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「しまったな……シュラのことを笑えん」
翌朝、まともに動かない自分の体を無理矢理ベッドに起こし、久しぶりの酷い倦怠感に全身が筋肉痛なのだと理解した。こんなのは、騎士団に所属したばかりの頃以来だ。
動くのもままならない痛みに顔をしかめながら、それでも思わず頬が緩んでしまう。
シュラに言ったように、筋肉痛を治癒することはしない。折角の筋肉の成長を、魔法で無に帰すのは勿体ないことだから。
筋肉を解すように手でぐっぐっと足を揉み込んでいく、本来ならば寝る前にやっておけばよかったのだが、仕方ない。
軽く体を解せば、なんとか動けるくらいまでにはなり、筋肉痛で悶絶しているシュラをたたき起こして、本日の朝の訓練へと向かった。
勿論、先輩騎士としての矜持で、私も筋肉痛であることは気付かせもしなかった。
いや気付く以前に、シュラは本格的に参加するようになった訓練に手一杯で、周囲の様子に気を配る事なんてできていないようだった。
その方がいい。拒絶するような視線や、嘲笑など知らぬ方がいい。
「ほら、もう一周あるぞ! いけるか!」
「だ、だ、だいじょぶ、でひゅ……っ」
必死の形相で、だが今日は私は回復魔法を掛けていない。朝、彼に請われて筋肉以外を回復させる魔法を教えれば、一度でそれをものにして自分で回復をさせている。
彼のような者こそ天より才を与えられし者、天才なのだろう。
へばりそうになりながらも足を前に出す彼の姿は本当に見窄らしくて、憐れを誘う姿だけれど、その黒い瞳は爛々と燃えている。
終点で待つ私をその瞳に映した彼が、とうとう完走する。
「バルザクト、様……っ」
倒れ込みそうになった彼を抱き止めれば、ぐったりと体を預けられる。
「重いぞ。ちゃんと立たないか」
「お、俺、ひゅ……っ、や、やりました……っ」
もう足に力が入らないのか膝をガクガクさせ、呼吸も酷い有様で今にも倒れそうになって、それでも嬉しそうに。まるで、ご主人様に褒めてほしがる犬のように、盲目的に私にすがりつく彼の頭をひと撫でしてやる。
「ああ、よく走りきった。偉いぞ、シュラ」
私の首筋に伏せられていた彼の耳元にこっそりと囁いて、もう魔法を使う余裕も無さそうな彼に、回復の魔法を掛けてやる。
「しっかり立ちなさい。訓練はまだまだあるからな」
突き放すようにして立たせ、耳を押さえて顔を赤くしている彼の尻を叩いて、次の訓練に向かわせる。
「ぼんやりするな、朝の訓練が終わっただけだぞ。今日は剣の訓練もあるし、座学だってあるんだ、のんびりしてる暇はないからな!」
「はっ、はいっ!」
剣を握るところから教え、素振りを三十回しただけで手の皮を剥いたシュラの手に、細く裂いたハンカチを巻き付け、治癒は禁止する。
「治癒で治せば、いつまで経っても手の皮が厚くならないんだ。大丈夫だ、五回も剥ければそれなりに皮膚が厚くなる」
「サドいです、バルザクト様」
痛みに涙目の彼から察するに、どうやらサドイというのは酷いとか、そういった意味合いの言葉のようだな。
「今後のためなんだぞ、誰もが通る道だ。ほら、私の手のひらだって、そうして鍛えてきたんだ」
彼の目の前に突き出した、もう女性のものには見えない手のひらを、彼は大事なものに触れるかのようにそっと握った。
「細い綺麗な手なのに……」
まるで女性にするようなその触れ方に、触れられたところが熱く感じる。
「綺麗ではないさ。それよりも、もっと握力が欲しいのだがな」
さり気なく彼の手から手を引き抜き、代わりに彼が落としていた訓練用の剣を渡す。
「さあ、まだまだ素振りを続けるぞ。この重さに慣れたら、もうひと段階重い剣に変えるからな」
「サドい……っ!」
まだまだ余裕がありそうな彼に頼もしさを感じながら、私も自分の訓練をすべく、剣を取った。
いつもは黙々とこなしている訓練を、シュラと一緒に行うのは楽しくて。
だから、私は忘れていた、彼がどこか他の世界から、たったひとりでこの世界にやってきていたのだということを。