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お久しぶりでございます。
前話との間に子猫を拾いまして、バタバタしておりました(現在進行形)。
生後2ヶ月くらいのやんちゃな茶色のトラ猫で、なまら可愛いのですにゃー。
「バルザクト様、一緒に風呂に行きませんかっ!」
ある日の訓練後、汗だくのまま満面の笑顔でそう誘ってくるシュラに、問答無用で『清浄』の魔法を掛ける。
キラキラと魔法の残滓が、愕然とした彼の周りに漂って消えた。
「これでいいか?」
「そうじゃない……っ、そうじゃないんですよ、バルザクト様っ! 裸の付き合い、男同士の裸の付き合いがしたいんですよぉ、お背中流させてください!」
「断る」
両手を合わせて拝んできた彼を、一言で退ける。
裸の付き合いなどできるわけがない。いくら、食事を節制して胸や尻に肉が付かないようにしているとはいえ、あるべきものが無いのは一目でばれてしまう。
「清浄の魔法が使えるのに、なぜわざわざ風呂に行く必要がある? 時間も無駄だろう」
「風呂はニホンジンの心なんですよ……っ。じゃなくて、バルザクト様以外の人たちは、結構みんな大浴場を使っていますよね?」
案外見ているのだな。
「そうだな、この清浄の魔法もそれなりに、魔力の扱いに繊細さが必要だから、苦手とする者も多い」
私も最初は苦手だったが、日々使っていれば、必要に応じて上達するものだ。
「たまにはお風呂行きましょうよ、大きな浴槽に浸かるの、絶対気持ちいいですって」
珍しく食い下がる彼に、些か苛立つ。どうあってもできないことだってあるのだと、どうしてわかってくれないのか。
「くどい! そんなに入りたいのならば、ベリルでも連れて、行ってくればいいだろう」
「あなたと行きたいんですっ、そうじゃないと、イベントが……っ」
イベント?
怪訝な顔をする私に、彼は焦燥感を顔に貼り付けたまま「もう、いいですっ」と踵を返して行ってしまった。
怒った? 怒ったのだろうか、彼は。
胸が痛む。
彼を傷つけてしまったのか? 彼はなぜあんなに食い下がったのだろうか? 私が譲れないように、彼にも譲れないなにかがあったのか?
問おうにも、今ここに、彼は居ない。方向的に、本当に風呂に行ったのだろう。
「珍しいな、お前達が喧嘩するなんて」
「騎士シュベルツ。そう、見えましたか……」
小声とはいえこんな往来で話をしていたから、見られていても文句は言えないが。少々の気まずさを感じながら、彼を見あげた。
「見えたな。悪いと思ったなら、先に謝った方が気が楽だぞ」
年長者ぶってアドバイスをする彼に、近くの談話室へ誘われる。本当は付いていきたくなかったが、断る理由を探しているうちに強引にひとり掛けのソファに座らされていた。
「頑張ってるようじゃないか」
「そうですね、最初は本当に大丈夫かと心配もしましたが――」
「アイツだけじゃなくて、お前もだよ」
斜め前に座る彼が、生温かい目で私を見ていた。年長者ぶるのが彼の流行りなんだろうか、相手をするのが面倒臭い。
それが顔に出てしまったのか、「……かわいげのねぇ面しやがって」と彼がいつものように顔をしかめる。
「もうちょっと、年長者を敬えよ。ほら、なにか、アドバイスしてほしいこととか質問とか、ねぇのかよ」
そういうものは、こうやって強引に聞き出すようなものではないと思うのだが……。しかし、このままなにもないでは解放されるのも遅くなりそうだ。
少し考えてから、そういえばひとつあったなと思い出す。
「そういえば、最近知ったのですが。小さい子供に、魔力の流れを教えるやり方があるじゃないですか」
「ん? ああ、あるな。手を繋いで、目を合わせてやる『魔力通し』だろ?」
「あ、そういう名前なんですね。あれって、大人にやると、腹を壊すって知ってましたか?」
「…………」
じーっと見つめられているが、どういうことだ?
「あの? 騎士シュベルツ?」
「お前、誰かと『魔力通し』をしたのか」
一転してニヤリと笑った彼に、嫌な予感がする。話題を間違えたか。
「え、ええ、魔力の流れについて教えるために」
「魔力の流れについて教えるために? ってことは、お前が魔力を流したってことだよな? おとなしく受け入れてくれたのか、その相手は」
ニヤニヤしたまま聞かれて、頷く。
「ええ、勿論です。ですが、腹を押さえてトイレに隠り、しばらく苦しんだようで……」
「……ん? トイレで苦しむ? まてよ。もしかして、相手は男か?」
「ええ、そうですが――」
「ちょっと待て、相手の名前は出さないでいい、知らないほうがいいってこともあるからな」
男だとなにかあるのか? 訳がわからずに首を傾げてしまう。男だと悪いのかと思った私の心の声が聞こえた訳じゃ無いだろうに、彼は口元を手で覆い、「それにしても、予想外だ……男が趣味だったのか……」などと独りごちている。
男が趣味? いわゆる男色であるということか? 私が?
「一体なんなんですか、ただの魔力通しをしただけで、なぜそのように言われねばならないのですか」
過剰な反応に、その理由がわからずに声を苛立たせてしまった私に、視線が戻ってくる。
「そのように、って。そりゃそうだろう、魔力通しは子供にするのと、大人にするのでは意味が違ってくるからな。騎士バルザクト、恋人がいたことはないのか?」
「……恋人など、いたことはないですが。それと魔力通しに、なにか関係でもあるんですか」
恋人を作れるような状況ではないのだから、当然だろう。憮然とした私に、彼は自分の髪の毛をガシガシと掻いて、「関係は大ありだろう。そうか、貴族は恋愛ってのもおいそれとできないんだったか」と勝手に納得してから、思い出したようにパッと視線を私に戻す。
「あれだ、貴族なら、閨のお勉強とかもあるんだろう?」
あけすけな言葉に口元が引きつってしまう。確かに、貴族の中には未亡人や高級娼婦といったご婦人を相手に、そういう勉強をする者もいるというのは聞いたことがあるが、こんな場所でする話題ではないだろうっ!
「そっ、そんなこと……っ!」
「あーわかった、皆まで言うな若人よ」
熱くなった顔で窘めようとした私は、逆に窘められてしまった。解せない。
彼は私から視線を外し、腕組みをして宙に視線を彷徨わせる。
思案しているような彼に、私は口を噤んで彼が口を開くのを待った。
「こういうのは、酒場やなんかで、勝手に覚えるもんなんだけどな」
そう前置きしてから小声で教えられた『大人がする魔力通し』の意味を知り、悶絶することになってしまった。
「まぁ、そういうことだ。相手が誰かは知らねぇが、フォローしておけよ。じゃぁな」
あまりの事実に両手で顔を覆っている私を残して、シュベルツは行ってしまった。
両手で包んだ顔が、どうしようもなく熱い。