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「魔力の流れがわからない、だと? あれだけ凄い魔法を使っておいてかっ」
思わず天を仰ぐ私に、シュラは申し訳なさそうに身を縮めた。
「俺、いや、自分の使う魔法は、この世界の使い方とちょっと違っていて、使いたい魔法を指定するだけなので……魔力の流れとか、必要が無くて」
魔法を使うのに、魔力の流れを知らずに行うなどという話の方が荒唐無稽だ。
目眩しそうになるのを気力で堪えて、ポケットから取り出したクルミをかじる。空腹だから悲観的になってしまうんだ、栄養補給すればなんとかなる。
ガリガリと囓って飲み込んでから、ひとつ深呼吸する。流れを知らないとは言うが、使用はできるのだからやりようはあるはずだ、壁を上げることができなければ従騎士でいることさえできなくなってしまう。
「わかった、では、魔力の使い方を知らない子供に教えるやりかただが。両手を出してくれ」
差し出された、私よりも大きな手を掴み、視線を彼の目に合わせる。
「私の目を見つめて、そうだ、いまから両手に魔力を通す。なにか感じたら教えてくれ」
「は……い」
彼の黒い瞳を見ながら、ゆっくりと彼の左手に魔力を送る。
「ふぁっ! な、なんか、温かいのが左手から……っ」
彼の頬が赤くなるのを確認して、今度は逆の手からいま注いだ魔力を抜いてゆく。
「んぁっ……こ、これっ、あっ、バルさ、バルザクトさ……んんっ」
苦しげに顔をゆがめる彼に、二巡目に入ろうとした魔力循環を止めた。
両手を離すと、ガクリと地面に膝をついた彼に、慌てる。
「どうしたっ? 具合でも悪くなったのかっ」
両手を足の間に挟んで、苦しそうに息を荒げる彼は、涙目で私を見あげてきた。
「ど、どんな拷問ですか……っ」
「ごっ、拷問? これは、魔力の使い方を知らぬ子供に、魔力の使い方を教えるときの、ごく初歩的な訓練方法だぞ」
苦しげに下腹を押さえ、赤い顔で私を見上げる彼に焦る。もしや、大人に使ってはいけないやり方だったのだろうか? いや、そんなことは聞いたことがない。
だとすれば、彼が違う世界の人間だからだろうと気づき、冷や汗が背中を伝う。
彼の横に膝をつき、背中をさする。
「腹が痛いのか? 歩けそうか? 無理なら私が背負っていくぞ!」
昨日彼に教えられた付与魔法をうまく使えば、彼を背負うぐらいできるはずだと、しゃがんだまま彼に背を向ける。
「そ……なことしたら、マジで暴発しちゃうんでっ、勘弁してくださいっ。行くなら、トイレがいいですっ」
「トイレ……あっ、ああ、そうか。それなら近くにある」
前屈みで歩く彼に付き添ってトイレに案内し、入り口で待つ。
大人に使うと、急激に便意をもよおすようになるとは思ってもみなかった……。そんな弊害があるなら噂になってもいいような気がするが、当人の自尊心が傷つくから隠していたとしてもおかしくはないか。
見上げた空は抜けるように青く、トイレから聞こえる呻き声に耳を傾けないようにしながら、魔力の流れを教える次の方法を思案した。
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