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「なるほど、平民の団ならば、粗野な夜盗崩れが紛れるのもたやすいか」
ヒリングス副団長が不用意な言葉をこぼすから、私は内心ため息を吐いて腹を決めた。
「おいおい、なんの話だ?」
私の隣に立つ騎士服を着た窃盗団の男も不穏を感じたのか、腰の剣に手を掛けながら私の肩に手を置いた。
「最近、貴族街にも手を伸ばすようになってきた窃盗団が、どのように街に紛れ込んでいるか考えたときに、なにか権力のあるものに擬態しているのでないかと、そういう結論に至ったのですよ」
説明した私の肩を掴む男の力が強くなるが、掴まれている騎士服の部分に素早く硬化の付与魔法を掛けたため、痛くも痒くも無い。
私はシュラとの特訓で、魔力の節約のために短時間、狭い範囲に、瞬発的に必要なだけの魔法を掛ける技をものにしていた。
ポケットから取り出した漆黒の手袋を手にはめ、静かに付与魔法を使う。
「可愛い顔してるくせに、舐めたマネをしてくれるじゃねぇか」
「ソレを可愛いなどと評するのは、随分と目が節穴だ」
副団長が真面目な顔でそう言い、彼の隣でケンセルも同意するように薄く笑っている。
肩を掴んでいた男の気が副団長に逸れたと同時に、私は腰の剣を引き抜き、身を翻してその剣で私の肩を掴んでいた男の腕を切り落とした。
軽量化と刃の摩擦係数とやらを少なくする付与を掛けた剣と、騎士服に筋力を補助する付与を掛けたお陰で、訓練で丸太を両断したときのように、私は軽々と男の腕を切断したのだ。
付与魔法を解除し、ブーツに素早さの付与魔法を掛けて、跳躍して男達の輪の中から飛び抜けた。
当初この付与については内緒にしておこうと言う話をシュラとしていたが、今後の事を考えると公開してしまった方がいいだろうと話し合い、広めはしないが隠すこともしないでおこうと決めたので、躊躇わず服やブーツに魔法を使う。
私が地面に着地してから、腕を切られた男がやっと自分の腕が落とされた事に気付き、酷いダミ声の悲鳴を上げて血を噴く腕を抱え地面に膝を突いた。
「ひとりも逃がすなよ」
「はい」
「承知いたしました」
副団長の声にケンセルと私が応え、動き出す。
地でのたうつ男を見捨てた他の三人が逃げようとしていた。
「のろまめ。氷矢の標的にしては、容易すぎるわ」
副団長は左手を男のひとりに向けて翳し、魔法の氷でできた鋭利な矢を男に向けて放った。見事男の足に命中し、男は地べたに勢いよく転がると、氷に貫かれた足を抱えてのたうちまわる。
一方ケンセルは、その俊足で瞬く間に男に追いつき、その勢いのままうしろから男の背中に跳び蹴りを喰らわせ、転んだ男の側頭部を蹴り昏倒させていた。
私はブーツに掛けた付与魔法で公園の木々の間を縫うように走り、逃げ惑う男を基地へと追い込んでいく。
正直に言えば、私は捕り物が苦手だ。自分が弱いので手加減ができず、どうしてもやり過ぎてしまう。
「ひっ! ひぃぃぃ」
強面の顔を引きつらせ、這々(ほうほう)の体で前を走る男が在らぬ方へ行こうとすれば、木を越えて先回りして阻み。確実に基地へと走らせる。
基地の入り口に着いたころには、男はもう走る力もないのか足をもつれさせながら、基地の入り口に倒れ込んだ。きっとそこがどこかもわかっていないのだろう。
ひたすら私を恐れて、白目を剥きながら這いずっている。
「騎士バルザクト、これは、一体」
入り口警護をしている騎士の一人が、何事かと走り寄ってきた。
「窃盗団に関係のある人間です。捉えて尋問部屋へ入れておいて貰えますか? あと三名、ヒリングス副団長達が捕獲しておりますので、連行の手伝いをしてまいります」
「手助けは必要か?」
数名の騎士を公園に派遣してくれるように頼み、私は先んじて彼らの居る場所へと戻った。
「まったく、面倒ごとは私が休みの時にしてくれないか」
負傷した男達に最低限の手当をしているケンセルとシュラを尻目に、副団長は至極不機嫌なようすで腕を組んで日陰で休んでいた。
「副団長のご采配のお陰で、巷を騒がせている賊の糸口を捉える事ができ、感謝しております。滞りなく賊を殲滅することができましたら、それは副団長のご指示のたまものです」
副団長の前で深く頭をさげる。副団長の手柄にしようと、暗に伝えれば不機嫌さも多少は緩和されたのか緩く彼の口の端があがる。
「良いようにしろ」
「承知いたしました」
低い了承の声に生真面目に返事をし、シュラ達の元へゆく。この件について、ある程度の裁量を与えられたことに戸惑う。
旨味がありそうな仕事は、いつも周囲に居る自分のお気に入りの騎士に任せるのに、どういった風の吹き回しだろう。
「賊一名は既に基地に引き渡して参りました、増援が程なく参ります。では、私も賊の捕縛に行って参ります」
「うむ」
一礼してシュラ達の元へと駆け寄る。
「ひっ、ひぃぃっ」
腕をなくした男が私の顔を見て這いずって逃げようとする。腕の切り口はきつく布を巻いて止血はしてあるが、おびただしい量の出血がある。
そういえば、シュラはどこに居るのだろうと視線を巡らせれば、少し離れた木の根元に跪いて嘔吐いているのを見つけた。
そうか、こういう修羅場は初めてだったか。元々の体格を見れば、荒事には弱かろうことはわかっていたのに可哀想なことをしてしまったか、いや、だが通らねばならない道だ慣れねばなるまい。
「シュラ、来い」
「……はい」
泣き叫ぶ男を青い顔をしたシュラに羽交い締めにさせ、私は傷口を縛っていた布を取る。切ったときの感触から綺麗に切れたとは思ったが、思った以上の切り口だ。
これなら、落とした腕も付きそうな気がするが、犯罪者にそこまでする必要はないだろう。
無言で切り口に止血の魔法を掛ける。血を止めただけだから痛みは残っているだろうが、自業自得だ。これで取りあえず死ぬことはない。
他の二人は傷も浅く、既にケンセルが縄をかけ終えていた。
「騎士バルザクトは血を見るのがお好きか」
珍しく彼のほうから声を掛けられ、表情の薄い彼を見返す。
「別に好きではないが」
「そうですか。自分は殴る方が好きです」
戸惑いを隠して答えた私に、彼はそう言う。
魔法を得意とするヒリングス副団長とは違い、ケンセルが肉弾戦を得意とするのは知っているが、殴るのを好ましく思うほどとは……今まで通りなるべく近づかないようにしておこう。
そう思うのに、珍しくケンセルは饒舌に言葉を続ける。
「だが、あなたの剣は美しい。まるで舞うように、腕を切り落とすあなたは、闘神の眷属たる名を冠するに相応しい雄々しさだった」
「ケンセル」
副団長に呼ばれて動きを止めたケンセルは、静かに口を閉じると私から顔を逸らして、捕縛した男達を引き立てた。
二人の意味深長な様子が気になるが、増援の騎士達が来たので、私はそちらの対応に向かった。




