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立ったまま束の間の休息をとっていたが、ドアを蹴破る音に驚いて身を起こした。
慌てて仮面に魔力を通すが、それより先に部屋に押し入ってきた三人の男達に姿を認められていた。
給仕服の男達に、彼らが敵であることがわかる。
先制を取られた上に酒精も抜けていないいま、戦う装いではない私は男達に囲まれる。ソファの女性を守りながら戦うのを考えると、この場にまだシュラが潜んでいるとしても厳しい状況だ。
ならば無抵抗のまま、好機を得るまでおとなしくするべきだろうか。
「貴様は……」
男のひとりが、私を見て表情を険しくする。
「やはり、間者か」
ひとりの声で、他の二人の警戒が増す。……これで穏便に済むことはなくなったが、ここで素直に頷くわけにはいくまい。
「私は純粋に客として来ただけ、ですわ。客室に突然押し入るなんて、失礼じゃなくて?」
ああ、喋るのも億劫だ。酒臭い溜息を吐き出してソファに片手をついて体を支え、目が据わるのを自覚しながら男を睨め付ける。
「ああ、それにしても、不味いお酒でしたわ。あんなものを出しておいて、よくも堂々と顔を出せたものね? こちらは、あまりの不味さに吐き気はするし、馬鹿な雄が盛るものだから、躾までしなくてはならないし。ああ、本当に、散々。どう責任を取ってくださるのかしら? あなたたちでは話にならないわ、責任者を呼んでくださいな」
長く喋りすぎてふらつきそうになり、誤魔化すためにソファの背に軽く腰を乗せ、腕を組んで赤い紅を引いた唇を歪めてみせる。
男達は顔を見合わせたが、私を間者だと断じた男が給仕服の下に隠し持っていたナイフを抜いた。
室内の緊張が一気に高まったその時、開け放たれていたドアから客と思しき仮面の男が二人飛び込む。夜空色の盛装をした第一騎士団のジェンド団長と、もう一人は漆黒の盛装に身を包んだ白銀の髪の凜々しい顔をした男。
白銀の髪は私のうえで一瞬視線を止めてからナイフを持った男に視線を走らせると、一気に距離を詰めて既に抜き身の剣でそのナイフを弾き飛ばし、私を背に庇った。
ふわりと清々しい木の香りが、鼻先をくすぐる。
容姿を誤認させる魔法か道具を使っているのか? ふふ、そんなに内緒にしたいのならば、乗っておいてあげようじゃないか。
それにしても……私よりも高い身長に、厚みを増した肉体。背中も随分と逞しくなったんだな。私を守るように立つその背に触れたくなるのを、ぐっと堪える。
シュラのうしろから室内に入ってきたジェンド団長が、ナイフの男以外の二人を素早く戦闘不能にしてしまう。
「くそっ!」
男が懐から出した呼び笛を吹く前に、シュラの鋭い蹴りが男の腹にめり込み、男はあっけなく崩れ落ちた。
「大丈夫か、レディ」
「申し訳ありません、少々酒を飲まされてしまいました」
ソファの背から立ち上がり様ふらついた私を、側に居たシュラがすかさず支えてくれる。
「酒を?」
「酒の匂いを消す何かが混入していたようで、水だと渡されたものが、純度の高い酒でした」
「質が悪いな。だが、なるほど、だからこそこれほど容易に女性が拐かされたのか」
納得したようすのジェイド団長は、私を支えるシュラに「彼女を送っていってくれ」と気軽に頼み、私に向き合う。
「彼は他の騎士団から助っ人で来てくれた人間だ。なに、悪い奴ではないことは保証する、帰路は彼と共に戻ってくれ。私はここの始末がある、ではな、貴殿のお陰でつつがなく任務を完了することができた、感謝する」
「お役に立てたのでしたら光栄です」
シュラに支えられたまま礼を返し、やってきた第一騎士団の騎士達と入れ違いに屋敷を後にした。
それにしても、いつの間に第一騎士団の団長と親密になったんだろう?
気が抜けてぼんやりとした頭で、肩を貸してくれているシュラの横顔を見つめる。シュラだけど、シュラじゃない容姿に、なんだかもやもやする。
「ど、どうしました、バ……レ、レディ」
やっぱりシュラだな。
声を低く抑えて変えてはいるが、言い間違えるなど本当に詰めが甘い。思わずちいさく笑ってしまった私から、彼は顔を逸らす。
高いヒールのお陰で、彼との身長差はほとんどなくなっている。気分が良いから、気付かないふりをしてあげよう。
「すまないな見ず知らずなのに、肩を貸してもらって。少々酒を飲んでしまってな。重いだろう?」
言った途端にヒールを引っ掛けて転びそうになった私を、彼が素早く捕まえる。
「おっと。あ、あなたは、もっと体重を増やした方がいいですよ。軽すぎます」
「体質、でな。あまり食えんのだ」
本当は食べてはいけないの間違いだ。痩せていなければ、女だとばれてしまうだろうから。
「でも食わなくては、魔力量が増えないです。わ、ワタシが推察しますところ、体力がないあなたは、魔力で体を維持してるんじゃないのかと」
「魔力で、体を維持?」
彼の思わぬ言葉に聞き返してしまう。
「だとしか思えないデス。あなたの食事量で、あれだけの運動量をこなせるはずがないと思います、です。だとすれば、魔力で補っている以外にないです。もっと強くなるためには、食うしかないんです。肉体の維持をちゃんと食事で補えれば、もっと強くなれます、です」
変にたどたどしい言葉を使って説明しながら彼から、私は視線を逸らす。
これから待ち受ける未来を乗り切るために、私はもっと強くならねばならない。だけど、それをしてしまえば、私は騎士団に居られなくなるんだ……シュラの主で居られなくなる。
「そうか……食えれば、強くなれるのか」
「はい。ええと、多分」
重ねて問えば歯切れ悪くなるシュラの顔を、驚いて見る。
「なんだ、多分なのか?」
借りている肩を揺らして笑った私に、彼はばつが悪そうな雰囲気になる。いかんな、どうにも感情がうまく制御できない。
「すまない、笑うことではなかったな。ふふっ、やはり飲み過ぎてしまったようだ。実に不味い酒だったからな、悪酔いしたようだ」
気が抜けたせいか、なかなか笑いがおさまらない私に、シュラは僅かに口を尖らせる。ほら折角容姿を隠しているのに、そんな顔をしてしまったらすぐに分かってしまうだろう。
「……飲み食いしないで、って言ったのに……」
「なにか言ったか?」
聞こえてしまった声を聞こえないふりで聞き返せば、面白いくらいに動揺して顔を取り繕った。ああ、やはりかわいいな、うちの従騎士は。
「さ、さっさと帰りましょう! ほら馬車に乗ってください」
「わかった、わかった。おっとっと」
タラップにうまく足をかけれない私を、シュラがすかさず抱え上げて乗せた。
随分軽々と持ち上げてくれる。付与魔法でも使っているのだろうな。
「大人しく乗っててください」
そう言うと、自分は御者台に乗り、馬車を発車させた。夜の道を、ゆっくりと走る。ちいさな馬車だから幌もなく、夜風が心地よい。
今日は自分の誕生日でありマッスル!マッスル!!
今年も楽しんで書いていきたいと思います。
遅筆で申し訳ありませんが、本作品も最後までお付き合いいただければ、大変嬉しいです。
なんとか、今年中には完結させますので!!
2019.1.15 こる.




