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「バルザクト様! 大丈夫です、魔力の流れについて、わかった気がします」
すっきりした顔でトイレから出てきたシュラは、意気揚々と壁に乗り、手を付けた。
「丹田あたりから湧き上がるこの流れを、こう、この壁に流せばいぃっ!? ひゃぁっ!」
勢いよく飛び出した壁の柵を左手で掴み、吹っ飛びかけた彼を右手で捕まえ、必死に抱え込む。
ゴゴン、ゴゴン、ゴゴン、ゴゴン……と合計四枚の壁がせり上がった。もし手を離さなかったら、一体何枚持ち上がったのだろうか。背筋に、冷たい汗が流れる。
腰を抜かしたのかへたり込み、目を丸くしたまま私の腰にしがみついていた彼は、思い出したようにそろりと私を見あげてきて、それから自分がしがみついている私の腰を凝視した。
「ほ、細……っ――ぁ痛っ! な、なんで殴るんですかぁ」
「馬鹿野郎っ! 私は、最初になんて言った! 周囲の人間への警告のために宣言すると言っただろう! それよりも何よりも、魔力の使い方の練習もせぬのに、いきなり擁壁に流すなどっ! まかり間違えば、大惨事になっていたんだぞ! わかっているのかっ!」
私が殴った左頬を押さえ、座り込んで見上げてくる彼を、精一杯睨み付ける。
「わかっているのか!」
「はっ、はいっ、申し訳ありませんでしたっ」
床の上に膝を揃え、額を床に押し当てるほど頭を下げたシュラに、内心安堵する。
自分の失敗を理解したこともそうだが、……私の腰の細さについても、有耶無耶になっただろう。
体型がわからぬような仕立てのジャケットを着ているとはいえ、実際に触れられてしまえば知れてしまう。あと一年を平穏無事に過ごすために、たとえシュラであろうと知られるわけにはいかない。
「理解できたのなら、頭を上げろ。今後は、迂闊な行動は控えるんだぞ」
平伏する彼の前に膝をついて肩にそっと手を触れると、ビクリと彼の背が震えた。
「どうした? シュラ?」
「……っ、バ、バルザクト様、俺のこと、見捨てないですよね……っ。俺っ、あなたしか……っ」
顔を上げた彼の縋るような黒い瞳を見て気付く。そうだ、彼はこの世界にたったひとりで、彼の背景を知るのは私しか居ないのだ。
「見捨てるならば、叱らぬよ。馬鹿な子だ、泣くことはなかろう」
私よりも年上なのに、幼げなその表情に頬が緩んでしまう。彼の頬を伝う涙を指で拭えば、彼の頬が見事なほど赤く染まった。
「うぁ、スチル……まんま……っ、俺、俺っ」
「うん? どうした?」
「俺、一生、バルザクト様に付いていきますぅぅっ」
頬の涙を拭っていた手を両手で握りしめられ、すがりつかれそうになって焦ったり、反省が足りないシュラに説教をしたり、魔力の流し方をモノにするまで訓練したり、予定より多い壁を使ったことで管理人に怒られたりと……結局、シュラの服を買いに行きそびれ、散々な一日だった。