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捕らえた騎士服を着ていた男達は窃盗団の監視役達で、尋問により奴らの規模と拠点等を知ることができた。
まず、ひとりずつ行われた尋問だったのだが、なかなか口を割らぬ奴らのお陰で、記録係の助っ人として私が呼び出された。私が顔を出すとあからさまに顔を引きつらせる大の男を見た瞬間、むくりと胸の内に邪な心が生まれる。
私のような小柄で非力に見える人間に対して、このように警戒をするのだ、いたずら心も沸こうというものだろう。併せて、尋問を担当していた騎士が、割と気さくで柔軟な人物だったものだから、私は用意された席にはつかずに、尋問担当の騎士の横に立った。
壮年の騎士はちらりと横目で私を見上げたが、無言で視線を男に戻した。
「私もお手伝いいたしましょう。手加減が苦手なもので、少々やり過ぎてしまうかも知れませんが、四人も居るならば数名減ったところで問題はありますまい。口の滑らかな者が生き延びるのは、世の常です」
男から視線を外さずにゆっくりと腰の剣を半ばまで引き抜けば、私の隣に居る騎士も同意するようにゆったりと首を上下させた。
「そうだな、既にひとりは問うことができないが。あと二人くらい問題ないだろう、ひとり残っていれば十分だ」
真面目な顔で合わせてくれる騎士に、感謝を込めて黙礼する。
「そっ、それでも清廉潔白な騎士かよっ! そんな非道なこと……ひっ」
男の言葉に口の端を上げ、剣を抜き男の眼前にそれを見せた。
「清廉なわけがない。私の剣は幾人もの人間の血を吸っているのだぞ? 見ろ、この曇りを……いくら拭っても取れぬのだよ」
確かにいまは曇っているが、それは先程の戦闘時に男の腕を切り落としたあと、手入れをする時間が取れていないからなだけであり、いつもは魔法に頼らずに自分でピカピカに手入れしている。
「わ、わ、わかった言う! 俺たちは隣の――――」
私の言葉を真に受けたのか、男の口が軽くなったのでよしとしよう。
もともと記録係として呼び出されていたので、尋問は担当の騎士に任せペンを紙に滑らせてゆく。
尋問ではなく、聴取といった様相ですんなりと仕事が終わり、尋問担当の騎士と共に部屋を出た。男は部屋の外に居た他の騎士二人によって、牢へと連行されていく。
「騎士バルザクト、貴殿のお陰で滞りなく尋問できた。感謝する」
「いえ、こちらこそ話を合わせていただき、ありがとうございました」
尋問を担当した騎士に礼を言われ、こちらも気持ちよく礼を返して調書を渡し、手の空いた私は一度部屋へと戻った。
奥にあるシュラの部屋をノックすれば、まだ青い顔をした彼が出てきた。足取りはしっかりしているし、呼吸に乱れもない。
「バルザクト様、申し訳ありませんでした……俺、俺……っ」
「問題無い。はじめての実戦なのだから、こんなものだ」
項垂れた頭を撫でようとした手を止め、彼の肩を軽く叩いた。正直、あの程度で吐くのは驚いたが、場数をこなせば慣れもするだろう。
私とて自領で最低限の剣技は身につけていたものの実践は騎士になってからで、ああそういえば私も最初は吐いたな、それでも回数を重ねれば慣れてゆくものだ。慣れねばここに居られぬのであれば、慣れるしかないのだ。
ポケットから取り出した木の実を口に含み、口の中ですこし転がしたあと奥歯で一息にかみ砕いた。
◇◆◇
平民街から貴族街にかけてあらわれる窃盗団の為、おなじ基地内にある第六騎士団と共闘することになった。
監視の為に放たれた騎士服の男達を捕まえたいま、今日を逃せば窃盗団を取り逃してしまうだろうことは明白だ。捕らえた男達から聞き出した奴らの隠れ家と行動計画を元に、街の数カ所にある窃盗団の隠れ家を一斉に押さえる作戦が立てられた。
私と同じく後衛に回ったシュベルツと共にそれぞれ従者を連れて、男達から聞き出した中でも最も重要であろう郊外の古びた館を取り囲んだ。突入するのは第五、第六の中の精鋭である男達であり、後衛は取り逃がしがないように周囲を守り近隣の住民に被害が出ぬように配慮し、万一負傷する者があれば速やかに救助に向かう。
館といってもそう大きなものではなく、もう何年も空き家になっている一軒家だ。
「シュラ、大丈夫か?」
木の陰に身を隠す私の斜めうしろに控えている彼の顔色は悪く呼吸も浅いが、視線はしっかりしたものでちいさく顎を引いて頷いた。大丈夫だろうか、基地に残してきた方がよかっただろうか、いや、今日が彼の試練の日だ、ここを乗り越えることができねば……。
いや、大丈夫だ。短期間で随分体も鍛えたし、いざとなれば魔法も使えるのだ、最悪の場合後方に逃がせばいい、私ほどではないが付与魔法も上手く使えるのだから、逃げ足に心配はない。
それよりも、男達の証言が正しければ、捕らえる敵の数が二桁になる久しくなかった大捕物だ、気を引き締めねば。
周囲の気配に気を配り、一般人が近づかぬように注意する。
突入組は、我が第五騎士団の貴族出の騎士達ばかりで構成されているのが、少々心配ではある。実力で言えば、平民出の騎士も含めるべきなのだが……貴族出の騎士達のごり押しに、ボルテス隊長が時間を惜しんで了承したのだ。
周囲を第五の中でも一歩劣る者やまだ若い者が取り囲み、第六騎士団の精鋭達も居るのだから大丈夫なはずだ。……悪い癖さえ出なければ。
駄目だ、心配だ。
「シュラ、前にで――」
前に出ないようにと伝えるまえに、突入の合図があがった。
鬨の声をあげて騎士達が突入していくのを見送り、我々も影から前に出る。
建物の内部から怒声があがり、戦闘音が聞こえるまえに、窓を割って出てきた男達を周囲を囲んでいた騎士が捕らえてゆく。もちろん素直に捕まるわけもなく、そこここで戦闘が発生するが、窓から一度に出れる人数など知れてるわけで、多数の騎士に囲まれすぐに捕縛される。
窃盗団の捕縛よりも、周囲の住人への対応に回っていた私は内心安堵していたが、すぐに危惧していた事態が勃発した。
「どけ! こいつらは我々の獲物だ! 平民出は下がっていろ!」
「共闘だろうが!」
窃盗団の男の処遇を巡って、第六騎士団にウチの貴族出の騎士が争っている。獲物を寄越せだの、横取りするなだのと……。
その間に窃盗団の男が、騎士二人を振り切って逃げ出した。
素早くブーツに付与魔法をかけ、思いのほか素早く逃げる男に追いつき、逃げる男の首に腕を引っかけて引き倒す。
走る勢いのお陰で、簡単に倒れた男に素早く縄を掛ける。
「よくやった、騎士バルザクト!」
悠々と歩いてきた貴族出の騎士を見あげ、男に繋がる縄を渡す。当然のようにその縄を受け取った彼は、そのまま男を引きずるようにして引き立てていった。
「くそっ! いいとこ取りしやがって」
悪態を吐く第六騎士団のまだ若い騎士をちらりと見れば、険悪な視線に貫かれた。
「ひょろひょろの坊ちゃんだろうが、騎士になれるってぇのはいいよな。さすが貴族様だ」
悪意のこもった言葉に僅かに胸が痛んだが、私がこの体格で騎士になれたのは確かに貴族だからなので否定はしまい。
だが、貴族でなければ……平民だったのなら、私は剣を持つことなくただの娘として生きることができただろうな。
思わず零れそうになったため息を飲み込み、若い騎士から視線を外す。
「おいっ、なんとか言ったらどうなんだ! 平民なんか、話す価値もないってのか」
「それ以上バルザクト様を愚弄しないでください」
顔色の悪いままのシュラが、私と若い騎士の間に立った。
「な、なんだよ。一人前に従騎士までいるのかよ」
入団後三年経てば従騎士を持つことを許されるのだから、なんらおかしくはないのだが。きっと彼は、私のことを新人の騎士だと思っていたのだろう。すでに入団して五年が経っているのだが、顔に貫禄がないのでいつも新人だと思われてしまう。
従騎士であるシュラを前に、私が先輩騎士であることに気付いた彼は、気まずそうに持ち場に戻っていった。
本来なら注意をしなければならないが……。任務の最中であることを理由に、私は彼の背を無言で見送った。




