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※書き貯めがあまりないので、ゆっくり更新です。
私がその声に気付いたのは、第五騎士団の任務で廻っていた遺跡の内部巡視中だった。
そこは王都の端にあるパティディエス遺跡で、本当はいけないことなのだが、いくつもある遺跡を効率的に確認するために、本来二人ひと組で行動すべきところを、ひとりで遺跡確認していた。
他の騎士団ならば絶対にこんなことはしないだろうけど、なにせ、私のいるこの第五騎士団はコネ入団の貴族と平民とが混じって成っている……まぁ、なんだ、お飾りとか、名ばかり騎士団と呼ばれることもあるような団だ。
第一、第二騎士団は生粋の貴族の精鋭が集まり、末尾になる第九、第十騎士団は平民の精鋭で構成されている。
気楽といえば気楽な第五騎士団だが、こういうルーズな部分はいただけないと思う。とはいえ、先輩騎士に楯突く度胸なんてない私は、気が進まないながらも薄暗い遺跡の中を発光玉の魔法で先を照らしながら一人で歩いていた。
「散々盗掘されたこんな遺跡、誰も寄りつかないだろうに」
とはいえ、盗人の隠れ家になっていたりしたら大変なので、隅から隅まで発光玉を飛ばして目視で確認する。
そして、最奥部手前でその声を聞いた。
「なんだここ! まるで、『パティディエスの乙女』のオープニングの神殿じゃないかっ」
若そうな男の弾むような声に、思わず飛び上がりそうになるが、そこをグッとこらえて先を急ぐ。
この先にあるのは小さな礼拝堂だ。
「そこに居るのは誰だ!」
誰何した私を祭壇から見下ろしたのは、細面の青年だった。
発光玉が眩しいのか、目を眇めた彼は綺麗な黒髪と、黒い目をしていた。この国では珍しいその色味に目が奪われる。
私と同じくらいかやや年上に見える顔つきに、切れ長の黒い目が、私を捉えて大きく見開かれた。
何事か呟いたようだったが、その言葉は私が投げつけたマントによって止められる。
「変態かっ! こんなところで、真っ裸などっ! 馬鹿者がっ!」
「うわっぷ、ち、違っ、これは、不可抗力でっ」
弁解の余地もない全裸男にズカズカと近づき、頭から被せてしまったマントを肩に掛けて、前を留めてやる。
「随分貧相な体だ。……どこかから、逃げてきたのか?」
近づいて見て取れたアバラの浮いた胸や、私よりも筋肉の薄い体に苦いものがこみ上げる。なまじ顔立ちがいいから、余計に痛ましい。
彼はきっと劣悪な環境にいたに違いない。この国の闇の部分に残る、奴隷制度が脳裏をよぎる、ざっと見たところ奴隷の印は入れられていないようだが……。
ああそうか、だからこんなところに逃げ込んでいたのか。
「逃げ……? いや、俺は……」
言いかけた彼の口を、そっと人差し指で塞ぐ。
「いまは言わずともいい。私は第五騎士団のバルザクト・アーバイツという、君の名は?」
なるべく優しい口調でそう問えば、彼は「やっぱり……」と一瞬絶句してから、ゴクリとつばを飲み下して口を開いた。
「お、俺は、サツキヤマ・シュラです。あの、シュラというのが名前でっ」
耳慣れしない名だが、ちゃんと名があることに安堵して頬が緩む。
奴隷ならば数字が名になるが、彼はそうではなかった。身一つで武器のひとつも持っていないから、間者である可能性も低い。
「シュラか、いい名だ」
「あ、あなたの、バルザクトさんの名前も、かっこいいです」
彼はそう言ってくれるけれど、名前負けしていることは自分が一番よくわかっている。
闘神の眷属である、雄々しい神の名を付けられているが、残念なことに私は武に秀でておらず体格も並以下で、コネで入ったこの第五騎士団が関の山だ。コネで入ろうが実力があればどんどん上にいけるのに、私は万年この第五騎士団を離れることができないでいた。
だが、何も知らず、名を褒めてくれた彼の気持ちはありがたい。私自身が、この名について思うところがあろうとも。
「ありがとう。さて、いつまでもここに居るわけにはいかないが、君は裸足だしな……」
祭壇の端に座る彼の足を見れば、肉付きの悪い足だがそこに傷はなく。……瓦礫の多いこの建物の中を、どうやって無傷でここまで来たんだ?
疑問が胸にジリッと湧き上がる。
「バルザクトさん?」
呼びかけられてハッと顔を上げると、心配そうな彼の顔が間近にあった。
サラリとした黒髪が揺れ、ほんのりと花のような匂いを感じた。まるで乙女のようないい匂いだが、貴族の女性のものとは違いきつすぎず鼻腔にやさしい。
「あ、ああ、すまない。君の靴があればいいんだが、服も、そのままでは外に出るのは恥ずかしいだろう」
いつまでも嗅いでいたい香りから身を離し、騎士服の上着を脱いで彼に渡す。細身の彼ならば、小柄な私の服でもなんとか着られるだろう。
案の定寸足らずだが着れないことはなかった、裸よりはましだ。
下肢には騎士のマントを巻いてもらう。なんとも、情けない間に合わせの格好に、申し訳なさが湧いてくる。
二人ひと組で行動していれば、片方が服を取りに戻ることも可能だったのに。彼をひとりにしておけない現状では、これ以上できることがないのが悔しい。
「あのっ! ちょっと待ってください、もしかしたら……」
彼はそう言うと、虚空を見つめ「ステータスオープン。っ! よし、データ全部引き継いでるぞ」と呟いて目を輝かせながら、虚空に指を滑らせていた。
魔法を行使しているわけではなさそうだが、いまなにかをしているのは間違い無い。
表情を引き締めて彼の挙動に注目していると、チラチラと私を見る彼の視線に気付く。なにか聞きたいことでもあるんだろうか?
「シュラ?」
「……っ! い、いかん……っ、彼は、攻略キャラっ。そもそも、俺はなぜ、戦闘系乙女ゲームの世界に男のまま来てしまったんだっ、実に不条理、実に意味不明っ! ここはTS転生が王道だろぉぉぉっ!」
私から視線をはずし、鬼気迫る様子で呟いている彼にそれ以上声を掛けることは憚られた。 わずかに頬に赤みを差しながら、虚空に指を滑らせていた彼だったが「装備変更完了っ」と呟いた次の瞬間、彼が着ていた私の上着とマントが消え去り、代わりに町民が着るような服と、それには似合わないごついブーツを履いていた。
「ふぅ……乙女系衣装とコスプレ衣装しかないから焦ったけど……。あ、バルザクトさん、この格好おかしくないですか?」
祭壇から降りた彼にはにかんだ表情で問われ、呆然としたままなんとか答えを返す。
「おかしくは、ない。ごく普通の、一般的な服装だな」
衣服を瞬時に取り替える魔法などあるのだろうか? いや、あるのだろうな……もしかすると、彼は他国の魔法使いなのだろうか、いや、そうだとすれば他国の騎士である私の前で、手の内を見せるように魔法を使うだろうか?
「本当ですか! よかった」
そう言って笑う彼を見あげる。
祭壇に座っているときはわからなかったが、私よりも幾分長身だった。彼も私との身長差に気付いたのか、なんだか変な顔をしている。
「バルザクトさんって……実際には、わりと小柄だったんですね」
「私の成長期は、随分昔に止まってしまってね、この身長でもう何年も過ごしているが。騎士になる基準の身長はクリアしているから、問題ない」
「いやっ! あの、そうじゃなくて、す、座っていたので、もっと長身なのかと思っててっ」
憮然と答えた私に、目に見えて彼が慌てる。
「バルザクトさんが小さいとか、そうじゃなくて、あの、あなたはとても、素敵ですし、とても格好いい騎士だと思いますっ」
彼の慌てようと、まるで告白でもされているかのような言葉に、気が抜けてしまう。
貧相な私を格好いい騎士などという人間は、いままで居なかった。それに、素敵だと言われるのもはじめてで……悪い気はしないな。
「ふふっ、こんなに褒めてもらうのははじめてだ。大丈夫だ、私は自分が小柄なことも、貧弱なこともちゃんと理解しているから」
自嘲を込めたその言葉に、彼は真顔で首を振った。
「そんな、そんなことないです。バルザクトさんはもっと強くなれます! あなたの強みは筋肉じゃない、その魔力と、真面目さだ! あなたが望むなら、もっと強くなれるんですっ」
私の両肩を掴み、真剣な表情でそう言い切った彼に、胸の奥がざわめいた。