無形の剣【模擬戦闘 本番 2 】
夜、濡れた体で窓を開ける。
その窓枠の中から覗く月。
昔は月が1つだったようだが、今は鏡写しのようにもう一つ月が存在する。
青白い月の闇の部分を曝け出すかのように赤黒く、そして明るさを感じない不気味なもう一つの月。
そんな月を今いる風呂の湯気が窓から逃げ、雲のように隠す。
私はその様子を湯船に浸かりながら見る。
(月…か…)
「ふぅ…」
(今日は久しぶりに体を動かした気がするなぁ…)
レイナルドが病院に運ばれた事により、病室の前にいた私とレオンは試合には出れず無条件で敗北となった。
(っ…)
腕が痛み、今日の試合で火傷していた事を思い出す。
その痛みが不愉快でお湯に触れた腕を湯船から出す。
(『災厄』か…)
過去の出来事を思い出し、少し胸がちくりと痛む。
「…。」
(私は、貴方達に少しずつでも近づけているだろうか…父さん。母さん。)
少し考えたが、すぐに考えるのをやめてバシャバシャと顔を流し湯船を出る。
「ふぁー!さっぱりしたー!」
濡れた髪をガシガシと拭きながら備え付けの冷蔵庫を開けるが、中は何も入っていない。
(そうか。前住んでたとこと違うからコーヒーのストック無いのか…)
悩んだが、コーヒー依存症である私は我慢できず、自動販売機まで買いに行く事にした。
寝間着のスウェット生地の服上下を着てコートを羽織り外へ出る。
外は寒く、風呂上がりの火照った体から熱を奪っていく。
(自販機自販機〜…と。)
幸い、自販機は近くにある。
近くと言ってもこの学校の広さで例えるなら近いという事だ。
(さむー…あん?誰かいる?)
音がした。
人の走るような音。
(んー…?)
自販機の近くの中庭を走っている。
ここの生徒は門限はなく、夜でも外に出ていてもおかしくない。
目を凝らすとその正体がわかった。
(ん!…くくくっ)
私はその走っている人物を確認し、笑いを我慢して急いでジュースを買い、物陰に隠れた。
「はぁ…!はぁ…!」
と、呼吸をしているその人が私の前を過ぎようとした時
「どーんっ!!!」
「うおおっ!」
「反応うっす…あかんあかん…あんた芸人にはなれへんで。」
私はその人物にダメ出しをする
「いや、なりたくねぇし…それに十分にリアクションとれてただろ…」
「ダメダメや。びっくりしてコケてしまうくらいのリアクションとれよー。」
「うるせぇ。」
「そんな少年A君にお姉さんからのプレゼントだー」
私は買っていたコーヒーを一つ彼に投げた
「っと、危ねぇだろ。」
「ナイスキャッチ、レオ。」
レオンはそのコーヒーを片手で受け取りため息を吐いた
「まったく…」
「まあ、隣座りたまえよ。」
「…おう。」
私達は寒空の下、2人でコーヒーを飲みながら夜の学校を見ていた。
「なぁ、ソフィア。」
「んー?どしたー」
「…昼間の事なんだけどさ…」
「おー。」
「……。」
(黙っちゃたよ…仕方ない、私から話振るか。)
「レオ、お前、誰かを救う側になりてーんだろ?」
「!…レイナルドか、また勝手に話しやがって…」
「そう怒るな。いい奴じゃないか。」
はぁ、と溜め息をつくレオンを横目に見て私は話を続ける。
「今日、私に対して怒鳴ったのは、自分に注目を集める為だろ。」
「…。」
レオンはまた黙る。
「自分の味方する奴がどんな目に合うか知ってるからなんだよな。『災厄の魔術師の末裔』その肩書きが自分に付いて回る以上、他の人に危害が加わらないように人を突き放すんだろ。」
それがレオンの悲しい顔の正体。
「そして私の言葉はお前の優しさを否定してしまうものだった。」
これがレオンの怒りの正体。
「…。」
「お前の気持ちを考えずに、言ってしまったことを、謝りたかった、ごめん。」
私はレオンに謝る
「!…な、なにお前が謝って」
「だけど、私は間違った事は言っていない。」
レオンの言葉を遮り言い放つ。
「え?」
レオンは戸惑っているが関係なしに私は続ける
「私はお前の事をまだ全然知らねー。でもお前行動はただの自己犠牲だってわかる。傷つけたくないから突き放して本当は嫌われたくないのに嫌われるような行動をする。そんなのお前の自己満足じゃねーか。」
「っ…そうかもしれねぇけど、ほとんどの人が俺の名前を聞いただけで俺を恐れる。怯えられるのも陰口言われるのも知っている、だったらもっと嫌ってもらって、怖がられた方が馬鹿みたいに喧嘩売ってくる奴はいなくなるし、俺に関わらなければ誰かを傷つける事もねぇ!」
「それが自己犠牲なんだよバカ。そんなのしても誰かを守ってる事にはならねーぞ。…お前の肩書きはそんなに重いのか?そんな看板捨てろよ。」
「俺だって好きで背負ってんじゃあねぇんだよ!」
レオンは力強く反論する。
私はそれに対して冷静に続ける。
「だったらそう周りに言えばいいだろ、何故言わない。レオ、お前は何を怖がってんだ。バカじゃねーの。」
「そんな簡単じゃねぇんだよ…!」
「何故そう言い切れる、行動してもいないくせに。」
「っ…!」
レオンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「…レオ、お前は1人じゃねーだろ、レイだっているんだ。1人で抱えなくていいんだぞ。1人で無理なら2人で。2人で無理なら3人で。そうやって他人を頼ってもいいんだぞ。」
「…頼れるわけ、ねぇだろ…。」
「…レオ、本当に誰かを救いたいなら。自己犠牲はやめろ。そんな事で救われても誰も嬉しくねーよ。むしろ悲しむ奴が居るって事忘れるな。」
「だったら、俺の看板、お前が背負って生きてみろよ」
「無理。それは私のじゃねーからな。」
私は即答で拒否をする。
「お前も口ばっかじゃねぇか…偉そうに説教すんじゃねーよ!」
レオンは声を張り上げて私に言った
(私は、お前の理想、嫌いじゃなねーんだ。すげー事だと思う。)
「確かに私はお前の背負う物を代わり背負う事はできねーよ。でもお前のその看板下ろすのに人手が足りねーなら、私も一緒に手伝ってやる。」
私は立ち上がりレオンの前に立つ
(だから、私はお前を救いたい。)
「私と友達になろうレオ!お前が救われて初めて、他の人を救えるんだ!」
私はレオに手を差し出した。
「っ!…」
レオンは悩んでいる。傷つくのも傷けるのも怖くて人を避け続けた自分を怒って、共に支えてくれる人がいるのかと。
そんな自分弱さをひっくるめて手を差し伸べてくれる人が居るのなら…
おそるおそる私の手を握り立ち上がるレオン
「…よろしく頼む…ソフィア。」
私はそれに満面の笑みを浮かべ答える
「私からの誘いだぞ?断ったら死刑に決まってるだろ。よろしくな、レオ!」
私達は寒空の下、手を握り、友達と呼べる仲になった。