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白を基調として、金銀で品良く装飾された、二頭立ての小ぶりな馬車に乗り込んだ。
すこし高くなっている座席に巫女エルティナが座り、私はその後ろの一段低い場所に目立たぬように立って、彼女に日傘を差し掛ける。
傘自体は馬車についているので、日差しの向きを見て角度を変えるだけでいい。
馬の制御は、二人の騎士が徒歩でそれぞれ馬を引いてくれる。
あとは、周囲の様子に目を光らせ、巫女を守り切るのみ。
馬車に仕込んである剣の位置も確認し、更に服の中にも短剣を準備した。
とはいえ、私が動くような事態が発生するのは、よっぽど重大なことで。
この馬車に届く前に、周囲を固める騎乗した騎士たちが無頼者を許すなどあり得ない。
前後左右を騎馬に守られた馬車は、微笑みながら民衆に手を振る巫女エルティナを乗せて、ゆっくりと王都を一巡する。
まだ午前中だが、このパレードは夕方まで掛かるのだ。
貴族街を回り、それから平民街、途中で食事休憩を挟みつつ、ぐるりと外壁近くを回って、目抜き通りを通って王宮に入る。
そしてその晩に、宮廷主催の舞踏会が開かれる。それは他の舞踏会と同じように、翌日の明け方まれ行われ、夜明けと共に解散して一連の行事が終了となる。
なにも起こらなければいいが。
昼食は王都内に数カ所ある公園の一角で摂ることになっていた、へたに飲食店に入ると軋轢が生まれてしまうので仕方ない。
木陰に用意されている昼食会場に、馬車から降りた巫女エルティナを案内する。本当は事前に下見をすべきなのだが、なにせ連れてこられたのが昨日で、打合せの時間すらなかったのだ。
会場の安全は第一騎士団を信じるしかない、私はとにかく彼女を守るだけだ。
木陰の下に、巫女のためのテーブルと椅子が用意されており、私は疲れた様子を見せる巫女の給仕をする。騎士たちは午後から交代しているので食事も済ませているようだが、私に代わりはいないのでこのまま昼食抜きで護衛を続けることになりそうだ。
「あの、アーバイツ様、わたくしには量が多いので、一緒に食べていただけませんか?」
躊躇いがちの言葉に、ふと、毒味はどうなっているのだろうと、不安がもたげる。
美しい四角い塗りの箱の中は小さく仕切られ、それぞれに色とりどりに料理が盛り付けられている。
「承知致しました、ご相伴に預かります。ふふっ、実はお腹がペコペコだったのです、ああ、どれも美味しそうですね」
手早く器から取り分けながら、浄化の魔法を隅々までかけてゆく。
僅かな光がきらめくが、私と彼女にしか見えていないだろう。
「アーバイツ様?」
「一応、念のために浄化の魔法を。内緒にしてくださいね、料理を疑っている訳ではないのですが、今日は天気もいいので」
微笑みながらこそこそと話す私に合わせて、彼女もちいさな声でやりとりしてくれる。
「お天気がよろしいと、問題があるのですか?」
「ええ、食品が傷んだりすることがあるのです。新人時代、遠方への訓練にパンに肉と野菜を挟んで持っていったら、腐敗してしまったりね。貴族出身だと、腐敗した食料にあたることなどないでしょう? だから、おかしいと思いながらも食べてしまったのですけれど」
「食べたのですか?」
驚く彼女に、肩を竦めて頷く。
「酷い目にあいましたよ。ですから、こういう天気の良い日の食事には、人一倍警戒するようになってしまいました。食べるわけにはいきませんが、浄化の魔法を掛ければ、お腹を壊すことはありませんので」
彼女のグラスに飲み物を注ぐ。
「ですから巫女エルティナ、私が食べたものから、召し上がっていただけますか? もし傷んでいるものがあったら、経験者である私がわかりますから。どうぞ、大船にのったつもりで召し上がってください」
「ふふっ、わかりました。よろしくお願いいたしますね」
彼女の了解を得てから、端から順番に食べてゆく。
嗅覚、触覚、味覚を研ぎ澄まして、食べ進めていると不安のあるものがあり、そっとハンカチに吐き出す。
「こちらの菜は、お残しください」
「わかりました」
そっと伝えれば、彼女は素直に了承してくれる。
ああ、素直な護衛対象は本当にありがたいな。
結局、食事は四分の一ほどを残すことになった。
それを申し訳ないと謝罪すれば、彼女はふんわりと微笑んで首を横に振る。
「十分いただきました。アーバイツ様こそ、全然足りぬのではありませんか?」
「いえ、私は元々あまり食べられぬ質でして、これだけいただければ、午後の勤めも十分に果たせますよ」
それにしても、この悪意は第一騎士団の者に共有しておかなくてはいけないが、どのタイミングで誰に伝えればいいのか。遅くなっては、有事の際に障りがでるかもしれないし。
「巫女エルティナ、ご機嫌麗しゅう。アーバイツも、ご苦労」
朗らかな笑顔で近づいてきたのは、神殿で別れて以来のジェンド団長だった。




