転生したらカエルだったけど王様だった
営業成績、万年最下位。容姿、下の下の中くらい。年収、四〇〇万円未満。性格、内気。彼女無し。
毎日上司には嫌みを言われ、女性社員からの人気は0。同僚との付き合いも無し。退社する時はいつも肩身が狭い。唯一の楽しみはスマートフォンのアプリゲーム。
就職活動が上手く行かなくて拾ってもらったのが今のIT関連会社だった。商材は業務改善アプリ。しかし口下手な俺は、どう活用すれば業務が改善できるのか、上手に説明できない。新規開拓先の成績トップは、俺と大して容姿も変わらないのに口先が上手で、容姿にも気を遣う意識高い系の同僚。
人当たりは良いのに裏では、どうすれば取引先が開拓できるのかを熱弁しながら、でもそれは結局君には無理だろうと俺のことも平気で馬鹿にしてくる嫌なやつ。
生きるために働くなんて、なんてアホらしい世界だろう。資本主義なんて死ねばいい。誰か俺のこと、殺してくれないかな、そんな他力本願な俺が、人生、上手く行く訳ない。
でもある日、その夢が叶ってしまった。
神田で起きた通り魔事件。暴走した車が駅前の人をはね、商店街に突っ込んだ。車から男が出て、「世の中なんてくそ食らえ!」と言いながら、刃物を振り回す。俺は会社からの帰り道、偶然その車にはねられた。体中が痛くて、口から血と胃の粘液を吐いた。通り魔の言うことに、「そうだよなぁ」なんて思いながら、俺はそのまま意識が遠のいていった。
俺の人生、こんなもんか――。
*
次に目が醒めた時、俺は薄暗くて冷たい水の中に居た。
……あれ、俺、死んでない?
でも体が変な感じだ。腕と脚を動かすと、腕よりも脚の方が長い感じがして、曲がった関節が勢いよく伸びる。指の本数は何だか少ない気がするし、思うように動かない。体をバタバタ動かしたら、驚くほどスイスイ液体の中を泳げる。液体の中に居るのに呼吸が出来る。思いつく生き物を考えてみる。
これって、もしかして……カエル?
俺、カエルになったのか。死ぬ前に変な夢でも見ているのかもしれない。
しばらく、静かで薄暗い水の中をしばらく当てもなく泳いでみた。人間の時より自由に動き回れて気持ちが良い。嫌な上司や同僚も居ない。ひとりぼっちには慣れてる。案外、こんな生活も案外悪くないかもしれない。
しかし、突然、鈍い衝撃音と共に、大きな塊が上から落ちてきた。水がクッションの役割になって、下に向かってゆっくりと落ちてくる。俺はその塊が気になって、近づいて掴んでみた。思ったより軽い。誰かが落としたのだろうか。
その塊を持ち上げてうっすらと光が差す水面まで持って行くことにした。ここがどんな世界なのか、少し興味があったからだ。
水面に出ると、その塊は金色で光り輝いていることが分かった。そして、ここは森の中で、俺は池の中を泳いでいたことが分かった。ふと池辺を見ると、少女が悲しそうに泣いている。
「……君が落としたの、これ?」
俺の声に反応した少女が顔を上げると、びっくりするくらい美人だった。金色の髪を腰まで伸ばし、くっきりとした二重にピンク色の唇。服装はどこかの王族のような衣装をまとっている。うわ、めっちゃ可愛い。
「……あっ、……カエル?それに、その鞠……私の!拾ってくれてありがとう」
鞠なんていつの時代の話だ。俺はいつの時代に転生したんだよ。しかも俺、やっぱりカエルだったのか。
しゃべれるカエルに出会ったことに驚いて目を丸くした少女だったが、それ以上に鞠になみなみならぬ執着があるらしく、少女が手を伸ばしてその塊を返して欲しいと言わんばかりの表情をして俺を見つめた。でも、その少女の表情をもう少し眺めていたくて、鞠を持ったままその少女の顔を見つめかえした。
「……な、何ですか、カエルさん。その鞠、返して欲しいの」
人間だったら出来ないお願いも、カエルだったら出来るかもしれない。そんな思いがふと頭をかすめた。
「この鞠を返して欲しければ、僕を君の家に連れて行って、一緒に過ごしてくれないか?」
俺の言葉を聞くなり、少女の顔には困惑の色が広がり、唇を固く結んだ。そして、数秒間、そのまま動かずに、何かを思案したように目を何度か動かした。
「分かった。いいわ。だから、その鞠を返してくれる?」
よし、やった。カエル万歳。人間だったら絶対俺は気味悪がられて接近禁止令を食らうだろう。カエルだからこそ出来る技だ。
俺は素直にその少女に鞠を返してやった。しかし、その少女は鞠を受け取るなり、くるりと踵を翻し、あっという間に走って逃げてしまった。
「おっ、おい!約束が違うぞ!」
俺は池辺まで泳いでいき、少女を追いかけようとしたが、人間の方が遙かに足が速く、あっという間に少女の姿を見失ってしまった。
何だよ、結局俺はカエルになっても女性に嫌われるのか。ふてくされた気持ちになって池に戻った。でも、何だか悔しい。カエルになったんだから、もっと人間だった俺に出来ないことも、出来るんじゃないのか?
俺は、少女に約束を守ってもらうために、家を探すことにした。そしてそれは、案外簡単に見つかった。整備された森を出ると、目の前に大きな宮殿が現れたからだ。あの少女の服装を考えれば、きっとこの宮殿に住んでいるに違いない。俺は宮殿のカエルになって死ぬまで捕食されることがなく、自由に泳ぎ回ってやる、そう思った。
体は驚くほど軽く、城の壁の僅かな隙間をくぐり抜け、中に入った。広大な庭には池もある。この池で過ごせたらどんなに幸せだろう。誰にも嫌みも言われずに、自由に思い描いたように動ける。俺、どうせ人間の時も容姿は下の下の中だったし、カエルで良かったかもしれない。
庭には警備の人間が何人か居たが、俺がぴょんぴょんと跳ねても気に留める様子はない。城のカエルだと思ったのだろう。そして俺は宮殿まで近づき、中に入って城の探索を始めた。以外にも人気はない。森の中から小さな体で飛び跳ねてきたので、そろそろ疲れてきた。食事がしたい、そんな風に思っていると、運が良いことに、良い匂いが鼻をかすめた。
この近くで誰かが食事しているのかもしれない。近くまで飛び跳ねていくと、大きな扉が現れ、一人の男が立っていた。そして、その男と目が合った。
「カエルが何でこんなところに紛れ込んでるんだ?」
男が俺を掴もうとしたので、俺は慌てて、
「僕は、森に住むカエルです。こちらに住んでいる方の金の鞠を拾って差し上げ、そして一緒に過ごすことを約束したのですが、その方が僕との約束を守ってくれずに逃げてしまったので、どうしてもその方に約束を守っていただきたいのです。僕はおなかが空いています。ご飯を恵んでください」
俺、口下手なはずなのに何だか言葉がスラスラ出てくるぞ。
男は少し考えた後、「待て」と言いながら、扉を静かに開けた。そして、しばらくすると、「中へ入れ」と促され、俺は扉の中に通された。
扉の中は圧巻の光景だった。ドーム型に広がる天井には、様々な絵が施されている。明かりは暖色で、部屋の中央には大きな茶色の長テーブルが置かれており、そのテーブルを取り囲むように、いかにも高貴な身分そうな人々が食事を取っていた。明らかに場違いな俺だが、カエルだからと半ば開き直っていた。
一番奥に座っている王冠を被った老人が、俺に向かって、
「君は金色の鞠を拾ったと、言ってくれたね」
と穏やかな声で言った。俺が「はい」と言うと、窘めるように斜め前に座る少女を見据えた。
少女は間違いなくあの時の少女だったが、どうやらただの少女ではなく、王女だった。その表情はいかにも俺が来たことが迷惑そうに、眉間に皺が寄っていた。
「約束は守らなければならないよ。一緒に過ごすと約束したのだから、きちんとカエルの面倒を見なさい。カエルといえども生き物なのだから」
王様がそう言うと、少女はしぶしぶ
「……はい」
と言うのだった。そして俺は王女の横の椅子に座らされ、王女の食事を少し分け与えてもらった。これがめちゃくちゃ上手い。王族が食べる食事ってこんなに上手いのか?
のんきな俺を横目に、王女の目は嫌悪に満ちていた。カエルなんて、とさげすむような眼差し。ああ、女ってほんと嫌な生き物だ。
その夜、俺は王女と同じ部屋に案内された。王女は俺と会話もしたくないという風にすぐに横になったが、俺はその態度が何となく気に入らなくて枕の横に立ってやった。
「きゃああああ!」
俺の気配を感じ取ったのか、すぐに王女は体を起こし、俺と距離を取った。
「な、何するのよ!」
「俺と一緒に過ごすって約束、したじゃないか」
「……そ、そうだけど、あなたカエルじゃない!カエルと一緒に過ごせる訳がないわ!」
王女は明らかに俺を気味悪がっている様子だった。この眼差し、人間の時にも感じたことがある。いつの時代も女はイケメンが好きなのか。ま、カエルの容姿も決して良いとは言えないしな。
「約束は守らなきゃならないって、王様に言われたんだろう?じゃあ、約束を守ってくれ」
そう言うと俺はどうどうと枕の横に仰向けになった。ふざけて手足をバタバタ伸ばしてみると、王女はとうとう我慢がならなくなったのか、小さな悲鳴を上げて俺を掴み、そして思い切り壁に向かってたたきつけた。
「このアホガエル!立場をわきまえなさい!」
いてえ……またこんな思いしなきゃならないのか、王女は肩をふるわせて息をしていた。
しかし、たたきつけられた俺の体には突然、異変が起こった。
見ていた視界が急激に小さくなり、視野も広がった。両手足は段々と大きく、そして肌色になり、髪の毛が生えてくる感覚がした。下を見ると、俺は王様っぽい豪華な衣装をまとっていて、気がつくと人間になっていた。
何だよこれ、どんな展開だよ。
何より驚いていたのは王女だった。
「え、ええええ!?」
投げつけたカエルが王様になった事実が受け入れられない様子で、慌てて部屋から出て行った。
俺はその間、自分の体に何が起こったのか分からず、呆然としていたが、ふと王女の部屋にあった鏡に姿を写してみると、カエルではなく、イケメンの王様になっていた。頭の上には立派な王冠まである。
いやいやいや、本当にどんな展開だよ。
数分も経たないうちに、王女の父である王様がやってきて、俺の姿を見て目を輝かせ、熱い抱擁と共に両手を強く握られた。
「ああ、良かった。ご無事だったのですね。何者かの魔法でカエルにさせられていたのですね」
「……は、はあ……」
状況が上手く掴めないが、俺は助かった、のか。
「君は隣国の王様で、この娘と結婚する予定だったのですが、突然姿を消して、隣国の者も皆心配していたのです。ああ、良かった。本当に良かった」
王女は申し訳なさそうに頭を下げ、そして頬を少し赤らめながら微笑んできた。
「あの、ごめんなさい。それから、その、これからよろしくお願いします」
えええええ、何だよこの神展開!俺イケメンになった上に、この美人と結婚できるのかよ!
俺が王様ということは嘘ではなかった。次の日、隣国の使いが俺と王女を迎えに来たからだ。そして俺と王女は、皆から祝福されて結婚した。子どもも設けて、死ぬまで幸せに暮らすことができたのだった。
カエルに転生して良かったわ、マジで。
……って、この話、どっかで聞いたことないか!?
まあ、良いか。
めでたし、めでたし