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「バルザクト様! なんなんですか、あれ。あんな態度、許され――」
言い捨てていった第六の若い騎士の態度に、悔しそうに言葉を吐き出すシュラの唇を人差し指で押さえて止める。
「言葉を胸にしまえ。思うところがあろうとも、簡単に口にしてはいけない。我々騎士は、民の憧れでなければならぬのだから」
彼の黒い瞳を見つめながら言い聞かせれば、不承不承頷いてくれた。
その時、館から爆音が響いた。
考えたくはないが、第五騎士団の誰かが場にそぐわぬ魔法を打ち出したわけではないだろうな。いや、まさか……突入組に攻撃魔法ができる者が居た記憶はないから、大丈夫なはずだ。
大丈夫だと思うのに、嫌な汗に背を濡らしながら振り向いた先の館には、明らかに攻撃魔法を使ったと思しき破壊跡が。
「いや、さすがに、まさか、こんな町中では、あり得ない」
血が下がりふらついた私の肩を、シュラが両手で支えてくれた。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ」
咄嗟にそう言ったが、果たして大丈夫なのだろうか。不安と共に駆けだしていた。
そして目に入ってきたのは、仲間の騎士に肩を借り、げっそりと頬を痩けさせつつも得意げな顔をしている若い騎士と、吹き飛ばされた窃盗団と思しき男達の呻く姿だった。
男爵家の三男で、いつも第五などさっさと出て上の団に行くのだと息巻いていた若い騎士。
自身の魔力の容量を超えるほどの魔法を行使したのが、一気に痩せたその体つきでわかる。
手柄を立てたいといっても、作戦を無視するなど、懲戒ものだとなぜわからないのか。そのうえ、魔力切れで戦闘不能になるなど!
騎士達のうしろに、討ち漏らした男達が現れたのを視認した私は、ブーツに付与魔法を掛けて走っていた。
倒れる男達を跳んで避け、驚いている騎士二人の脇をすり抜け、剣を抜く。
切れ味の付与はせずに、服とグローブに付与魔法をして剣を繰り出し、窃盗団の男達を戦闘不能にしてゆく。
すぐに他の騎士達も助っ人に入ってきたので彼らにその場を渡し、後退して魔力切れの騎士の服に軽量の付与魔法を掛けて担ぎ上げ、問答無用で戦線を離脱させる。
魔力をすっかり使い切った彼は、私に担がれても逃げることもできずに、なすがままだ。
一応私の実家より爵位が上であることを配慮して、木陰におろして木の幹に背をもたせかけた。言葉を発するのもおっくうなのだろう、彼は痩けた頬をもごもごと動かしたが言葉は発せず、なにか言いたげな視線で私を見る。
私は彼の前にしゃがみ、少し躊躇うふりをしたあと、彼の目を見て口を開いた。
「戦闘中に魔力切れになった場合は、三日間の謹慎です」
彼の目が、大きく開く。
なにを驚くことがあるだろう、座学でも習っていることなのに。戦闘中に魔力切れになった場合、その騎士を守るのに他に手を回さなければならないのだから、魔力切れを起こしては駄目だと、考えればわかることではないか。
魔力切れが許されるのは、そういうことも想定されて計画された任務のときだけだ。
「それに、建物内での魔法の使用についても制限されていますし、なにより今回の作戦では、建物内での魔法は許可されていません。そちらについても懲罰を覚悟してください」
「そ……鹿な……」
そんな馬鹿な? 馬鹿はお前だという言葉は飲み込み、代わりにもうひと声掛ける。
「伝達された作戦内容は、しっかりと頭に入れておいてください。他の仲間を危険に晒すことになりますので」
それに、あの程度の魔法で魔力切れになる騎士が、うえの騎士団への推薦状を貰えるはずがないだろう。もちろん、こんな有様では他の団から引き抜きの声が掛かるはずもない。
シュラが駆けてくるのに気付いて立ち上がれば、近くに居た一般人と視線がぶつかり、内心酷く驚く。作戦の邪魔にならぬように遠ざけていはずなのに、一般人? いや、違う……。
凡庸な顔をし一般人の服装をした一人の男性が、綺麗に気配を消して佇んでいる。好悪の感情が混じらない凡庸とした顔は、かつて一度だけ拝見したことのある第一騎士団の団長に他ならない。
帯剣していないから非番なのだろう、それならば他の団の任務の邪魔をするのはあり得ないから、この場はお互い見なかったことにすべきか。
驚きで無様にうろたえなかったことに安堵しつつ、そっと黙礼して彼から目を逸らし、やってきたシュラを迎える。
「バルザクト様! 大丈夫ですかっ」
「問題ない。どうやら、制圧は終わったようだな」
丁度制圧の終了を伝える鐘が鳴らされ、ほっと息を吐いた。総出で窃盗団の男達に縄を掛けて基地へと連れ帰り、手当が必要な者は最低限の手当をして牢へと入れる。
騎士側には負傷者は居らず、取り逃がしもなく万事問題なく終わった。
もちろん魔法を使ったあの騎士の件は速やかに報告書にまとめて提出し、第六騎士団の新人についても今後のこともあるので後日報告はする。
報告書をあげて部屋に戻ると、灯りもつけないままシュラがソファで項垂れていた。
「どうした? 夕食はちゃんと食べたのか?」
灯りをつけ、ソファに座る彼の前にしゃがみ、すだれのように顔を隠している黒髪を避けて彼の頬を撫でたが、拒絶するようにその手をやんわりと外された。
「俺……なにもできなくて……すみません」
うつむいたままの彼に謝罪されて、苦笑いする。
「従騎士の仕事は、後方支援だ。騎士の活躍を取ったら、怒られるぞ?」
だからなにもしないのが正解なのだと伝えようとしたのだが、彼は強く頭を横に振り、膝に置いた拳をきつく握りしめた。
彼がなにか伝えようとしているのを感じて、静かにそれを待っていたが、結局彼は胸の内を口にすることなく立ち上がった。
「自主訓練に行ってきます。あの……今日は、ひとりで」
「わかった」
私が頷くと、彼は振り向かずに部屋を出て行った。いや、そういえば、一度も私の顔を見なかったな……。
もしかして、第五騎士団のざまを見て、嫌気が差したのだろうか。
規則を守らない者が居るし、自分の手柄を優先しようと権力を使う、そのうえ他の騎士団からは、それとなく馬鹿にされている。
嫌になってもおかしくはないのだろうな。
シュラが座っていたソファに座り、今度は私が項垂れた。
その日、遅い時間になっても戻らぬ彼を心配しながら、私は眠りについた。
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