■□■1■□■
神祭の主役である、貴族から選ばれし乙女である豊穣の巫女は、祭りの三日間だけ特別に誂えられた白を基調とした豪奢な刺繍をふんだんに施された巫女服を着る。
豊穣の巫女はその名の通り、神に豊穣を祈り、今年一年の平穏と富の象徴たる存在だ。
そして、豊穣の巫女となった女性が結婚すると、その家に繁栄をもたらすといわれている。実際、過去に巫女となった女性達は幸福な結婚をし、しあわせな家庭を築いているということだ。
私はその巫女の付添人として、黒を基調とした一般的な巫女服を着た。
服の下には、少し苦しいものの胸を盛る用の肉襦袢を付け、地面に着きそうな程長いスカートの下には、シュラからもらった黒い細身のズボンとブーツを身につけ、薄手の革で作られた洒落た手袋をする。最後に顔の下半分を覆う薄い紗の布をかけ、細身の剣を腰にさげる。
多少なりとも胸に肉がついてしまったいま、肉襦袢をつけると胸が圧迫されて息苦しいものの、行動を制限する程ではなく安堵する。
前回と違い化粧は派手さを押さえて薄く目元に墨を入れる程度だし、髪もひとつにまとめるだけだったので、思ったよりも準備に時間はかからなかった。
「準備ができたようだな」
「午後からになるのでしたら、昨晩のウチに移動する必要はなかったのではないですか? ジェンド団長」
闇に紛れて王宮にある第一騎士団の宿舎に入り、埃っぽい空き部屋で一晩過ごしたのだが、居心地がいいものではなかったし、胸を圧迫される息苦しさもあり、ついぼやいてしまった。
「そう言うな、念には念を入れてだ。それにしても、今回も見事に化けたな」
「それなりに見えるのでしたら、羞恥を耐えている甲斐があります」
溜息交じりにこたえて立ち上がる。
「謙遜すると嫌味になる程度には、いいできだぞ。特に胸のあたりが」
軽口を叩く彼に胡乱な目を向ける、胸を盛ってあれば女認定されるのならば、他の騎士でもいいだろうに。
「私は打合せどおり、巫女の付添人として護衛すればいいのですね?」
「ああ、武器は馬車のなかに仕込んである。座席の座面の下にレイピア、ドアの内張に短剣。有事の際は後部から鉄製の覆いを引き出して掛ければ、多少の時間稼ぎはできるようになっている。パレード以外は帯剣をしていて構わない」
「承知いたしました」
さすがに巫女の格好をしているから、衆目の中では帯剣できぬか。
例年巫女がパレードで使用する馬車を思い出す。
二頭立ての馬車だが、車体自体はそれほど大きくなく、巫女が座る席の後に一段低く護衛の騎士が立つ場所があり、騎士は護衛がてら日傘を持ってそこに立つのだったな。
周囲を馬に乗った騎士が隊列を組んで護衛するのだから、滅多なことはあり得ないが、過去に有事がなかったわけではないので、気を引き締めて任務にあたらねば。
「まずは、豊穣の巫女と顔合わせだ」
先にたって歩く彼に、続いてゆく。
「そうだ、わかっていると思うが、君はいま、女性だということを忘れないでくれよ。間違っても、男だとばれないようにしてくれ」
「無茶をおっしゃいますね、ジェンド団長。それでしたら、私はなるべく黙して語らねばよいでしょうか? 少なくとも見た目は、女性的であるようですので」
城詰めの騎士達は祭りの期間中はとても忙しいらしく、がらんとしている宿舎を並んで歩きながら、胸の下あたりの服を押さえ、作られた胸の膨らみを強調させてみせれば、彼は僅かに眉を寄せる。
「そうは言ってないだろう。口調をもっと柔らかくして、そうだな、あとは笑顔だ。笑顔があればなんとかなるだろう」
「本当に、無茶をおっしゃる」
溜息を飲み込み、飲みきれなかった愚痴をこぼしながら、スカートを穿いている私の歩調に、当たり前に合わせてくれるジェンド団長は、顔は平凡だがやはり貴族であり騎士なのだなと、妙なところで感心してしまう。
いや、第一騎士団といえば、品行方正で文武両道であることを信条としている、我が国一の騎士団であるのだから、当然ではあるのだが。近年ではそこに、見目の麗しい者が就くという暗黙の了解があるのだが、それをものともせずに団長の座を掴んだジェンド団長なのだから、よっぽど素晴らしい御仁なのだろう。
考えてみれば、私のような下級貴族で第五騎士団の人間にも気安く接してくださるのだから、心が広いのだろうな。
ふとその心の広さを試したくなり、思いついたことを提案してみる。
「いい加減、女性の騎士を作ってもいいのではありませんか? 今回のように、男性嫌いのご令嬢の護衛だけじゃなく、女性王族の護衛だって、女性騎士がいれば、室内の護衛などで護衛対象に気を遣わせることも減るでしょうし、なにより、護衛対象が安心するのではないでしょうか?」
「女性、騎士か。だが、どうしたって、男よりも力で劣ってしまうだろう」
苦くそう言う彼に、肩を竦めてみせる。
「魔力があればどうとでもなります。筋力とて、魔法で補うことができるのですから。だから私のように、体格に恵まれぬ貧弱な者でも、こうして騎士をしていられるのです」
「それは……説得力があるが……」
絞り出すような彼の返答に、そうだろうと内心笑う。いっそ、女であると明かしてしまえば、彼はどんな反応をするのだろうか。
考えるように口を噤んで、黙々と歩く彼の横顔を見上げてから、視線を前に戻す。考え事をしていても、歩調を合わせるのは、さすがと言おうか。
宮廷の南端にある神殿が見えたところで、やっと彼が長考から抜け出した。
「君の考えは面白い。一考の余地があるだろう、検討してみよう」
一笑に付すことなく、誠実に答えてくださることに感動を覚えつつも、本気で受け取られたことに驚きを隠せないまま返事をする間もなく、神殿にたどり着いた。




