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おやすみラプンツェル

作者: 醤油みりん
掲載日:2018/08/19

 従者が私のカップに紅茶を注ぐ。目の前に並べられたスコーンとジャム。温かそうな紅茶。それらをじっと見つめて、いつでもおかわりできますよと言わんばかりに紅茶のポットを手にした従者の方を振り向く。

「どうかなさいましたか、リーア様」

「……どうもしないわ」

 清潔感のある長さの灰色の髪。此方を見つめるのは静かな青色の瞳。従者の動きに合わせて揺れる真紅のピアス。一つの皺も見当たらない暗闇にもあっさりと紛れてしまいそうな質素な服。上から下まで改めてじっと観察してみるが、どこも不審な点はない。いつも通り、私の従者だ。お茶の用意だなんて侍女の仕事をさせてしまっている私の従者。何も変わりはない。けれど、胸の奥辺りがぞわぞわしてしまうのは数日前に体調を崩してしまってから。……いや、正しくは『この世界がゲームの中の世界だと認識してしまってから』だ。

「やはりまだ体調が芳しくないのでは?」

「……」

 私はこの世界にリリアンヌ・プレディアンデとして生まれた。住人が少ないくせにお屋敷だけは馬鹿でかいこの家で生まれ育つ事十七年。生まれた時からずっと側に居続けたこの従者。名はレイフォードと言うのだけれど、私の脳内では今、完全にこの男は『クソ生意気な友人であり従者』から『従者兼魔法使い』という認識に挿げ替えられてしまっている。なぜそんなことになってしまったのか私にもよく分からない。良く分からないのだけれど、ぼんやりと脳味噌はこの男は魔法使いだと告げている。

 この世界はゲームの世界だと認識した、という点についてもう少し詳しく整理しておくことにしよう。まずは問題と現状の整理。その後にどうするべきか考えなくては。


 数日前。日中は暑く朝晩は寒いという連日の寒暖差によって体調を崩してしまった私は珍しく寝込んでしまった。

「だから温かくして寝なさいと言ったでしょう」

 お前は私の母親かと言いたかった言葉はレイフォードに無理矢理飲まされたホットミルクのせいで声にならなかった。ぐったりと従者に体を預けたままの私の頭を優しく撫でるその手が気持ち良くて目を瞑っていた。

「もっと。撫でなさい」

「はあ……」

「お前は私の従者なのだから……とうぜんでしょ……」

「そうですね。私はあなたの従者ですよ」

 縋るように身を寄せる私にどうでも良さげな温度の声が返ってくる。はいはいと言わんばかりのそれにむっとしていると、ふと脳裏に違和感を覚えた。

「……レイ?」

 確かめるように恐る恐る従者を呼ぶ。レイフォード。私の従者。リリアンヌ・プレディアンデたった一人の従者であり家族であり友人。侍女も執事も庭師も料理人も両親も乳母も、誰も誰もいない広いお屋敷に片手の指で数えられる数の私たち。窓から見える外は広い草原が広がっているだけ。まるでこの世界は私たちだけしかいないよう――で、違っているこの世界。

 昨日、私は見てしまったのだ。いつもは決して見る事などない、草原を歩く一人の男を。いつもいつも、屋敷から見る外の景色に変化なんて何もなくて。いつも同じ。雨が降っても雪が積もっても風が吹いても。外には誰もいない。人の姿も動物の姿もない。けれど昨日は違った。確かにあれは、人だった。その、たぶん男だと思う人間を、私は見たことがあるような気がしたのだ。何処でなのかは分からない。けれどあれが誰なのかは分かった。脳味噌が告げていたから。『あれは―――だ』と。

「何ですかお嬢様」

「……レイフォード」

「……熱にやられてしまいましたか?」

「ばっ。ば、ばかにするんじゃないわよ!! お前はもっと自分の主人を敬いなさい!!」

「はいはいリーア様。体調が悪いのですから大人しくしていてくださいね」

 頭からかわって背中を撫でる手は優しい。それはまるで幼子をあやす親のようにも思えて、私はこの従者にとって子どもでしかないのだろうなと現実を突きつけられる。体調不良と不機嫌が混ざり合って、なんとなく悲しい気持ちになって目を閉じた。すると、脳味噌は更に告げる。『この男は魔法使い』だと。

 ……確かに、魔法という概念はある。お湯を沸かしたりシャワーを出したりランプに火を灯したり、そういうふとした日常の中で魔法は使われている。けれど、魔法使いと呼ばれる者はおとぎ話の中でしか聞いたことがない。

 分からない、意味が分からない。そうして首をかしげていると更に脳味噌は告げた。『此処はゲームの世界』『主人公は勇者』『ヒロインは聖女』『リリアンヌ・プレディアンデは主人公を誘惑する女』『主人公は魔王を倒すべく旅に出る』『勇者・聖女・騎士・魔法使い』『騎士は田舎育ち』『魔法使いはレイフォード』『リリアンヌ・プレディアンデは魔王に捨てられた過去の女』『勇者一行は魔王退治の末に国の英雄となる』『主人公はヒロインと騎士、三人で結婚する』『リリアンヌ・プレディアンデは主人公に見向きもされず』『主人公たちは末永く幸せに暮らしました』『めでたしめでたし』


「全っ然めでたしめでたしじゃないのよ!!」

「お嬢様。紅茶が零れます」

 数日前のことだというのに、今でも思い出すと腹が立ってしまうのはなぜなのか。はしたなく思い切りテーブルを叩いてしまい、即座に飛んでくるお小言にこれまた腹が立つ。そもそもなぜ私一人がこうして悶々と悩まなくてはならないのか。いくら私の頭が変わり映えのしないただ何事もなく一日一日を過ごすことに麻痺しかけているからといって、完全に壊れてしまってはいないはず。多少従者に馬鹿にされるだろうが、私の頭は正常だ。一人で悩むよりも従者を巻き込んでしまった方が私も安心できる。……そうだ、話してしまえばいいんだ。

「あの。あのね、レイフォード」

「はい」

「……私の頭がおかしくなったんじゃないかって、心配しないでね」

 空いてしまった私のカップに紅茶を注いでいた従者の手が止まる。何言ってんだこいつと言いたげな顔をするのは珍しいと思う。憎たらしい事に普段あまり表情を変えることをしないのだ、この従者は。……いいえ、従者としてそれは正しい形なのかもしれないけど、私たちは確かに主人と従者だけど家族で友人でもあるのだからもう少し……ああもう。

「……はい?」

「ちょっとした保険よ。いい? これから私が何を言ったとしても、決してばかにしないこと。いいわね」

「……はあ。分かりました」

 巻き込んでしまえば良いだなんて思ったけれど、やっぱり少し怖い。馬鹿にされたら、呆れられたら。安心できるのは私だけで、頭がおかしい奴だと距離をおかれてしまったら。……わたし、生きていけるのかしら?

「いい? ぜったい、絶対だからね。約束だから!!」

「はい」

「じ、実は――」


* * *


 深夜、少女が眠ってしまえば屋敷は更に静かに、冷たさに包まれる。彼女が起きている間はあんなにも明るく暖かさが屋敷全体を包んでいたような気さえすると言うのに、この男が一人で屋敷を行動している夜の時間は、いつもこうだ。ランプを片手に屋敷の裏口を開けた男の前に、闇にまぎれるようにして黒のフードを頭から被り身を縮めた男が一人。

「お姫様はもう寝た?」

 フードをとったその姿はレイフォードに瓜二つ。とてもよく似ていた。清潔感のある長さの灰色の髪も。青色の瞳も。動きに合わせて揺れる真紅のピアスも。少し違う点をあげるとするならば、此方の男の方が表情豊かであると言う事。それから、瞳に憤怒の色が見え隠れしていると言う事。

「とっくに」

「良いなあ。寝顔見に行っても良い?」

「許可されると思うか?」

「思ってないけどー。ないけど、良いじゃん。少しくらい」

 ――なあ、ギル。

 『レイフォード』は含みのある問いかけにも表情を崩さない。ただ男の言葉に答えるのではなく、話題は別の件へすり替えられた。

「あの方が、俺を魔法使いだと」

 緊張した面持ちで何を言い出すかと思えば必死の形相でこの世界がどうなっているのか、自分がどうなってしまうのか、レイフォードは何なのか、切々と語っていた少女の顔を思い出しながらぽつりと『レイフォード』が溢す。対する男は其れを聞いて何がそんなに面白いのか、けらけらと笑い声を上げた。誰もいないとは言え、静かな場所だ。少女が目を覚ましてしまえばもしかすると声も聞こえてしまうかも知れない。『レイフォード』は静かに男へ非難の眼差しを向けた。

「へえ、言ったの? お姫様が? レイは魔法使いなんでしょ~って? ははは、そんなに睨んでもオレは何もしてないよ。だって誰かさんのせいで外で仕事してたんだしさあ」

「きっかけがあるはずだ。あの方を惑わせたような何かが」

「根暗だなあお前は」

 そのきっかけごと葬り去らないと気が済まないとはね。

 笑う男の目は怒りで燃えている。その男の向かいに立つ『レイフォード』の目は暗く沈んでいる。どちらも深く、闇に紛れてしまっても分からないくらいに。

「悲しい終わりは嫌だ、寂しいだけの恋は嫌だ。だからどうにか対策をしたいのだと」

「言ってたんだ? あはは、面白いなあお姫様。もうしてるっていうのにねギルフォード」

「……口を慎めレイフォード」

 瓜二つの容姿を持つ二人の男。彼等の名前はギルフォードとレイフォード。

 どちらかが兄で、どちらかが弟。どちらかがギルフォードで、どちらかがレイフォード。好きな物も嫌いな物も同じ。幼い頃からずっと彼らはどちらかがギルフォードでどちらかがレイフォードだった。レイフォードと呼ばれていない方がギルフォード。ギルフォードと呼ばれていない方がレイフォード。どちらがどちらの名前を語っても、何の問題もなかった。だから彼らはずっと続けている。

 リリアンヌがいうように、確かにレイフォードは魔法使いだ。魔法使いのレイフォード。けれどそれはギルフォードも同じ。リリアンヌの従者の名前はレイフォード。けれどそこにギルフォードの名前だけがなかった。そこだけが、唯一同じではなかった。そこだけが、唯一いけなかったのだ。

「オレは何もしてないけど、この間この近くを王子様がうろついててね。適当に誤魔化したんだけどそれかな」

 だから彼らは入れ替わる。彼らの中で唯一絶対である彼女に呼ばれるために。彼女の傍に居続けるために。時にギルフォードが従者・レイフォードとして傍にいて。時にレイフォードが魔法使い・レイフォードとして彼女から離れる。互いに互いが羨ましくて、妬ましい。彼女の知らない『ギルフォード』はいつの間にか放り捨てられて。互いがいつの間にか『レイフォード』で在ろうとする。彼女に近いレイフォードに。

「面倒な……。王子というと、勇者か」

「そうそう。お姫様が言った通り、魔王を倒すべく立ち上がった勇者の王子様」

「パーティーは聖女に騎士に魔法使い。目指すは魔王城……などとほざくつもりか」

「あー面白すぎだよね、もう全員帰したよ。今頃は魔王を倒した幻想でも見てるんじゃない?」

 そうして、レイフォードたちの目が楽しげに歪んだ。

 彼らが望むのは、彼らと、ただ唯一絶対である彼女の幸せ。それを脅かそうとするものは何であれ、誰であれ、排除するのみ。この屋敷には彼ら三人だけでいい。王子も聖女も魔王も騎士も魔法使いもあれもそれも何もかも、この領域に立ち入ることは許さない。

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