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たどり着いた取り調べ用の部屋の前で立ち止まったボルテス団長の前に出て、ノックしてドアを開ける。
「失礼します。ボルテス団長をお連れしました」
私が声を掛けると、中に居た平民出の騎士が立ち上がり、団長を迎える。
チラリと見たシュラは大柄な団長を見て顔を引きつらせ、一緒にいた騎士が立ち上がったのを見て、慌てて自分も立ち上がっていた。
「緊張しなくてもいい、すこし話を聞かせてもらうだけだ」
「はっ、はいっ」
厳ついが人好きのする笑みを浮かべた団長に、シュラは安心したのか表情が緩んでいる。団長という職だけあって、こういうところはそつがない。
先にいた騎士が座っていたシュラの向かい側の椅子に団長が座り、壁際にある小さな筆記机の席に私が座った。
「騎士バルザクト、調書を頼む。騎士ネフェド、悪いが茶を頼んで良いか」
「はっ! ただいまお持ち致します」
ネフェドと呼ばれた騎士は、飼い主から仕事を命じられた猟犬のように、喜び勇んで部屋を出て行った。
「さて、バルザクトが一通り聞いては居るようだから、取りあえず形式だけになるが確認させてもらうぞ――」
形式だけと言った団長の言葉は真実で、シュラと面談した内容は本当に最低限の内容だけだった。記録を取っていた私も、聞き取りされていたシュラも「なるほどな、じゃぁこれで終わりだ」と早々に切り上げた団長に、呆気にとられる。
さっき出されたお茶が、冷めてもいないのだ。
「団長……これで終えて、よろしいのですか?」
「ああ? お前がちゃんと聞き取りした上で、記憶喪失だって判断したんだろう。ウチで一番細かいお前が認めたんだから、俺がこれ以上聞いても時間の無駄だ」
面倒臭そうにそう言うと、ビシッと伸ばしていた背筋を丸め、だらしなく机に肘を突いた。
「バルザクト、もう聴取は書かなくていいぞ。さてと、こっからは世間話だ。それで兄ちゃんよぉ、これからどうするよ? 名前しか覚えてねぇんだろ?」
「えっ、あ、はい……そうです」
団長に問われて、しょんぼりと肩を落とすシュラだが、本当は違う世界からこの世界に迷い込んだわけなので、記憶喪失どころの騒ぎではない。
なんとも言い難く空気が沈むと、団長は困ったように頭を掻いた。
「頼れる身内や知り合いなんかも、居ねぇわな?」
「はい……」
申し訳なさそうに項垂れるシュラの頭を、団長は大きな手のひらでぐりぐりと撫でる。乱暴な力加減に、シュラの頭がもげそうになっていた。
「取りあえず、ウチで雑用でもするか? バルザクト、どうにかなるだろ?」
目論見通りにこちらに話を振ってくる団長に、内心安堵する。
表面上は難しげな顔をして思案をしてみせてから、口を開く。
「そうですね、多少トウは立ってますが、従騎士として配属してはいかがですか? 実際に騎士にならずとも、従騎士として数年ここで暮らせば、町へ戻ってもやっていけるかと」
従騎士になるには、身元を保証できなくてはいけないが、逆に言えば従騎士であるということは、身元が保証されているということだ。従騎士から騎士になることなく騎士団を離れたとしても、従騎士であった経歴から、就職に困らなくなる。
「なるほどな。じゃぁ、バルザクト、お前の従騎士にしろ」
予想していた団長の言葉に、首を横に振る。
「そうできればいいのですが、私は貴族なので――」
用意していた言葉を言い切る前に、不穏な「ほぉ?」という低い声に、言葉を中断させてしまった。いけない、たたみかけるように私の意向を伝えねばならなかったのに……冷や汗が背筋を伝い落ちる。
「お前が、貴族だのという言い訳を使うとは思わなかったなぁ」
ちいさく見える椅子の上にふんぞり返って腕を組む団長に、いったん口を閉じ、心の中で気合いを入れ直してもう一度口を開く。
「言い訳ではありません、事実です。ですので、騎士フレイオスか騎士ラーゼルに頼むのがよいのではないかと、具申いたします」
どちらも平民からの騎士だが人となりがよく、シュラを預けるに値する人物だ。他にもいい人物はいるが、既に従騎士を抱えているから頼むわけにはいかない。
「勿論、私も微力ながら、彼が困らぬよう見守りたいとは思いますが――」
「騎士バルザクト」
低い声にゆっくりと名を呼ばれ、私は言葉を止めて「はい」と返事をした。
ああ、これは、駄目だ。
「お前の従騎士とせよ」
「――承知致しました」
覆らない決定に、心の中で臍を噛む。
だが、これ以上反駁すれば、よくないことになるのは経験として知っている。
「最初からそう言えばいいんだよ」
ゴスッと頭を小突かれる。力加減を覚えて欲しいと、切実に思う。
「そういうことだから、バルザクトに面倒見てもらえ。他の奴らになんか言われたら、俺の命令だって言えば、誰も文句は言わねぇからよ」
「は、はい、ありがとうございます」
戸惑った様子のシュラの肩を叩いて、団長が部屋から出て行った。