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■□■8■□■

「はぁ……ひぃ……っ……はぁっ……はぁっ」


 隣を走るシュラの今にも倒れそうな様子を見ながら、併走していると。先を行き、とうとう追いついてしまった騎士達が、呆れた視線を向けて追い越してゆく。


 それはそうだろう、我々騎士は軽量とはいえ防具を着けての走り込みだが、シュラは軽装の従騎士の制服のみ。彼のペースに併せて走っている私は、息も切れない。


「驚くほど体力が無いが……大丈夫か?」


 このまま従騎士としてやっていけるのか、本気で不安になった。これなら、下働きだったほうがよかったのではないか。


「だ、だいじょぶでひゅ……っ、げふっ、げふっ」


 咳き込みながら走る彼に、不安が増す。

 他の騎士達が他の訓練に進む中、周回遅れの私達はなんとか周回をこなし、皆の邪魔にならない場所で遅れて訓練をする。

 従騎士を鍛えるのも騎士の役目なので、私が付いてることについて文句は言われないが、なかなか厳しい視線が刺さってくるな。


 走り込みから続けて、基礎訓練に入ったが。すっかりヘロヘロのシュラは、必死についてこようとしているものの、腕立てでは体があがらず、屈伸すら腰が落ちきらず膝がガクガクと震えていた。


 最後の重装備での基地内一周までたどり着けなかった……。


 地べたに伏して、変な呼吸を繰り返しているシュラを、困惑したまま見下ろす。私が入団したときですら、これよりはマシだったぞ。


「もしかして、なにか持病を持っているのか? それならば、従騎士ではなく、下働きの職を探すが……」


 貴族の名を使うのは嫌だが、私の名前で後見すれば、どこかにねじ込むことはできると思う……本当に下働きの下っ端くらいになら。それならいっそ団長に融通してもらうというのはどうだろうか、いや、でも、シュラの特異性を思えば迂闊に手放すのは拙いな。やはり、手元に置いておき、ちゃんと教育してから自由を与えたい。


「だ、だいじょぶでひゅ……っ、自分は、絶対に、騎士団に入りまひゅ……っ! 入らねばならな……げふっ」


 目もうつろなのに、荒い息の下で言い切った彼に、肩が落ちる。

 この調子ならば、きっと並ならぬ努力をせねば、一人前にはならないだろう。果たして、本当に一年で使い物になるように、仕上げることはできるだろうか。

 一抹の不安を胸に抱えながら、周囲に人目がないことを確認して彼に左手を当てて回復の魔法を使った。


「ひゅ……、は、あれ?」

「調子が戻ったのなら、訓練を続けるぞ。騎士を目指すなら、いつまでも這いつくばっていないで立ち上がれ」

「はっ、はいっ!」


 私の厳しい声に、彼は立ち上がり直立する。そして、呼吸が楽になっていることに気づいて、礼を言おうとした口を視線で止めた。


「あまり認められたことではないから、内緒だぞ」


 彼に聞こえるだけのちいさな声で伝えた言葉に、彼は真剣な顔をして頷いたのを見届けて頬を緩める。

 ああ、素直に聞き届けてもらえるというのは、嬉しいものだな。

 元気になった彼と共に基礎訓練を続ける、その後数度回復魔法を使うことになったが、なんとか一通りの訓練をこなすことができた。


「ひぃ……はぁ……はぁ……鬼訓練……」


 仕上げの走り込みをしたあと、遠い目をしたシュラがぼそりと呟いていた。


「内緒だがな、こうして筋肉以外を回復しながら訓練をすると、筋力が付くのがとても早くなるんだ」

「筋肉の破壊と再生を強制的に繰り返す訳ですね、実にサドいトレーニングです」


 シュラが真剣な顔をして、早口で呟いた。

 サドイトレ? よくわからないが、納得したように頷いているから、別に悪口などではないのだろうが。


「でも、そういう事なら、別にこっそりしなくてもいいのでは?」


 鋭い指摘に、敢えて軽く微笑みを浮かべる。


「訓練程度に回復魔法を使うのはよしとされないんだ。だから、他の人間に知られるとよくない。回復魔法を使ったことは内緒だぞ」

「回復魔法って、誰でもできるわけじゃないんですか?」


 シュラの真っ直ぐな問いかけに頷く。


「そうだな、回復は魔力の使用に繊細さが必要となるもので、騎士で得意な者は少ないな。特にいま使った魔法は、筋肉には作用させずに、疲労だけを回復させるもので、効率よく筋肉を付けるために私が独自に構成した魔法だから、余計に秘密にしてほしい」

「バルザクト様の、独自魔法ですねっ」


 目を輝かせて食いついてきた彼に、苦笑いを返す。


「本来なら使いようのない魔法だがな。騎士のくせにこのような魔法を使って、強引に筋肉を付けているのを知られれば、そしられてしまうから、内緒だぞ」


 この魔法を考えたときに騎士団の人間にも教え、散々馬鹿にされたことを思い出し、苦く笑いながら念を押すと、彼の眉間にしわが寄った。


「そういうのは強引じゃなくって、効率よくって言うんですよっ! これだから脳筋軍団は」

「のうきん?」


 脳みそまで筋肉ってことです、と小声で言った彼に思わず吹き出しそうになる。なるほど、脳筋とはうまく言ったものだ。


「ごほんっ、聞いただけでは意味は通じないとは思うが、悪い言葉というのは案外伝わってしまうものだ、迂闊に使わぬようにしなさい」


 注意をすれば、素直に頷いてくれる。彼の方が年上なのに、幼げなその仕草に肩の力が抜ける。


「付与魔法は、必修として剣と盾に強化魔法を掛けるのは騎士の務めの一つだが、回復魔法はそうではないし――」


 そうか、他の世界から来たから、この世界の常識をしらないんだったな。


「そうだな、今日は休みだから、君には騎士の重要な仕事のひとつを教えておこう」

「え、今日って休みなんですか? じゃぁ、この訓練は……」

「朝の訓練は、休日でも行うに決まっているだろ? 日々の訓練をおろそかにする者が、万が一の時に十全の力を発揮できるわけが――」


「ははっ、騎士バルザクトはお堅いな」


 私の言葉を遮られる。近づいてくるのは、ヒリングス副団長とその従騎士だった。


「従騎士くん、誤解の無いように教えるが、休日に訓練するのは騎士バルザクトくらいだ。騎士には向かぬ体格を補う為に、日夜努力しているわけだ、な?」

「ヒリングス副団長」


 気安げに私の肩に手を置いて、シュラに笑顔を向ける彼からは、濃い酒精の香りが漂ってくる。いつもの朝帰りだ。

 体格の不利を指摘されるのは今にはじまったことではないが、わざわざ我が従騎士の前で指摘しなくてもいいではないか。


「騎士バルザクト、私に君の従騎士を紹介してはくれないのかね?」

「……失礼致しました。彼が私の従騎士となりました、シュラです」

「シュラと申します、よろしくお願い致しますっ」


 私の目配せに、シュラは引き締めた表情で副団長に向かってしっかりと頭を下げた。

 朝の内に挨拶の仕方を教えておいてよかった。まさか、こんな早くに接触してくるとは思わなかった。


「うむ、しっかり励め。騎士バルザクトは、見ての通りはなはだ頼りなくはあるが、これでも栄えある第五騎士団の一員だ、得るものもあるだろう。それよりも、こっちが我が従騎士で甥でもあるケンセル・ヒリングスだ。ケンセルの言葉は私の言葉だと思うようにな。主従共々、我々が指導してやる、ありがたく思えよ」


 無言で頭を下げ続けるシュラに好き勝手なことを言い、言いたいことをすべて言い切ったのだろう。肩で風を切り、従者を引き連れて基地の建物へと歩き去る。

 足音がしなくなったころ、シュラがゆっくりと頭をあげた。


「エイジュード・ヒリングスとケンセル・ヒリングス。そういえば、居たな……確か、早々に……」

「あのお二人を、知っているのか?」


 訊ねた私に、副団長の背を見送っていたシュラがハッと私を振り向き、躊躇ってから「いえ……ちょっと……」と言いよどむ。

 知ってるかどうかを確認しただけだが、深刻そうな彼の様子に首を横に振った。


「言いたくなければ、無理をする必要は無い、私は命令したわけではないからな。さぁ、これから騎士を目指す君に、最も重要なことを教えるから付いてきなさい」


 気を取り直すと、私は王都に在する騎士の最も重要な使命を教えるべく、基地の外へと彼を連れ出した。

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