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『悪魔が来りて』 1 健康優良巨乳美少女の憂鬱

本章は、本の記述から、どのようにしてクエストを攻略していくのかに焦点を当てています。

そのため話が冗長になってしまいますが、お付き合いいただけますと幸いです。はい。


※9月24日 編集追記

「信じてたのにっ!」


 そう叫ぶアタシの目の前にはハルマがいた。


「ユリカ、やめろって! お前は誤解してる」


 誤解? なにが? アタシ達を裏切ったじゃない。


「裏切りなんかじゃない。そんなんじゃ……ないんだ!」


 目の前のハルマは、苦しげな表情でそう言った。

 右腕から血を流し、残る左手に剣を構え、ハルマはアタシの前に対峙している。

 ここから先へは行かせない、とその瞳が言っていた。


「お願い、だから……やめ、て……くれ。ユリ……カ」


 失血のせいだろうか、それとも麻痺毒のせいだろうか?

 ハルマはろれつが回らなくなっているようだった。


「たの……む」


 ハルマの手から剣が落ちた。

 そして彼は跪く。アタシの前に無防備を晒し、頭を垂れて懇願する。

 その表情は、ここからでは見ることができなかった。


 そしてアタシは――




 ◇ ◇ ◇


 時は二週間ほど前にさかのぼる。


「見て見て、コレ! ほら!」


 霧島きりしまユリカは手に持った厚手の本を、叩きつけるようにしてテーブルの上に広げた。

 その場にいた全員の目が、その本に記された内容に集まる。


『――極大緋晶リルナ・ラ・ベルナ――

 孤独なる者に大いなる力を与える。

 それは邪なる者を退け滅する破邪の輝き。

        秘宝入手者:篠塚ハルマ』


 本。不思議な本。

 ユリカ達に探求すべき事柄クエストを示し、その場へと導く異世界の攻略本。

 

 二年前のある日、なんの脈絡もなく迷い込んでしまったユリカ達にとって、この異世界の攻略本は生き抜くための必須アイテムとなっていた。

 何故なら、本が導く先には様々な『ヒホウ』が眠っている。


 それらは莫大な力を秘め、ユリカ達の窮地を何度も救ってきた。

 そのため、これからも『ヒホウ』をできる限り多く集めていくことが、ユリカ達の目下の目標となっている。


 ――その本に、つい今しがた新たな記述が浮かんだ。


 その内容はといえば、ユリカの仲間の一人である篠塚しのづかハルマが、無事に『秘宝』を入手したというものだった。

 それをユリカはまっさきに発見し、他の仲間達へ示したのだ。


「おー! ハルマさんやるじゃーん!」

「篠塚さん、すごいです」

「そっか…………さすがハルマ君だね。これで安心して次のクエストの作戦が練れるよ」


 他の面々が口々にハルマを賞賛するのを聞き、ユリカは、さもそれが自分に向けられているかのように胸を張る。

 白いシャツの中に窮屈きゅうくつそうに納まった、年頃の女の子の胸がふるんと揺れた。


「……なぜユリカが得意げにしてる?」


 ユリカ達のお目付け役の一人である小柄な(というか年端のいかぬ少女のような面立ちの)女性、アストラルダ・アレウシウスが不思議そうに目を見開く。


 この世界(つまりはユリカ達にとっての異世界)出身の彼女にとって、そのセリフは皮肉から出たものではない。純粋なる疑問だ。


 この世界における言語・術式担当顧問としてユリカ達をサポートするアストラルダは、二年前に出会った当初からユリカ達のことをよく観察している。

 そして自分の常識の外にある事象に出会う度に、貪欲ともとれるぐらい必死に理解を深めようと頭を巡らすのだ。


 そんな彼女に対し、脳筋系女子のユリカは――


「決まってるじゃないですか。この場にいないアイツの代わりに、あたしが賞賛を受けておいてあげてるってわけですよ。えらいでしょ」


「……それはなぜ。なんのため」


 ――アストラルダの胸の中に、新たなる不可解な想いを刻んだ。


 アストラルダが抱える学術的好奇心の強さ、それを心で理解しておいてなお、脳筋系女子は軽やかに口を滑らせる。

 脊髄反射的に、思ったことをそのままのノリで口にしてしまうのだ。

 軽くフリーズしてしまったアストラルダを見て、ユリカはやっと己のしでかした失敗に気付いた。


「……すぐには理解出来ない。……ティアンム・シュトレイ術式概論における論理非論理双極性ウロボロス型無限回廊構築問題よりも難解」


 アストラルダは基本的に無表情だ。

 彼女の表情筋というものは四六時中ストライキを続けている。

 それでも気付く人間は気付く。

 この時の彼女の見開かれた瞳の中に“不可解”の三文字が浮かんでいることに、だ。


「アストラルダさん。あまり深く考えない方がいいですよ」


 真剣に頭を悩ますアストラルダに向かって、神座かむくらジンがとっさにフォローを入れた。

 長身痩躯に中性的な甘い顔。典型的なアイドルフェイス。今はそれを少し歪ませながら、ジンは静かに首を横に振る。


 生まれつき色素の薄いミディアムヘアーの毛先を揺らして「アレはあくまで個人的な感想ですから……」と訂正していた。

 皆のお兄さん的存在兼委員長、生真面目系優等生である彼には、うんうんと答の出ない問題に頭を悩ませるアストラルダが、とても見てはいられなかったのだろう。


「……そう」


「そうなんですよ。例外の一つとして考えるにとどめましょう」


 元の世界では医学部で公衆衛生学を専攻する二年生。

 理系に分類されるジンにとって、実験におけるノイズ(のようなもの)に悩まされる人間を見るのは、たとえそれが他人であろうとも苦痛なようだった。


「そうそう、冗談みたいなものだよー。ごめんなさいアストラルダさん」


 ここにきてユリカも自らそう訂正し謝罪する。

 健康優良体力極振り系女子にだって、他人をおもんばかる気持ちはちゃんとある。


「なー、次のクエストの作戦会議するんだろー。ユリカさんがお馬鹿なせいで、話が進まないぜー」


「ちょっと、常磐ときわくん、口が悪いよ。あの、その……ひとに、ば、馬鹿とか言っちゃダメ……だよ」


「え? ダメなの? オレはホントのこと言っただけなのにさー。ねぇ、ユリカさん。ユリカさんがお馬鹿なのってホントのことだよねぇ。ジンさんも、アストラルダさんもそう思うでしょ?」


 自分で話が進まないなどと言っておいておきながら、常磐ユウスケは場を更なる混沌に陥れたようだった。


 ユウスケの口の悪さをたしなめる桃園ももぞのアイジュはあたふたとしているし、三つも年下であるユウスケに、ナチュラルにお馬鹿と言われたユリカは反応に困る。


 破綻気味であるユウスケの思考回路と直面し、それについての感想まで求められたアストラルダは再度困惑するし、それらを見てジンは大きな溜息を吐く。


「一部は自分のせいでもあるけど、なんかどっと疲れた」


「えっと、あの……私、お茶でも淹れましょうか。さっき窯に入れたパイも、もうすぐ焼きあがる頃ですし」


 ユリカは開いたままにしていた本を閉じた。

 そしてアイジュと連れ立って、屋敷の奥にある台所へと向かう。

 その背中に、必死にアストラルダの相手をするジンの声が届いていた。


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