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私とシュラは一度寮へ戻って私服に着替え、町へ出ていた。
「幻の金髪ワンレン、眼福過ぎますっ。バルザクト様は、私服もかっこいいですね!」
昨日と同じ服を着た彼が、私の服装を見て両手を顔の前で合わせて目を輝かせていた。
金髪というのはわかるが、ワンレンとはなんだろう?(※ワンレングス=ストレートの髪でフロントから後ろまでを同じ長さに真直ぐ切り揃えたもの)
「そうか? 一般的な服だと思うが」
戸惑いながら自分の服を確認する。立て襟のシャツにタイを結び、ベストと……貧弱な体型を隠すために少し大きめのジャケットを着ている。
いつもはうしろでひとつに結んでいる真っ直ぐな髪を、今日は丁寧に櫛を入れて下ろしているから、多少は貴族然としているかも知れないが。
「シュラも一式服を揃えた方がよさそうだな。ついでだ、あとで服も見に行こうか」
「は、はいっ」
嬉しそうに頷いて付いてくる彼を従えて、まずは本日の目的地に向かう。
「はぁ~、実際にはこんな感じだったんですね、凄いなぁ。あ、あっちが王宮ですか? ってことは中央公園はこっちで」
「ああそうだ、よく知っているな。それもゲームの知識というやつか?」
王都の地理については問題なさそうで安堵する。
「はい。でも、実際に見るのと、画面上で見るのでは全然違いますね。ステータスオープン……ええと、地図画面は――」
「危ないっ」
歩きながら虚空を見ていた彼が段差に躓いたのを、なんとか彼を抱きしめて止めることができた。
「よそ見をして歩くんじゃない」
「は、はいっ!」
腕の中の彼の心臓がドキドキしてるのが伝わってくる。
「あと、ステータスは万が一知られてはいけないから、部屋の中や人の居ないところで使いなさい」
「はいぃぃっ」
注意しながら彼の体を離す。本当にこの細さでやっていけるんだろうか。
「さぁ、行くぞ。今から行くのは、第二壁の練習場だ」
「第二壁って、魔力で起動させる壁でしたっけ?」
シュラの言うとおり、第二壁はいつもは地中に埋まっているが、有事の際に魔力で地上に引き上げる壁だ。この、壁を引き上げるだけの魔力があることが、騎士になるための最低限の基準になる。
第五騎士団のメンバーも一応は全員、これを持ち上げることができる。
練習用の壁がある公園は基地の近くだ。もともとここら辺も基地の一部だったらしいが、住民の増加と東部基地の設置に伴いこちらの西部基地が縮小され、公園や宅地になったということだ。私が生まれる前の話なので、人づてに聞いただけだが。
「想像していたより、全然大きいですね」
管理人に入れてもらい、壁の埋まっている上に立つ。厚さは三メルタ、幅は七メルタ、高さは十メルタ、それが壁一枚の大きさだ。これを最低一枚は魔力で持ち上げなければならない、因みに魔力が多少ある私は五枚割り当てられている。
「柵に捕まっておきなさい」
「はいっ」
彼がしっかりと壁の片側だけにある柵に掴まったのを確認し、壁の中央に膝をついて手のひらを押しつける。
「擁壁、一枚起動」
周囲に聞こえる声で宣言し魔力を込めると、ゆっくりと壁が持ち上がってゆく。
「おっ、おっ、おおおおっ! すげぇぇ! じゃなかった、凄いですバルザクト様!」
シュラが思わずといった歓声をあげる。
一番上まで上げると町が一望でき、眼下には色とりどりの屋根が見渡せる。私のお気に入りの場所だ。
私も立ち上がり、感動している彼の横の柵に掴まって周囲を見渡す。ああ、今日もこの都は美しいな。
「ここが、我々騎士団が守る国だ。美しいだろう?」
高いところは風が強いから髪が風に流されるが、それも心地よい。正面を向いたままの問いかけに、彼は何度も頷いてくれているようだった。
「はいっ。はい、とても美しいです」
彼の答えを聞いて満足する。一頻り町を見渡してから、彼に向き合う。
「さて、大事なことはこの壁を上げることだと教えたが、この練習用の壁でも勝手に上げることは違法とされているから気をつけるんだぞ」
「い、違法なんですか?」
「当たり前だろう? こんなものを、勝手に上下させていたら迷惑だろう、ほら、壁の影側が日陰になっているだろう」
「あ、本当ですね」
壁の床に手を付けて、ゆっくりと壁を下ろしてゆく。
「練習で上げる場合も、時間が決められている。上げたら速やかに下ろす。本物の壁は、有事の時以外に上げてしまうと、除団処分どころではなく、投獄されてしまうので絶対にしてはいけないからな」
「投獄ですか」
「ああ、重罪人になってしまう。実際に、投獄されて獄中で亡くなった者もいるからな」
このくらい脅しておけばいいか。顔を青くしている、彼に満足する。
「さて、次はシュラにやってもらおう。周囲の人間への注意喚起の為に「擁壁、一枚起動」と声を掛けるのを忘れずにな」
「あ、それ、起動ワードとかじゃなくて、注意喚起だったんですね……。床に手を突いて、魔力を流すんですね? ええと、魔力を、ながす?」
しゃがんだまま当惑した表情で見あげてくるシュラに、嫌な予感がした。