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『悪魔が来りて』 3 説明、説明、また説明……

※9月24日 追記編集

「テーブルの上が狭くなるから、話し合いはユリカちゃんの本だけで進めよう」


 ジンはそう言って、アイジュとユウスケの本をしまわせた。

 ジンは、自分の本は元から出していないようだった。

 大切な本の上に紅茶をこぼしたりするのは不味いと、ジンは考えたのだろう――ユリカはそんな風に推測する。

 

 ユリカはちらりとアイジュの方に目をやった。

 少し縮こまったように猫背になってうつむいている。身体も少し震えているようだ。

 きっと先程の失敗と、今のジンのセリフを関連付けて、勝手に恐縮しているのだろう。


 もちろんジンの声には、アイジュを非難するような響きは全くなかった。

 それでもこの少女は最近、病的なまでに責任を強く感じる癖があるのだ。


 あまり良くない傾向だとユリカは思う。

 だからあえて、明るい声でまとはずれなことを言ってみる。

 

「怖いクエストタイトルだもんね、アイジュちゃんが緊張するのも分かるよー」


 その声にアイジュは一瞬身体をすくませる。

 しかしすぐに気弱な微笑みを顔に浮かべて、エヘヘと笑った。


 そんな一悶着が終わって、ユリカ達は本の記述と再度向き合うこととなった。


『悪魔が来りて:ジョモ・ナーゼラム寺院――推奨レベル25以上

 東西を結ぶ血の管、新しき血が流れるその始まり……。

 様々な顔を持つ人々が行き交う道の外れに、あなたはれ寺を見つける。

 そこに足を踏み入れるのであれば、よく知る者とくつわを並べて行くことだ。

 ただし二人きりは良くない。三人がいい。裏切り者は常に半数を超えないのだから』


「横溝正史の小説のタイトルみたいだね。おどろおどろしい雰囲気を連想しちゃうのも無理はないさ。ただ、いつまでも尻込みしているわけにはいかない」


「前に一度、放置してる内にクエストが消えちゃったことあるもんね」


 ジンの言葉に、ユリカはそう応じた。


「びびんなって、桃園ももぞの。オレ達はお留守番なんだからさ」


 そう言って、ユウスケがアイジュの肩をポンと叩く。

 叩かれた方のアイジュは、その言葉にどう返していいのか分からないようだった。


 ただユウスケの言葉通り、自分が“お留守番”としてこの屋敷に残らなくてはならないことに、どこかホッとしているような、もしくは力不足を嘆くような、そんな微妙な表情を浮かべていた。

 そんなアイジュの戸惑いを感じて、ユリカはフォローのセリフを述べる。


「大丈夫だよ、アイジュちゃん。心配しなくても今回はお姉ちゃん達がサクッと攻略してくるからね。アイジュちゃんの活躍は次の機会にとっておいてよ!」


「そう……ですね。私、皆さんを待ってる間に鍛錬に励みます」


「うん。前にも打ち合わせしたように、このクエストには僕と、ユリカちゃんと、ハルマ君で行くことにするよ。

 判断基準については、この三人が推奨レベルを超えていること。

 それと、以前にもこの三人体制で別のクエストをこなした経験があることの二点だね」


 リーダー的存在のジンが、クエスト遂行の人員についてそう説明した。

 ジンは必ず判断基準についての考えを明らかにする。

 相手が七つも年下の存在であろうが関係なくだ。


 根拠となる考えを明示して納得してもらう、というプロセスを彼は欠かすことがない。

 ユリカが知る神座かむくらジンという青年は、そういう男だった。


『悪魔が来りて:ジョモ・ナーゼラム寺院――推奨レベル25以上』


 ユリカは、開かれたページの記述を指でなぞりながら言う。


「えっと、アタシがレベル27で、ジンさんは31……ハルマが33だから、適正値は超えてるよね」


「あくまで参考値としては、だけどね。記述を読む限り、このクエストに求められるものは単純な力だけじゃなさそうだ」




 レベル――それはこの“ゲーム”のような世界において、その存在が持つ実力を示す一つの指標である。

 ただし、それは大まかなものであり、決して絶対的な基準にはなり得ない――というのが、ユリカ達が導き出した結論だった。


 というのも、この世界のレベルという概念は、コンピュータゲームの中に多く見られるような“仕様”をしてはいなかったからだ。


 この世界でのレベルアップは、“経験値”などという不可思議な存在が一定数蓄積することによって、急に身体が強化されることを示さない。

 この世界におけるレベルという数値は、あくまで鍛錬などを通して自分の実力が上がることによって変動するようだった。


 つまり「レベルが上がったから強くなる」のではなく、「強くなったからレベルという数値が上がっていく」のである。場合によっては、数値が下方修正されることすらある。

 それはユリカ達がこの世界で二年を過ごす内に気付いたことだ。


 しかもこのレベルという数値は、どうやらその者が持つ外部への“分かり易い”“影響力”の大小を表すだけのものであるらしかった。

 外部への“影響力”とはどういうことか。一例として「破壊力」を挙げてみることにする。

 身体的でも魔術的でもどちらでも良い。小さな岩を壊すことしか出来ないのであれば、その人間の持つ「破壊力」のレベルは小さい。

 逆に、大きな岩を壊せるほどの実力を持っていれば、その人間が持つ「破壊力」のレベルは大きいと言える。


 そういった外部へのまことに“分かり易い”“影響力”の総合値が、レベルの大小を決めているらしいのだ。そこには個々の人間が持つ社交性やカリスマなどといった内的な力は含まれていない。

 ゆえに、ジンのような思慮深い性格の人間は、レベルという数値を過信することはしていなかった。




『東西を結ぶ血の管、新しき血が流れるその始まり……。

 様々な顔を持つ人々が行き交う道の外れに、あなたはれ寺を見つける』


「えっと、この部分のことだけど……。アストラルダさん、これってやっぱり」


 クエスト本文、その始まりの二行を見ながら、ジンはアストラルダに助言を求めた。


「……まず『血』というのは、そこを『行き交う人々』と同様の意味だと思う。『東西を結ぶ血の管』は、大陸を横断する道のこと。……それは二本ある。

 歴史的に『新しい』道は《ガイウス帝の凱旋路》と呼ばれている。……おそらくこちらで間違いない」


 アストラルダはそう言って頷く。

 そして彼女が信頼する私兵からの報告書を、ユリカ達に示して見せた。


「……ガイウス帝の凱旋路は、現在の東西陸上交易の要になっている。

 ……その東側の始まりがエルドーラ。そこの周辺調査をさせていた先遣隊から報告があった。

 ……街から見ると北西の方角。『道の外れに古い寺院跡』がある」


「すっごいよー! アストラルダさん! やっぱ大当たりじゃん!」


 二週間ほど前、このクエストに関する記述が初めて本に浮かび上がった時のことだ。

この時すでにアストラルダは、その目的地が《商業都市国家エルドーラ》であるだろう、とユリカ達の前で語っていた。

 そのため彼女は少数の私兵をその街に送り、周辺を調査させていたのだった。


「……ついさっき、早馬に乗った連絡員が来た。

 これだけ条件が揃っていれば、明示はされていなくともここしかない。確信。

 ……無明の中で灯台の足下に触れる、とはまさしくこの事。もはや間違えようもない」


「ほんとにすごいぜー、アストラルダさん。最初っから分かってたもんなー」

 

「……交易路の始まりは二つ。東側の起点か西側の起点かの二択だった。だから一応西側、ガリア方面にも調査隊を送っている。

 ……けれど『様々な顔を持つ人々が行き交う』のだから、記述が指し示す場所はエルドーラに間違いないと思っていた。

 ……ガリア帝国では“亜人”を見ることはまれ」


「そーいうことか、ふむふむ」


 ユウスケがこくこくと頷く。ただし本当に理解しているのかは怪しい。


「……“亜人”の商隊は、大陸の中央に位置する都市であるスルティノポリで引き返すのが通例。

 だから大陸の西端である帝都ガリアで『様々な顔を持つ人々』を見かけることはない……それは少し悲しい」


 この大陸においてもっとも数が多く、そして支配的な地位を築いていたのは“純粋なる人間種”だ。

 そしてそこから外れた「人間」の「亜種」である“亜人”への態度には、大陸の東西で明確な温度差が生まれている。

 寛容的である東側と、排他的である西側といった形だ。

 これはすでにユリカ達の中でも常識となっている。


「えっと、なんて言えばいいのかな……」


 無表情な中に若干の陰りを見せるアストラルダ。

 そんな彼女に対し、ユリカはなんと言葉を掛ければ良いのか分からない。


 何故かといえば、ユリカ達の外見がこの世界でいうところの“純粋なる人間”と非常に似通っていたからであり、またアストラルダの外見がそれとは異なっていたからだった。


 アストラルダは“亜人”に分類される種族の人間である。

 彼女らは成人しても“純粋なる人間種”の六割程度の身長しか持たない。

 そしてその容貌も幼いまま、死ぬまで老いることはない。“純粋なる人間”から見ると、そんな彼らに対し、完全なる仲間意識は持てないらしい。


 もし彼女の生まれが遥か西方の地であったのなら、彼女は貴族という身分とは程遠い人生を歩んでいたかもしれない。


「……問題ない。今はそんな発言をする場ではなかった。……エルドーラが目的とする場所であることを示す分かり易いヒントと考えれば……むしろそれは良いこと」


「よーし、じゃー話を進めよーぜ」


「ちょっと、常磐くん……」


「……ユウスケの言うとおり。ジン、続けて」


「かしこまりました。じゃあ、次の記述だね」


 アストラルダに言われて、ジンはさっさと話を進める。

 彼はあえて何事もなかったかのように振る舞うようだ。

 その指は次なる記述の上をなぞっていた。


『そこに足を踏み入れるのであれば、よく知る者と轡を並べて行くことだ。

 ただし二人きりは良くない。三人がいい。裏切り者は常に半数を超えないのだから』


「これって、参加人数は三人推奨ってことでいいよね?」


「うん。物騒な但し書き付き、だけどね」


 ユリカは努めて明るい声を出した。

 出来ることなら嫌な内容の記述を無視したかった。


「……裏切り者」


 記述を見るユウスケの目が、一瞬ぞっとするような冷ややかさに満ちたのにユリカは気付いた。

 思わずジンに視線を向ける。

 リーダーであるジンも、ユウスケの“異常”には気付いているのだろう。

 しかし彼は、素知らぬ顔で次なる記述を指でなぞった。


『心を許してはいけない。彼らは何処にでも潜むものだ。

 それが、あなたのよく知る者の中ではないとは限らない――』


 これで現在浮かび上がっている記述の全てを網羅したことになる。

 ジンは皆の顔を順々に眺めた後で口を開いた。


「理由は分からないけど、なぜかこのクエストは裏切り者の登場を明示しているんだ。

 そして『裏切り者は常に半数を超えない』って書かれているのをそのままの意味で捉えると、裏切り者の数はクエスト参加人数の半分未満、もしくは半分以下になるわけだね。

 わざわざ三人推奨の記述があることを考えると、おそらくは後者だ。

 であれば、三人という状況が一番数的優位を作り易い」


 ジンからなされた長い説明に、ユウスケは何やら悩んだ顔をしている。

 ユリカが察するに、それは単純に説明された内容がいまいち理解できていない、という顔だ。


 先程の氷のような視線が、今のユウスケの眼からは完全に消えている。

 ユリカはほっと安心したように溜息を吐き、話を続けることにした。


「えっと、二対一なら誰が……えっと、誰が怪しい奴か分かり易いってのもあるんだよね」


「そうだね。犯人が複数人いるケースと、それが一人であるケースを比べたら、後者のほうが混乱は少なくて済む……と思う。少なくとも、犯人同士の共闘は避けられるからね」


 なるほどー、とユリカ達が頷く中で、アストラルダだけは違った反応を見せた。


「……ジンの言うことは理解できる。その対策に反論はない。

 ……けれど、なぜこのクエストが“裏切り者が出ることを前提にしている”のか。

 ……それを一番に考えるべき。……聖槍無くして魔竜は屠れん。それくらいに重要」


 アストラルダはそう警告する。


「そう……ですね。ただ、その理由を推し量るには記述が少ないというか……。

 そもそも裏切り者がなにを指すのかが分からないんですよ。

 まさか僕らの中に、すでにその……裏切り者……がいるというのは、ちょっと」


 彼女の警句に対し、ジンは少し困り顔だ。

 しかし、当のアストラルダは退くつもりがないらしい。

 その瞳の奥に強い光を宿したままジンの目を真っ向から見据えている。


「……えっと、ね。ハルマが出発する前にこんなこと言ってたよ」


 敏感に雰囲気を察し、ユリカはジンへの助け舟を出すことにした。

 それはハルマが『孤独なる旅路』へと出発する数日前に交わした、彼との会話だった。




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