事頑張ってくれ」
そう言って私の肩を叩くと、私の返事を待たずに扉の前に進んでゆく。
王妃殿下のキラキラとした視線がわからない、王太子殿下のなんとも言えない視線も、王太子妃殿下の王妃殿下に劣らぬキラキラした目もわからない。
戸惑っていると、ジェンド団長から指示されて、扉の前に誘導された。
「なに、入場こそ緊張するだろうが、一曲踊れば誰も気にしなくなるさ、そうなれば巫女と共に退場して構わんよ。さぁ、準備はいいな? 扉を開けるぞ」
ジェンド団長の言葉に頷いて、エルティナ様と視線を交わしてから前を見る。今日の主役はエルティナ様、私はそれを支える騎士となるのだ。
◇◆◇
結果として、無事に舞踏会を終えた。
ダンスも上出来だったと思うし、まだ若い騎士の冷たい視線にも耐えた。
そうなんだ、第一第二共に年配の騎士の私を見る目はなんの感慨もないものだったのだが、若い騎士の視線は感情まみれで、あれは第五の中でもヒラのヒラである私なんぞに、巫女の護衛の役を取られたことに対する怒りなんだろうな。
そんなに怒るならば、自分が名乗りをあげて女装すればよかったじゃないか。女装騎士の汚名を着るのも嫌だし、だけど巫女のエスコートはしたいだなんて我が儘も過ぎる話だ。
だから、エルティナ様を本日お泊まりする部屋まで送り届け、部屋で待っていた侍女に彼女を託したあとで、疲れ切った私を待ち構えていた奴らに対して並ならぬ怒りが湧いたとしても、それは仕方の無いことだろう。
「随分と調子に乗っているな、第五の」
三人の騎士が、恥ずかしげも無く私の前に立ち塞がる。
「何を言っているのかわかりません。私は与えられた職務をまっとうしただけです」
ひとけのない廊下で、明け方に近い深夜。
日中もあれだけの騒ぎがあり、その後の舞踏会。
日中の騒ぎは、黒幕を突き止めるために箝口令が敷かれ、内々に処理されているのだとしてもだ、深夜過ぎまで行われた舞踏会の、有象無象からエルティナ様を守る為に神経をすり減らした私への仕打ちがこれか。
これから街中にある基地まで戻らねばならぬというのに、それも徒歩だ。
深夜に馬を使うなどという迷惑などできないので、徒歩でだ。
徽章を見れば第二騎士団だと知れる。
さすがに第一はこなかったか、もしかすると既にジェンド団長からなにか言われているのかも知れないが。
「まぁいい、折角だから手合わせでもしてもらおうか。我々を差し置いて豊穣の巫女の騎士に納まるんだ、生半可な腕ではなかろう?」
私よりも体格のいい三人に囲まれて、うんざりしながら彼らの訓練所へと連行される。
ああ、空が明けてきた。
今日は休ませてもらえるのだろうか、特別手当とは言わないがせめて特別休暇が欲しい。
しかし、ヒリングス副団長の書類が溜まっているのではないだろうか、せめて一通り目を通して急ぎの書類だけ処理しなければならないだろうな。
気が抜けて眠気のます頭をなんとかたたき起こして、訓練場の土を踏む。
なんで私は諾々とこんなところに連れてこられているのだろう。
途中で逃げればよかったんじゃないだろうか、いやそれはそれで面倒を先送りにするだけだろうか。
まとまらない思考を放棄して、さっさと終わらせることにする。
「剣をお貸しいただこうか」
言った私に、三人は嘲るような視線を向けた。
「おや、騎士とは名ばかりで、剣のひとつも佩いていないとは」
「さすが第五の無駄飯ぐらいだ」
嘲笑される。
先程まで、帯剣を許されぬ私を、無理にここまで引いてきておいてだ、嘲笑する?
「お前らの脳みそには、藁でも詰まっているのか?」
思わず素で聞いてしまった。
「お前らが、私が装備を整える前を見越してここに連れてきたんだろう? 本当に、お前ら第二騎士団に所属してる騎士か? そもそも、本当に騎士か? こんな低脳な事をする人間が、王宮を守る騎士なのか? 信じられん。お前らに騎士の誇りはないのか? いや、本当に、誇りはないのか? クズか? クズなんだな? お前ら、もう騎士を名乗るのは辞めろ。朝になったら、さっさと辞表を出せ、せめて転属願いを出せ、第五に来れば鍛えてやるぞ? いまなら五割増しで鍛えてやるぞ? その藁の詰まった脳みそじゃ、悩むのもひと苦労だろう? だから私が教えてやるよ、お前らは馬鹿だってことをな」
魔獣から抜いて有り余る魔力を威圧に変える。
朝の光のなか、顔色を悪くする三人に笑顔を向けた、怒りを込めた笑顔だ。
「わかるか? わかるな? この程度で動けなくなる、お前らが第二騎士団なわけがあるまい?」
素早さをブーツに付与して、三人を足払いで転ばせる。
「こんなふうに、無様に地を這う無力なクズが、騎士か? そんなわけあるまい?」
起き上がりかける男たちに更に威圧を乗せる。
「どうした? 立てないのか? 虫か? 地を這いつくばる虫になりたいのか?」
まさか、この程度で立ち上がれないなどとは言わないだろう、腐っても第二だぞ。散々煽っているのに、一向に反撃がこない。
地面に張り付いて、睨んでくるだけじゃないか。
「自分よりも弱い者を甚振って楽しいか? 私は別に楽しくはないぞ、お前らを這いつくばらせても、憂さも晴れん」
ふと夜明けの空を見上げ、見知った気配を感じて薄く笑う。
まぁ、この時間は勤務外だから、どこに居ようが問題はない。
威圧をやめて、立ち去るべく彼らに背を向けて歩き出した。
背後で男たちが立ち上がったのが気配でわかる、そして、剣に手をかけたのも。
実に愚かな男たちだ、武器を持たぬ者を背後から襲うなんて、な。
それはもう、自分たちが襲われても文句は言えぬだろう。
――倒れる音が三つあった。
「バルザクト様、あそこまでしたなら、やっちゃってくださいよー。後ろから襲う気でしたよ、あいつら」
音もなく隣に並んだシュラが、口を尖らせる。
「お前がいるだろう? ありがとうシュラ、助かったよ」
微笑んで、高い位置にある彼の黒髪を撫でると、彼の表情が情けなく緩む。
「なんていうんですか、こう、阿吽の呼吸というか。そうだ、バディみたいな感じで、凄くいいですね! ああ、俺、信頼されてる」
ウットリそんなことを言っている彼を置いて、帰路につく。
「ああ疲れた、今日はゆっくり休みたい」
「俺、子守歌歌えますよ、膝枕しましょうか、風呂に入るんでしたら背中を流しますよ」
子犬のようにまとわりつく彼に癒されながら、目を覚ましはじめた町を歩いた。
第五章 完
第六章はもう少々お待ちください。




