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男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する  作者: こる.
第三章

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31/66

■□■6■□■

 あの日の翌朝、シュラは飲み過ぎで記憶が無いと笑って言った。

 私は、程々にしろと言いながら、彼の二日酔いを魔法で散らした。

 そうだ、これでいい。

 胸の奥の軋むような痛みから目を逸らし、剣を握り、ペンを取る。


 あれから何度かダンスの訓練をした例の夜会の日がやってきた。

 肉襦袢で胸は適度に盛り上がり、腰回りも僅かに豊かになっている。

 細いヒールの靴はダンスで慣れ、今では軽く走れるくらいにはなった。そして私の意向を尊重してくれたドレスは、肩周りは膨らみを持たせて動きやすくなり、足周りは股下のあたりまでスリットが入り左右の生地が重ねられていて、大きく踏み出しても足が取られることがなくなった。

「肌つやはやはり女性に劣るが、十分女性らしくなった。これならば、奇異の目で見られることもないだろう」

 馬車へと私をエスコートする第一騎士団長であるジェンド団長の視線は、盛られた胸元へと寄せられている。彼も私に合わせた、夜空の色を基調とした盛装をしている。

 顔は凡庸であるが、さすが第一騎士団の団長だけあって体格は素晴らしく、盛装がよく似合っていた。

「女性に見えるのならば、耐えている甲斐もあるというものですわ」

 微笑み、わざとらしい女声でチクリと刺せば、咳払いをして視線を逸らされた。

 肌のつやが悪いのは、栄養が足りぬからだと自覚している。かさつく頬に化粧をするとき、そのノリの悪さに手伝いの侍女が四苦八苦していたものな。

 馬車の中で、シュラに渡された仮面を付ける。黒い布に金糸銀糸で刺繍がされている、落ち着いた雰囲気の仮面だ。

 魔力を通せば存在感が薄れるというのも、シュラを相手に実際に試してみた。

 触れたり声を掛けたりしなければ、壁や置物のように認識された。難があるとすれば、魔力を通し続けねば、効果が消えるということだろうか。

 会場でジェンド団長と別れたときに魔力を通そう。彼が仕事をしている間、壁に張り付いていれば、問題なくやり過ごせるだろう。

 胸に手を置き、数度深呼吸する。

 ジェンド団長からは説明を受けてはいないが、シュラから聞いた話では、この仮面舞踏会は人身売買まがいの売春斡旋の場だという。

 見目の良い女性をけがし、その穢れを強請ゆするネタとして、女性に男を取らせるという……胸くそが悪くなる。

 だが、今回私は単に、ジェンド団長が会場に潜入するためのパートナーで、シュラからもくれぐれも事件に関わってはいけないと言われている。

 ガタンと揺れて、馬車が止まった。

 向かいの席から手を差し伸べられる、仮面越しの彼の目に頷いて手を重ねる。

「では行きましょう、レディ・ナイト」

「ええ、ジェイ」

 口紅で彩った唇で笑みを作り、馬車を降りた。


 入り口でジェイがカードを仮面を付けた受付の男に手渡し、問題なく会場入りできた。

 ただ、受付のうしろにいた派手な仮面の男の、妙に粘着質な視線が気持ち悪かったが、もしかしたら、来る女性をああして見定めているのかもしれない。

 手渡されたシャンパンに口を付ける気にはならずに、手に持ったまま移動する。

「一人にはなるなよ」

 腕を絡めて歩くジェンド団長が、私にだけ聞こえる声で注意してくる。きっと彼もあの視線に気付いたのだろう。

「承知しておりますわ」

 微笑んで彼を見あげれば、仮面の奥の目が少しだけ見開かれた。

「どうかなさいましたか?」

「いや、私と釣り合いの取れる身長の女性はなかなかいないので、新鮮だと思っただけだ」

 体の均整が取れているからそれほど気にならないが、確かに彼は長身だった。平均的な男性の身長ほどはある私と丁度良い身長なのだから、普通の女性だと大人と子供のようになってしまうだろう。

「長身というのも大変なのですね」

「そうだな、まともにダンスなどできたことなどなかったな。君がはじめてだ」

「それは光栄です」

 彼に手を取られ、ダンスホールに連れ出された。高級そうなシャンパンは、結局一口も飲まぬまま給仕の人間に返す。

 頭一つ分高い私たちは目立つ。そして、肉体派である騎士なので、動きのキレも他の人たちとは一線を画していた。

「こんなに目立って、よかったのでしょうか……」

 彼のリードでターンしながら、周囲の視線に冷や汗が伝う。

「誤差の範囲だ」

 なんの誤差なのか、説明を求めてもいいものだろうか。

 彼が仕事をしている間は、私は壁の花をしなければならないのに。こんなに悪目立ちするとは思わなかった。果たして、この仮面で目論見通り気配を消せるだろうか。

「それに、君の身長に見合う男はそうは居ない、ダンスの誘いは来まいよ」

 長身に輪を掛けて、高いヒールまで履いている私は、この場に居る男性諸氏を見下ろすことができた。

 これを見越して、こんなヒールの靴を用意したのだろうか。凶悪な細いヒールは、これに強化の付与魔法を掛けて蹴りを入れれば、一端の武器になるだろうと思われる。

 約束であった最初の一曲では終われずに、もう一曲踊ってからフロアを下がった。

「では、少々席を外すよ」

 私の手を取り、手袋の指先に唇を寄せた彼に視線を合わせ、頷く。

 彼は名残惜しそうな演技をしつつ私から離れて行き、私は当初の予定通りに壁際に移動し、休憩用の椅子に座った。

 そこへすかさず、飲み物のトレーを持った給仕がやってくる。彼もまた仮面を付けているが、この場にいる給仕はどれも同じ形のシンプルな造形のものだった。

「お嬢様、お飲み物はいかがですか」

 正直に言えばすこし喉が渇いていたが、この場では一切飲み食いしないことをシュラと約束していたので、手を出すことは控えた。

「結構よ、他のかたに差し上げて」

「失礼致しました」

 軽く腰をおって謝罪した彼は、すぐに他の女性のもとへ飲み物を運ぶ。しつこく勧められなくて良かったと思ったのもつかの間、すぐに他の給仕が飲み物を持ってくる。

 数度そうして断ってから、断るのも面倒になり、給仕の勧めるグラスをひとつ受け取った。

 目論見通り、手に持っていれば給仕に声を掛けられることはなくなり、時折飲むフリをしながら、さりげなくフロアの様子を眺める。

 笑い声がさざめき、そこここで男女の駆け引きが見られる。

 男女の、駆け引き。

 思い出してはいけないと思いつつも、自分が断ち切った想いに胸が苦しくなる。

 行儀が悪いのを自覚しつつもグラスを両手で包み込み、ゆっくりと表面を回せば、ちいさな泡を浮かせる薄い琥珀色の液体がクルクルと回る。

「お嬢様、お飲み物をお取り替えいたしましょうか? 口当たりの軽いものもございます。どのようなものがお好みですか?」

 最初に私に声を掛けた給仕の男性が、私の行為を見とがめたのか声を掛けてきた。

 お嬢様との呼びかけに一瞬自分の事とは気付かなかったが、うつむいていたお陰か不審には想われなかったようで、顔をあげた私に給仕は仮面に覆われていない口元に笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、喉は渇いていないの。これも下げていただけるかしら」

 手の中でぬるくなったグラスを差し出せば、嫌な顔せず受け取られた。

「承知致しました。ご入り用のさいは、近くの者にお声かけくださいね」

「ええ、ありがとう」

 とはいえ、手持ち無沙汰になると、軽食や飲み物を勧めにくる給仕が引っ切りなしで、再度私の手にはグラスが落ち着いた。

 静かに視線を伏せて感覚を鋭くすると、私を意識している視線を感じる。これでは仮面に魔力を通しても、意識を阻害する効果が発揮できないではないか。

 焦れながらフロアに意識を向けている私の耳が、すこし離れた場所にいる給仕の声を拾った。

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