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「これ、イベントです。バルザクト様、声を掛けてもいいですか」
「許す」
小声でやりとりしたあと、シュラは人好きのする笑顔を顔に乗せ、彼らの方へ小走りで近づいた。
イベントと言っていたということは、これも予定された未来のひとつなのだろうが、先に聞いていた『本編に関わりのある重要なイベント』とやらにはなかったものだ。
重要なイベント以外にも、多くのイベントがあると言っていたが、それらはさして重要では無いからと説明は省かれていて、都度対応しようと打ち合わせていた。だからこの件については、真っ当に騎士団として対処していいということだろう。
あからさまに怪しい奴らをここで見逃すのは得策では無いと声を掛けることに同意したが、シュラを危険にさらしかねない。実戦経験のない彼を戦力として計算に含めるわけにはいかないし、力量のわからぬ相手が四人、体格的にこちらを侮ってはくれそうだが、不意を突いたとしても、私ひとりでは全員を戦闘不能にできそうにないな。
思案しながら、彼らの様子を見る。
「お疲れ様です! そちらも巡回ですか?」
「あ、ああ、そうだ。」
気安く声を掛けるシュラに少し戸惑った様子の彼らに、私も笑顔で近づいてゆく。
「ご苦労様です。平民街の巡回はどうでしたか?」
シュラよりも小柄で細身の……騎士の服を着ていても弱そうに見える私なのに、彼らは緊張を高めたようだった。
「ご、ご苦労。こっちは、大丈夫だ」
「そうですか! よかった、最近犯罪が増えていると聞いていて心配していたのですが。騎士団の働きのお陰で、抑止されているのかもしれませんね」
私はあからさまにホッとした笑顔で、人相の悪いその騎士を見あげる。そして、彼の返答を得る前に、たたみかけるように言葉を繋ぐ。
「この順路でしたら、もう基地に戻るところでしょう? 我々もなんですよ、一緒に戻りましょう。ああそういえば、明日から急遽入った任務についてもう聞いてますか? なんでも、王都に窃盗団が入り込んだという情報が秘密裏に入ったらしく、その対策で巡回経路や編成が変わるらしいですよね?」
声を潜めて言った私に、彼らは動揺を顔に表した。
「あ、ああ、そう、らしいな。窃盗団が入ったと、どこから情報が来たんだ?」
釣れたか。
騎士服を着た男達はまんまと私の情報に食いつき、同道することを選んだようだ。このまま基地まで連れて行きたいところだが、そこまで馬鹿ではあるまい。
だから、私とシュラは男達に囲まれるようにしながら、巡回の合流場所へと向かった。
「最初はちいさな物取りが続いたでしょう? そこから、その間隔と騎士団の動きの裏を掻いて逃げるところなどから、単独犯ではないと副団長が予測してたんですよ」
「へぇ、お前の所の副団長は、随分と察しがいいんだな」
一緒に歩きながら、私はいつになく饒舌に話す。彼らは私の言葉に疑いなく、相づちをいれてくる。
第五騎士団の副団長が仕事をろくにしないことなど、同じ騎士なら誰でも知っていることなのだがな。
「だから、きっと集団で犯罪を起こしている。それも、情報を密にして、町中に人員を配置してきっちり仕事をしてるんですよ、やつら、本当に頭が切れる」
「まぁ、そうだな」
苦り切った顔で言った私に、僅かに機嫌のよさそうな色をした声が返ってくる。
しずかに付与魔法を剣に掛ければ、従者として私たちの後を付いてきているシュラもそれに気付いたのか、剣に付与魔法を掛けていた。はじめて使う剣なのに、綺麗に魔力を纏わせる彼の才能は、本当に恐ろしい程だ。
調子よく彼らの気分を上げ、でまかせの情報を提供しながら、ヒリングス副団長と落ち合う予定の公園へと入る。
「すみません、一応この公園も巡回しなくてはならなくて。ああ、窃盗団の話なんですが私も新人で、詳しい話はつい今朝方知ったところで――あ、ヒリングス様」
「遅いぞ。なんだ、そいつらは」
ひとけのない公園の木陰で眉間にしわを刻んで、従騎士のケンセルと話をしていた副団長がやっとこちらに気付くと、思い切り怪訝な顔をした。
「巡回中に一緒になったので。折角なので連れて参りました」
私は貼り付けていた笑顔を落とし、報告する。
「ほお? ということは、お前が今朝言っていた、あの件か。戯言だと思っていたが、なるほど、平民の団ならば、粗野な夜盗崩れが紛れるのもたやすいか」
副団長は楽しげに青い目をキラリと光らせ、腰の剣に手を掛ける。
シュラが既に距離を取っているのを目の端で確認しながらも、私がまだ彼らの真ん中に居るのにネタばらしをする彼の性の悪さに呆れた。
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