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一角の魔物から逃げるように、私は走っていた。
「……っ、はぁっ」
王都の目前で足を止め、闇に紛れるように街道から少し外れた木の幹に手をつき、大きく乱れた呼吸を整える。
こんなに本気で走るのは久し振りで、なかなか息が整わない。
最後に私を見た、あの一角の魔獣の目がチラチラと脳裏に浮かぶ。知性を宿した、あの目がいけない。
「ごほっ……けほっ」
小さく咳も出て、息苦しさに胸を押さえ――その感触に、総毛立った。
「な……んで……っ」
握りしめた胸は、僅かに膨らみをもっていた。
走馬灯のようにシュラとの会話を思い出し、胸がなんなのか理解した。
そうだ、魔力が十分に足れば、肉体に影響するに決まっているんだ。
「くそっ。こんなんじゃ、帰れないじゃないか」
木の幹に背を付けて、ずるずると座り込んだ。ややしばらく、そうして途方に暮れていたが、ここにこうしていてもなにも解決しないことがわかる。
肉体的には、魔力が充実していて軽い体だが、心情的に重い。
膨らみは僅かで、外見でわかることは無い筈だ。とはいえ、どんな偶然があるかわからないから、注意に注意を重ねねばならない。
何食わぬ顔で王都の門を通る。
「こんな時間まで、ご苦労さん」
「ええ、お互いに」
ギルドカードを見せた門番に片手をあげてこたえ、足早に門を通り抜ける。
町に入れば、夜更けにもかかわらず浮かれた雰囲気に、そういえばもうすぐ、神祭があることを思い出す。
第五騎士団にも通常勤務に加えて、町の警備を強化するようにと申し伝えられてた。
ともかく手にしている荷物、魔獣の角をギルドに置きに行こう。
それから、そうだ、もう一仕事依頼を受けよう、魔力をたくさん使うものがいい、魔力を使いすぎれば肉体に影響を及ぼすのだから。
ふらりとギルドに入り、受け付けに向かう。
「お疲れさま、ファーネ」
「ただいま戻りました、レディ・チータ」
ここに来るとホッとする。ファーネと呼んでくれる彼女がいることに、胸が温かくなる。
「これはまた、立派な角を取ってきたねぇ」
拡大鏡を片手に持ち、一番おおきな角の切り口の年輪を数えて口笛を吹く。
「これなら二割増しはいけるね。すぐには入金にならないかもしれんが、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。交渉お願いします」
このギルドでは、依頼の成果によって、依頼主と交渉して割増料金を確保してくれたりする。
もちろん成果が悪ければ、割り増しどころか、割引した金額になることだってある。
ギルドは頑張る冒険者の味方なんだと教えてくれたのは、シュベルツだった。
初日から目立った私に苦い顔をしたものの、騎士の訓練の合間の休憩で色々教えてくれる。
とはいえ、シュラが近くに居るときはそんなこともできないので、なかなか機会はないのだが。
依頼の完了を受け付けた書類にサインをして、ギルドの壁に貼ってある依頼書を見ていると、レディ・チータに声を掛けられた。
「神祭の三日間は狩りは禁止だからね。あんたも大人しく祭りを楽しみな」
「そうすることにします」
騎士の仕事も忙しくなるので、素直に頷いたところに、シュベルツが駆け込んできた。
「あっ! いたいた! バッじゃねぇや、ファーネ!」
随分慌てている彼に、引きずられるようにギルドを出た、そして人通りの少ない通りを急ぎ足で第五騎士団がある西部基地へ向かった。
誤字脱字報告ありがとうございます(人∀`●)
大変助かります!
令和になりましたが
これからも楽しく物語を綴っていこうと思いますので
よろしくお願いいたします!
令和元年5月1日 こる




