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■□■12■□■

「バルザクト様、体がなんだか、思うように動かないんですが」


 食堂で並んで夕食を食べている最中に、シュラが顔を引きつらせてそう申告してきた。

 持ち上げていたスプーンを下ろし、さもありなんと頷く。


「疲労は回復すれど、筋肉にかかった負荷は、筋肉の成長に必要だからそのままにしてあるからな。これから筋肉痛になるぞ、早く食事を終わらせて部屋に戻らねば、そこら辺で這いつくばることになる」


 私もなんど行き倒れたことか。貴族出の騎士からは騎士の顔に泥を塗るなとか、平民出の騎士からはこれだから貴族のボンボンはなどと罵られ……。

 苦い記憶に蓋をして、ニヤリと笑ってみせる。


「もちろん行き倒れても拾いはせぬよ、だが、早く就寝するのは認めよう。速やかに食事を終わらせなさい」

「はいっ」


 黙々と食事を摂った彼を先に部屋に帰して、一人でゆっくりと少量の食事を終える。騎士を辞すれば腹一杯にご飯が食べられる、それまでは、木の実で空腹をしのぐしかないのが少々辛いが……今日のように、うっかり触れられれば知られるような、柔らかな体型になるわけにはいかないものな。


 目論見通りに彼が既に就寝している部屋に戻り、彼から貰った……日中、返そうとしたら、「もうバルザクト様で利用者が固定されたので、是非使ってください」と言われて確認すると、確かに私以外には履くことすらできなくなっていた……そんな、価値を考えるのが恐ろしいブーツを履き、「折角だから着てみてください」と渡された黒い服は軽いうえに、動きやすく……これも「利用者登録」され私専用になってしまったらしい。


   ◇◆◇


 薄暮時の訓練場はいつも通りひとけが無く、自主訓練するにはいい時間帯だ。

 シュラから貰った服とブーツを履けば、闇に紛れてしまいそうだ。そうなると、この金色の髪は少々悪目立ちするな……ふふっ、髪を隠す帽子など、探してみようか。


「ステータスオープン」


 わくわくする気持ちを理性で宥めて、極力小さな声でステータスを開く。前回見たままの数値だ、ただ、装備の性能が……。


「幻獣の糸から作られた服なんて、国宝じゃないか」


 そして、彼が言ったように、本当に利用者登録がされてしまうらしく、私以外に装備できないことになっていた。深く考えるのは止めて、外見は普通の服なので、ありがたく使おうと思う。


 訓練すれば数値が上昇すると言っていた、これがどうなるのか、正直楽しみで仕方が無い。

 もうひとつ楽しみなのは、シュラに教えて貰った付与魔法の使い方だ。

 武器、防具以外にも使えるとすれば、ブーツのみならず、衣服にも付与できるということだろう。駄目だ、どうにもわくわくしてしまう。


 騎士はいついかなる時にも冷静であらねばならぬのに。緩む頬を自覚しながら、ブーツと衣服に素早さと防御力を上げる付与魔法を掛けた。

 その場で軽く跳ねてみれば、遺跡の時と同様、いやそれ以上に軽々と体が宙に浮く。


「わっ! おっとっと、これは、ちょっと加減が難しいな」


 着地でバランスを崩してつんのめったものの、どうしよう、これは凄く楽しい!

 もう一度、もっと力強く地面を蹴る。

 自分の身長よりも高く飛び上がり、空中で一回転して着地した。いや、できた。


「自分の体じゃないみたいだ……っ」


 試しに外周を走ってみるが、これもまるで背中に羽が生えたように体が軽い。衣服と靴に動きを補助されているのはわかっているが、自在に動く体に嬉しさがわき上がる。


 走ったその勢いのまま、立木を駆け上がれば、木の高いところまで到達することができた。

 少し上がった呼吸を整えるために、近くの枝に足を掛け幹に腕を回したところで、ズンッと体が重くなり、慌てて幹にすがりついた。


「付与魔法が切れたのか。走ってる最中だったら、派手に転んだところだな」


 木の上とはいえ、止まっていた時でよかったと安堵しながら、木の枝に座り『ステータスオープン』した。


「体力が減っているな、魔力も使ったから減っているが……思ったほどじゃないな。付与魔法の効果がある時間を把握しとかなきゃ。ああ、それとグローブも欲しいな、そうすれば剣を使う時に付与できる」


 握力の弱さで剣を飛ばされることもなくなるに違いない。剣を落とすなど、騎士の名折れだと嘲笑されることもなくなるだろう。


「いや……駄目だな、まだこの段階では……。もっと、自然に、誰にも感づかれることないように付与できるようにならなければ」


 万が一、衣服等にも付与を掛けられると知られてしまえば、芋づる式にシュラの特異性も知られてしまうかも知れない。

 彼が穏便にここで生きる為には、目立つような行動をさせてはいけないし、私も同じく目立ってしまってはいけない。


 私はあと一年でここを離れるからいいが、残された彼に辛い思いをさせるわけにはいかないものな。

 とはいえ、自分の能力以上に体が動くというのは思いのほか楽しくて。


 楽しい……ああ、久しぶりに楽しいんだ。


 顔を上げれば、梢の間からいつもよりも近い空があった。いつの間にか星々がきらめき、吸い込まれそうな夜がそこにあった。

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