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ボルテス団長が部屋から出て行ったドアが閉まったのを確認してから、項垂れて静かにため息を吐き出す。
「あの、バルザクトさん、大丈夫ですか?」
心配そうなシュラに、ぎこちなく笑みを向けて「大丈夫だ」と返す。
残念なことに私としてはちっとも大丈夫ではないんだが、決定してしまったのだからこれ以上心配させるのも可哀想だと思い直す。
「これから、よろしく頼む」
シュラの前に立って私が差し出した手を、一回り大きな骨張った手がギュッと掴む。
「よろしくお願いしますっ! 足手まといにならないように、俺、頑張りますからっ」
正面から黒い瞳に見据えられる。
彼の意見など聞かずに勝手に従騎士にしてしまったのに、怒るどころか前向きに捉えている彼の真っ直ぐさが眩しい。
「ふ……そうだな、明日からシュラにも訓練に参加してもらうことになるから、目一杯頑張ってもらうぞ」
「くっ、訓練ですかっ」
少しだけ意地悪い口調で言った私に、シュラは顔を引きつらせる。
体つきを見れば、訓練などとは無縁の生活を送ってきたことがわかる。果たして、どのくらいでついてこれるようになるか、楽しみだ。
いや、楽しみだではなくて、私が居る一年でなんとか一人前にしなくてはいけないんだな。
「名ばかりの従騎士では、他に示しがつかないから、従騎士としての仕事もしてもらうことになる」
「はいっ! 俺、バルザクトさんの従騎士として、精一杯仕えさせてもらいますっ」
渋い顔で告げた私とは反対に、彼は生き生きと返事をする。
「俺、ではなく、私か自分。私のことは騎士バルザクトか、様付けで。仕えさせてもらう、ではなく、お仕え致します、だな」
先行きが不安だが、一年だ、一年でなんとかしなくては。
焦りから出た言葉が、最初から厳しいことに気付き、慌てて弁解する。
「私は……不器用でな、君を厳しく指導してしまうかもしれないが、ついてきてくれるか?」
いままでも、他の騎士の従騎士や、あとから入ってきて私が指導した騎士達から、何度か不満を漏らされていたことを思い出し、胸に苦渋が広がる。
もし、彼も私の指導を厭うようなら、その時は、なんとか団長に直訴するしかないか。
「ついていきます、俺、いや、自分は、あなたについていきます」
握手したままだった手が、両手で握られる。熱意が、その手を伝って私に流れ込んでくるようだ。
「……ありがとう。さぁ、立ってくれ、君の部屋に案内しよう」
純粋な彼の思いが胸に届き、熱く広がる喜びを押し殺し、彼を部屋に連れて歩く。
我々騎士団が常駐している西部基地と呼ばれる建物の裏手にある、寮へ向かいながら内部の説明もしておく。独身者が利用できるこの寮は、南北に延びる横長の建物で、一人一部屋割当たっているが、貴族出の騎士には南側に部屋を与えられ、部屋自体も平民出の者よりも広く作られている。
騎士に騎士見習いともいえる従騎士が付くのは一般的なので、従騎士用の小さめの部屋も併設されている。体を作るため一日に三度の食事は支給されるし、浴場の他にシャワー室すら設置され、娯楽の為にカードルームまである。
「凄いですね」
感心する声に、そうだな、と返しておく。
私の部屋は貴族部屋の一番端に位置し、隣から平民出の騎士の部屋となっている、丁度境界にある。
「ここが、今日から君と私の部屋だ。君は私の従騎士だから、奥の部屋になる」
「個室ですか! てっきり、相部屋だと思ってました」
興味津々といった様子で中を見て回る彼が満足するのを待ってから、彼の部屋に案内する。
締め切っていた部屋のカーテンを引いて、窓を開ける。
「悪いな、何年も開けてないから埃っぽいな」
ふわりと舞い上がった埃を手で散らし、一旦部屋の外に出る。
「俺、あ、自分、掃除します」
「いや、いい」
掃除用具を探しに行こうとするシュラを止め、右手を部屋の中に向け、清浄の魔法を行使する。
手のひらから魔力が魔法となって放たれ、キラキラとした魔力の軌跡が部屋を綺麗にして消えてゆくのを、同じくらいキラキラした目で頬を上気させたシュラが見ていた。
「す……っ、ご! こ、これって魔法っ! 魔法ですかっ! この、この手でっ! エフェクトまで出るなんてっ」
興奮して詰め寄り、私の手を掴んで目を輝かせる子供のような彼に、苦笑する。
「清浄の魔法はわりと初歩的な魔法だ。君も魔力があるんだろう? なら、すぐにできるようになるさ」
多少のセンスは必要だが、清浄の魔法は魔力さえあれば行使は難しくない。
ベッドに掛けてあった埃避けの布を取り、枕を縦と横に押して形を整えて埃が出ないことを確認する。うん、大丈夫そうだ。
「ステータスオープン、あっ、清浄の魔法が増えてる」
虚空を目で辿り嬉しそうな声をあげた。魔法が増える? 自分が使える魔法も、あの透明な板に書かれているんだろうか。
「そっか、知らない魔法を覚えることもできるのか、『清浄』……あれ?」
右手を前に出して怪訝そうに首を傾げているのを見て、苦笑する。
「いま綺麗にしたばかりだ、重ね掛けしても効果はない場合は、魔法の発動はない。試したいなら、居間の方で使ってみるといい」
「はいっ! 『清浄』っ」
喜んで居間へ向けて清浄の魔法を使うと、部屋中にキラキラと魔力の残滓が舞う。
一度見ただけで使えるとは、まるで魔法の天才だ、嫉妬も湧かない程の圧倒的な才能だ。
違う世界から来たからなのか? 異世界の人間はみんな、こうなんだろうか。
「バルザクトさん! できました!」
「ああ、上手にできたな」
私の内心のわだかまりなど知らないシュラの笑顔に、肩の力が抜け、思わずその頭をぐりぐりと撫でてしまった。
自分よりも小柄な私に撫でられても、嬉しそうに笑う彼の無邪気さに救われる。