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「バルザクト様っ! 見てくださいよ! 腹筋が割れてきましたっ!」
「馬鹿者がっ! 見せんでいいっ、服を着ろ」
あの日の告白が嘘のように元気いっぱいのシュラが、シャツを脱いでうっすらと割れてきた腹筋を見せてくるが、私は彼から目をそらし自分の装備を調えていく。
確かに彼の体は、日に日に逞しくなっていた。一度教えただけでできるようになった回復魔法を駆使して、もうすぐ私よりも体力が付きそうな勢いだ。
彼のめざましい成長に、ボルテス隊長や平民出の騎士達は喜んでいるし、貴族出の一部の騎士達は苦々しく思っているようだった。
彼が午後の座学を受けている間に、私は副団長の執務室で仕事を終わらせ、素知らぬ顔で合流して午後の自主訓練を行い、更に夕食後、ひとけのない訓練場で、二人で付与魔法の練習を兼ねて訓練をしている。お陰で、私も効率よく且つ速やかに付与を掛ける技術を身につけつつはあるが、正直に言って彼の成長には負ける。
いくら鍛えても薄い腹を撫でて悔しさに奥歯を噛みしめ、乱暴に装備のベルトを締める。
肉を食わねば肉が付かない、だが、満足に肉を食えば、要らぬところに肉が付きだす。
なぜ女に生まれてしまったのかと、考えるだけ無駄な自問を脳から閉め出し、剣を腰のベルトに付ける。
「バルザクト様、これ、どうすればいいんでしょうかっ」
「……君は意外と不器用なんだな」
四苦八苦しながら貸与された防具を身につけている彼に、苦笑いする。
「ほら、腕を上げて。これはここに通すんだ、ああ、そうだ、そうして、このベルトを緩まない程度に絞って留める」
「あ、あ、ありがとうございます……っ」
彼の胴に腕を回し、間違った場所を通っていたベルトを直してやる。体を硬くして、されるがままの彼を見上げれば、顔を背けて壁を見ていた。
「こら、ちゃんと見て覚えなさい。本当は君が私の防具を着けねばならないのだぞ」
「はっ、はいぃ……っ」
私に怒られてしょんぼりした様子で手元を見る彼に、もう一度付け方を説明する。
「あとは、端を邪魔にならないようにここに差し込んで、できあがりだ。覚えたか?」
「はい、なんとか。未知の扉を開かずに耐えました」
「なにを言ってるんだ君は? そうだ、まだ剣を持っていなかったな、この剣を使うといい、私がむかし使っていたものだが、手入れはしてあるからすぐ使えるぞ。軽いものだから、筋力が付いてきたら、自分の手に馴染むものに買い換えるといい」
私がこの騎士団に入った当初に使っていた取り回しやすい軽い剣を彼に渡すと、彼の目がキラキラと輝いた。
華美ではないが、一端とはいえ武門の家柄である我が家で所有していた剣だから、そこらのなまくらとは違う。私の最初にして最後の弟子だから、是非彼に譲りたかった。
「い……いいんですか……っ」
「ああ、見習いではあるが君も騎士なんだから、帯剣するのは当然だ」
鞘に入った剣を、恭しく両手で受け取る彼に頬が緩む。
剣を一心に見つめる彼の表情は、安堵しているようにも見える。安堵? なぜだ?
「一生大切にします……っ」
「いや、だから、筋力が付いたら――」
私を見る真剣な表情に、それ以上言うのをやめて頷いた。
「ああ、大切にしてくれ」
「はい!」
私よりも年上で長身だが、私を慕って敬ってくれるのが可愛い。思わず彼の頭をぐりぐり撫でてしまい、乱してしまった黒髪を慌てて手ぐしで整える。
正面から髪を整えていた私を、唖然と……? いや、ぼんやりとした表情で見下ろしていた彼の耳に髪を掛けてやり、ちいさく笑う。
「どうした?」
「な……なでぽ」
なでぽ? またわからぬ言葉が出てきたが、サドイのような否定的な感じではないな。
「まさか、リアルに経験できるなんて……っ。もう一生髪を洗いませんっ!」
「……『清浄』」
敢えて言葉に出して清浄の魔法を彼の頭に掛ければ、頭を魔法の残滓でキラキラさせながら膝から崩れ落ちた。
「一生髪を洗わないなど不潔すぎる。容認できるか、馬鹿者」
「言葉の綾じゃないですかぁ。せめて、今日一日幸せを甘受していたかった」
剣を抱きしめて身もだえる彼に、呆れて肩を落とす。
「いままでだって、何度も撫でただろう。だが、そうだな、大の男にすることではなかったな、以後気をつけよう」
「えええっ、そんなぁ」
眉をハの字にする彼に、思わず笑ってしまう。
掛けてあった騎士のマントを肩に掛け髪を後になでつけてから、彼の背を叩いて立ち上がらせて集合場所へと向かった。
拍手&メッセージありがとうございます!
前回当社比3倍のメッセージをいただいて、嬉しくて頑張りましたー
(´▽`)ノシ




