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『悪魔が来りて』 4 ロリコンはーくんとチチデカゆーちゃん

 ユリカの目の前で腕組みをしたまま、ハルマは「うーん」と唸っていた。


「裏切り者……ねぇ」


「なんかこわいよね、このクエスト」


 ここはアストラルダの持つ荘園邸宅カントリーハウスの庭園の一角だ。


 夕飯を済ませた後、屋敷の外でたまたま二人きりになった少年と少女。

 星空の下で交わす会話であったが、そこに艶めいた雰囲気は皆無だった。


 それもしょうがない。今は腹ごなしの散歩の途中だ。

 貴族様のご馳走を平らげたせいで、二人の腹はパンパンに膨れている。

 そんなものを撫でながらの会話に、色っぽさが含まれないのも当然の事だった。


「タイミングがな。確かにちょっとこえーな」


「タイミング? なんの?」


 ユリカは思わず聞き返してしまった。

 目の前の少年は、どうやら自分とはまったく別の事柄に恐怖を抱いているらしかったからだ。


「記述が浮かんできたタイミングだよ。リョーマとか、他の皆が遠方のクエストやら何やらに出かけちまったのを狙ったんじゃねぇのかってくらいのタイミングで、この『悪魔が来りて』ってクエストが現れた」


「えっと、それがなに?」


 ユリカにはまだ、ハルマが何を言いたいのかが掴めない。


「このクエスト、もしかして参加する人間を選んでるんじゃないか?」


「どーゆーこと、かな?」


「だからさ、他の皆が出払っちまって、俺とユリカ、それにジンさんとアイジュとユウスケしかここには残ってないわけだ。当然クエスト参加者はここから選ばれる」


「――もしかして!」


 ここにきて、ようやくユリカも気付いた。


「この五人の中から裏切り者がでる。本はそんな風に警告してきてんじゃねぇかな……とか考えたらさ、ちょっとぞっとする」


「それは! ……考えすぎ、でしょ」


 そんなことはない。あってはならない、とユリカは思った。

 しかし自分達を導く『本』は、その不思議な力で未来を見通すことがあるのだ。


 もちろんそれは絶対ではない。ピタリと未来を予言する記述など、そう多くはなかった。

 記述されていた内容と実際のクエストでの行動の齟齬なんてものは、細かいものを挙げればきりがないほどだ。


「変な考えだって、そりゃ俺も思う。ゲームやマンガ、物語のように、立ったフラグが確実に回収されていくわけじゃない。けど、それでも――」


 こちらを射抜くようなハルマの視線とぶつかった。


「――裏切り者は俺達の中にいる。甘い考えは捨てた方がいい」


 その言葉は短いながらも、ユリカの顔を蒼白とさせるに充分だった。

 言った本人であるハルマも、苦しそうな顔でユリカを見つめている。


「そんな……やだよ! そんなことあるわけない!」


「ぶはっ! ダメだ!」


 突然ハルマが吹き出した。

 そして腹を抱えるようにして笑い出す。


「えっ! なになに!? なんなのよー!」


「お前、マジになり過ぎ! なんだよ、その超絶望的表情!」


「な、アンタが言ったんでしょうーが!」


 ユリカは抗議の声を上げた。それでもハルマの爆笑は止まらない。

 ようやくハルマの笑いが収まったのは、笑いすぎて彼の腹筋が攣ってしまった時だった。




 ユリカはふくれっ面のまま、足下で悶絶するハルマを見つめていた。

 彼は腹筋の痙攣からようやく立ち直ると、再び自分の考察を語り始めた。


「えっと、一応な、用心しておくって意味でだぞ。俺達の中に裏切り者がいると仮定する」


 いまだご立腹のユリカは、無言のままジト目でハルマを見つめる。


「最悪は三人の裏切り者がいる。

 クエスト参加者は三人ってなってるから、これだとどんな組み合わせでも、最低一人は裏切り者がクエスト参加者に含まれるわけだ。

 ただこれだと『裏切り者は常に半数を超えない』ってのと矛盾するケースが含まれちまう」


 ハルマは一旦言葉を切った。

 なんだかユリカの表情を伺うような顔をしている。


「この『本』はさ、このクエストに参加する奴が俺とユリカとジンさんになることを予見してんじゃねーかな」


 続けて、とユリカは視線で促す。


「レベルが低い年少組の二人は、これまで原則的にクエスト攻略には参加させてこなかった。

 当然今回だって、俺らは二人をものの数に含めてはいない。

 本がそういう俺らの思考を読んでだなぁ。

 ……ああ……えっと誤解のないように先に言っとくと、裏切り者は三人の中の誰かに――」


「ちょっと、それじゃあなに? アタシかジンさんのどっちかが裏切り者だっていうわけ!」


 流石に我慢ならず、ユリカはハルマが言い終わる前に詰め寄る。

 一般女性と比べれば多分にセックスアピール過大な胸が、ハルマの胸板に接触してふにゅんと形を変えた。


「おい、ちょっと待て! 誤解のないようにって前置きしただろーが!

 まだ話の途中だっつーの! あと胸が当たってんぞ。少しは乙女の恥じらいを持て!」


「ロリコン変態バカに対する恥じらいなんて、ユリカちゃんは持ってません!

 いいから説明しなさいよ、アタシやジンさんを疑ってんの!」


「ちっげーよ! きっと『うらぎりこぞう』が出るんだろーなって予想してるだけだっつの!」


 そう叫ぶハルマに、ユリカは肩を押されて跳ね除けられる。

 胸をふるふると揺らしながら二、三歩あとずさったところでユリカは言う。


「裏切り? 小僧? ……なにそれ?」


 なにいってんだコイツ? という顔をしながら、ハルマに向けてそう言葉を返す。


「うらぎりこぞう、な。知らないのかよ?

 ドラクエⅣの第五章さぁ、馬車を……いやこれ以上は言えないな」


「知るわけないじゃん。ドラクエってゲームのことでしょ?

 アタシ、ゲームとかあんまりしたことないし」


 いやいや一般常識ですよ、とでも言うかのようにハルマは肩を竦める。

 そして彼は「では説明しよう」と再び口を開いた。


「うらぎりこぞう、ってのは早い話が変身能力を持った敵キャラだ。

 奴らは卑劣なことに、自分が信頼する人間の姿に化けるんだよ。んでもって攻撃してくる。

 信頼すべき仲間に傷つけられた者は、やがて疑心暗鬼に囚われ……。

 んー、後はネタバレになるから教えられないな。

 日本に戻ったらすぐにドラクエⅣをやりたまえ、本体ごとオリジナル版を貸してやろう」


「いや、貸してくれなくていいです」と言いながら、ユリカは考える。

 変身能力を持った敵キャラ。その一言で、ハルマが言ったことはだいたい理解できた。


 つまり『裏切り者』という記述は、敵が姿を変えて自分達を惑わしてくるぞ、という示唆をしていると目の前のハルマは言っているわけだ。


「ハルマの言いたいことは分かった。えっと、アンタお得意のゲーム的考えでいうと……そうか、それなら矛盾はしなさそう」


「あくまで仮説だけどな。ゲーム的に考えたらさ、クエスト参加人数でフラグが立って、

 ……んでもってその人数に合わせた『敵キャラ=裏切り者』の人数が決まるって感じになるんじゃねぇかな」


「……うわー、その説明で分かっちゃう自分がやだ。少しずつハルマに毒されてる気がする」


 なんだよ、別にいいじゃねぇかよ。お陰でよく眠れんだろ。

 ハルマはそんな風にぶーたれながら、屋敷の方へと歩き去っていった。




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