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「珍しいな、お前が俺を頼るなんて」
夕刻、副団長が処理すべき書類を終えた私は、それを持ってボルテス団長の執務室を訪れた。そして、ここ数日悩んだ末に見つけたひとつの答えを実行に移すために、相談を彼に持ちかけた。
「冒険者ギルドで荒稼ぎしたいだと?」
「冒険者として活動することで、自己の能力を研鑽していきたいと申しました」
黒い革張りのイスに深く座り、私の話を聞き終えてニヤリと笑ったボルテス団長の前で、私は彼の目を逸らすことなく見返す。
「従騎士の坊主が理由か?」
「そうですね。追い越されるわけにはいきませんから」
素直に頷けば、彼は楽しげに頷き、私的にお願いした書類にサラサラとサインをして、その紙を私の前に弾いた。
「お前ら、面白いことになってんじゃねぇか。アイツはアイツで、カルロと遊んでるのは知ってんだろう?」
十番隊のカルロ隊長と仲がいいらしい彼ならば、知っていてもおかしくはない。
「はい、本人から聞き及んでおります」
結果的に狸寝入りしていた形になったあの日、彼が漏らした言葉を思い出しながら頷く。
「難儀な奴らだなぁ。まぁいい、好きなようにやってみろ、仕事に影響がないようにな」
「もちろんです」
サインの入った副業を認める書類を手にし、深く頭を下げて執務室を出ようとした私を彼が呼び止める。
「シュベルツに声を掛けてみろ。あれも小遣い稼ぎをしてるからな」
「騎士シュベルツが、ですか? 承知致しました、当たってみます。ありがとうございます」
いつも気軽に声を掛けてくる同僚を思い出し、意外に思いながら礼をして執務室を出た。
その足で自室へ戻り、手持ちの中で最も質素な服に着替えて部屋を出る。シュラはまだ帰っていない、あれは遅くまでカルロ隊長との訓練を行っているから、まだ当分は戻らないだろう。
急いで仕事を終わらせたお陰で、まだ宵の口だ。
濃い色のマントを羽織り、物陰を渡るようにしながら王都の最も外にある第三擁壁沿いにある冒険者ギルドへと向かった。
◇◆◇
「お坊ちゃんが、こんなところにどんな冷やかしだい」
「ですから、ギルドの登録をさせていただきたいのです」
胡乱な目をする恰幅のいい受付のご婦人に、もう何度も訴えていることを伝える。だが、どうしても彼女は私にギルド証の発行手続きを行ってくれない。
古くはあるが、清潔に保たれている建物のホールにいる、冒険者と思しき体格のいい人々がこちらを注目しているのを感じる。いや、細く頼りない体躯であり、場違いに見えるであろう私に、揶揄の声を掛ける者さえある。
「こっちだって慈善事業じゃないんだよ。カードの発行にゃ、金だってかかるし、カードを発行したからには、多少なりともこっちに責任が発生するってもんなんだよ。身分証代わりに、登録しようってんなら、他のギルドをあたりな。商業ギルドなら、金を積みゃぁなんとかなるだろうよ」
「身分証などではありません。私は、ここで仕事を受けたいのです」
飴色によく磨かれているカウンターに肘をついたまま、目さえ合わせてくれない彼女に、静かにそう伝える。
「坊ちゃんが仕事、ねぇ? 社会勉強とやらかい。はんっ、アンタなら、草むしりが精々だろうさ」
「草むしりもあるのですか。ですが、私は、魔力を持つ魔物……魔獣を狩りに行きたいのです」
「魔獣! アンタがかい! あっはっは、馬鹿言ってんじゃないよっ。冒険者の仕事を舐めるんじゃないわ」
彼女の私よりも逞しい腕がカウンターに叩きつけられ、大きな音を立てた。威嚇するような態度だが、ボルテス団長で慣れている私に効くことはない。
「舐めてなどおりません。これでも、腕には自信があります。どうか、折れてくださいませんか」
「ちょっと? あんた……」
彼女の手を取り、カウンターを叩いたことで赤くなってしまったところを手で摩りながら、治癒の魔法を流し込むと、すぐに赤みが引いた。彼女はそれを見て、目を眇めて口の端を歪めた。
「おいおい、レディ・チータ。まさかその優男に手を取られて、その気になったんじゃねぇだろうなぁっ!」
野次の声に、賛同するように笑いがおこるが、レディ・チータと呼ばれた彼女は野次を言った男を忌々しそうに見ただけで、言い返したりはしなかった。
「レディ、アンタの迫力に負けない心意気に免じて、この坊やに機会をくれてやったらどうだ? あんたらも、それなら納得するだろう」
「ベルツ。アンタが口を出してくるなんて、珍しいこともあるもんだね」
私のうしろに視線をやった彼女につられるように、私も振り仰ぐ。おや、思いのほか早く遭遇してしまったな。
騎士シュベルツは、茶色の髪を固めもせずに肩に流している、雰囲気も粗野で、全然騎士に見えなかった。それに、通り名もシュベルツではなく、ベルツとなっているようだ。
他人のフリをしろという目配せをもらったが、それくらいの分別はある。
「おおし、じゃぁオレが相手してやろうじゃねぇか」
野次を言った男が、そう言って盛り上がった肩をぐるりと回す。随分と重そうな筋肉をしているが、あれで機動力は落ちていないのだろうか。それとも、重い攻撃で一撃必殺を狙うタイプだろうか。
「彼を倒せば、ギルドの登録をしていただけるのですね?」
静かに問えば、彼女は肩を竦めてイスから立ち上がった。
「ちょっと、誰か、カウンターに入っとくれ!」
「はいっ、レディ・チータ!」
彼女が奥に声を掛けると、すぐに駆け足で職員が二人やってきて、それぞれ素早く、空いているカウンターに入った。
「アイツはあれでも、なかなか強いからね。無理はせずに、すぐに降参しな。こっちにおいで、裏に場所があるから」
「ご忠告ありがとうございます。それで、勝敗は、地に伏せた方が負けということでしょうか? それとも、戦闘不能にするまでやり合いますか?」
「焦るんじゃないよ、坊や。ベルツ、あんたも審判だ、ついておいで。あんたらも、暇なら見物に来るかい!」
ようすを見守っていたギルド内の冒険者に彼女が声を掛けると、周囲が湧き上がった。そして、おおっぴらに賭けがはじまる。
「娯楽に飢えてる奴らを納得させたら、ギルドカードを発行してやろうじゃないか」
「レディ、そりゃ――」
「ベルツはお黙り。こうでもしなきゃ、文句を言うヤツが出てくるだろうさ。魔獣を狩りに行きたいってぐらいだ、この程度は軽くこなしてもらわなきゃねぇ」
私より頭一つ背の低い彼女が、挑発的な笑みを浮かべて私を見上げてきたので、小さく口の端を上げて承知した。




