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『孤独なる旅路』 4 金髪褐色美幼女は孤独の中に揺蕩う

 ハルマは大きな扉の前で苦悩していた。

 先程「帰る」と宣言した割には、その足は一歩もそこから動いておらず、その視線は相変わらず扉に注がれたままだった。


「クエスト自体はクリアしたはずなのにさー、こんなあからさまに重要そうな扉とか用意しないで欲しいんだけど」


 本の記述にはまったく触れられていない扉。おそらくクエスト自体にはまったく関わってこない物であるのだろう。だがそれが、逆にハルマの興味を大いにそそる。


「パターン的に考えれば、一、帰還用のギミックがある部屋の扉。二、秘宝以外のお宝がある部屋の扉。三、たいした意味のない部屋だか通路の扉。四、やべー扉」


 これは元の世界でのゲーマー経験だけでなく、ハルマがこちらの世界に迷い込んでしまってからの経験則も加味したパターンだ。


「一は無いんだよなぁ。本の記述がああまで主張するんだから、一番楽で一番早く帰れる道はあの光る道のはずだ」


 それは間違いないとハルマは確信する。


「二は普通にあり得る。あり得る……が、秘宝が安置されているでもないただのお宝部屋に、こんな大仰な扉を設置するだろうか? いや、しまい」


 それも間違いないとハルマは反語表現を使いながら確信する。


「三……だったらいいんだけどな。とりあえず扉を見つけておいて開けなかったっていう気持ちの悪さは払拭されるし。まあ、隠しギミックがないかとか探す時間が無駄になるだろうけど……」


 少なくとも一時間は必死こいて探すだろうな、とハルマは確信する。


「四の場合がなぁ……」


 こういう大仰な扉の奥って、いかにも何か封印されてるって感じじゃない? とハルマの脳裏に確信めいた予感が横切った。


 これまで遊んできたゲームでは数知れず、そしてこのファンタジーな世界に来ても二度ほど、ハルマはそんな経験を重ねてきていた。時には絶体絶命のピンチに陥ったこともある。

 ゲームであればセーブポイントからやり直せばいいだけだ。最悪でもひとしきり絶叫した後に、一晩枕を濡らすだけで済む。


 だが、これはゲームじゃない。

 かつて犯した失敗がハルマを強く律する。生死のかかるこの世界で、避けられるリスクは必ず避けなければならないのだ。避けられるリスクを前にして、最悪のケースを予想しておいてなお行動することなど、始めから許されてはいないのだ。


「そうなんだよな。答は最初から決まってる。本の記述通り、俺はここからただ立ち去ればいいんだ」


 いかにハルマが、絶対全部の扉開けなきゃダメ病患者であろうとも、スイッチ必ず押さなきゃいけない症候群に罹ってていようとも、選択肢総当り党の党首でも、落とし穴一度は落ちてみる教信者であっても――それはゲームの中だけの話だ。


 この世界をここまで生き抜いてきたハルマであれば、百回同じシチュエーションを迎えようが、百回同じ選択を繰り返すだろう。

 即ち、この扉は開けない、という選択だ。


 ――ただそれは、


「ん? んんん!?」


 扉の奥に眠る、秘宝以上のお宝に気づかなければ、だ――


 しかし、ハルマは気付いてしまった。

 いや、気付かされてしまったのかもしれない。

 運命という魔物は、人生のあらゆる所に潜んでいるのだから。


「ハァ、絶対帰るって決めてたのに」


 溜息を吐きながら、ハルマは扉の前でランプをゆらゆらと揺らしてみる。

 きらきらと輝く扉は燦火宝晶さんかほうしょうで出来ていた。

 そのクリスタルの扉は、光の加減によって内部を透かして見ることが出来るようだった。


「絶対帰るよ、俺は。命は惜しいし、秘宝を持ち帰るっていう使命もあるし。百パー帰る! 誰がなんと言おうと、百パー帰るんだ! …………けど、それは――」


 薄目でもって扉を眺めながら、ハルマはランプをちょこちょこと揺らす。


「――この扉の向こうに、超絶カワイイ系ロリロリ美少女がいなければ……なんだよなぁ」


 ハルマは、もう一度ハァと溜息を吐いた後で、扉の向こうを覗いた。


 魔術的な方法か、もしくは工学的な方法のどちらかで、人の手により燦火宝晶を無理矢理に固めてできた大きな扉。

 光の加減によっては、その向こう側が微かに透けて見える仕組みになっている。


 そこには、鎖に囚われている少女がいた。

 金色の髪に褐色の肌。翡翠のような緑色の瞳で、彼女はじっとこちらを見つめている。

 その視線に明らかな意思を宿し、そして、その美しい瞳から一筋の涙を流す少女。


 ――リルナリルナ《永き孤独》。

 ハルマの口から、その言葉が無意識に漏れた。




 ◇ ◇ ◇


 ハルマが扉の前で頭を悩ませていたのと同時刻。

 オルトラコン大山脈の麓にあるドワーフの隠れ里。そこから一人の老ドワーフが山脈のある一点を見上げていた。

 ドワーフには極めて珍しい金色の髪を風にたなびかせ、普段は皺の奥に隠れている翡翠色の瞳を見開いている。


 ソラス・アルス……。

 ソラス・アルス……。

 ソラス・アルス……。


 祈るように、あるいは懇願するように、老ドワーフはその言葉をただひたすらに繰り返していた。




◇ ◇ ◇


『同胞の待つ家で、あなたは独り秘宝を眺めることがあるかもしれない。

 その心に後悔を抱えているとすれば……、孤独なる囚われの守人の瞳は、もう忘れた方がいい。


 あなたが苛まれんことを……。

 わたしは、ただそれだけを願う』


 本に記述された一節に目を落としながら、ハルマは大仰に溜息を吐いた。


「これって、絶対このシチュエーションのこと言ってるよね。んでもって、ここは見捨てて帰るのが正解。下手にサブイベントを起こしちゃダメ、って本がフォローまでしてくるくらいだから、絶対やばいんだろうなぁ」


 未来を見通すこの不思議な本は、たまにこういった人間的で感傷的な一面を覗かせることがある。手を差し伸べることが出来なかった犠牲について、お前が気に病むことはないと語るのだ。

 この本は、この世界におけるハルマ達をシステマチックに導くナビゲーターである一方で、彼らを気に掛け見守る存在でもあった。


 故に、この世界で効率よく生き抜くためには、この本の言うことに従った方が良い。そんなことはハルマだってよく分かっている。でも――。


「――俺的どストライクなんだよなぁ。おまわりさんには言えないけど」


 いったい何を守るためなのだろう。なぜこの場に囚われたのだろう。なにゆえに、この娘は救われるべき存在でないと本は語るのだろう。


 浮かんでくる様々な疑問。それらを全て棚上げにしてハルマは言う。


「しょうがないよね。だって恋しちゃったんだもん」


 触れても、押しても、出っ張りを引っ張ってみても、どうやっても開かない扉の前で、ハルマは麓の村にいた老ドワーフの所作を思い出す。

 そして確信に近い想いを抱きながら静かに手を合わせ、ハルマは叫んだ。


「ソラス・アルス!」


 その叫びが洞窟中に反響し、共鳴し、増幅された大気の振動となってハルマの耳を打つ。

 そして、光り輝く燦火宝晶の扉は、澄んだ音色とともにひび割れていった。

 砕け散った扉の向こう側にも、その亀裂は波及していく。


 少女を縛り付けていた鎖は、それ自体も燦火宝晶によってできているらしい。扉を砕き散らした亀裂は、いまやその鎖にまで及んでいた。

 そして、囚われの少女の周囲が一際強く輝いた。

 

 砕け散ったのは、孤独という鎖だった。

 結ばれたのは、新たなるえにしだった。

 

 粉々になってなお力強く煌めく燦火宝晶の雨の中。

 力なく倒れこんでくる少女をハルマは受け止めた。そしてそれを腕の中で強く抱きしめる。


 暖かく、柔らかい。少女は生気を保っていた。そして意識も、だ。

 どのくらいの年月をここで過ごしていたのかは、ハルマにはまったく分からない。ただ、この少女が確かな意識を保ったままで、ここで孤独に囚われていたことだけは分かった。


 この少女は、発狂してもおかしくない絶望的な孤独の中に、今の今まで独り揺蕩たゆたっていたのだ。


「お迎えに参りましたロリ姫様」


 腕の中の少女に向けてハルマは言った。そしてにへらと微笑む。

 事情も知らなければ、自分が起こしてしまった行動の正誤も判然としない。


 このロリっ娘は天使のような見た目をしているが、もしかしたら悪魔なのかもしれない。だとしたらヤベェよなぁ、とハルマは思う。


 けれど彼は笑っていた。ヤバイ事をしてしまった時こそハルマは笑う。

 世界だろうが、神様だろうが、とにかく笑って誤魔化しちまえ――と彼は思っているからだ。

 結果として、この美幼女が救われるのならば万々歳だ。スマイルゼロエン。儲けモンだ。


「事情こそ存じませんが、どうぞ私めに盗まれてやって下さい」


 ハルマは腕の中の少女に向かって、そう語りかける。

 褐色の少女は一瞬ぽかんとした顔をして、その後わずかに微笑んだ。

 その笑顔は、ハルマの胸の中のどこか、心の奥のなにかを焦がした。


「えっ……と、参ったな。せっかくのシチュエーションで、色々と言いたいセリフがあったんだけど……全部とんじまった」


 ハルマが褐色キンパのロリ美少女に向かってそう言う背後で、パリン、と嫌に綺麗な音が響いた。

 振り向くと、先ほどまで秘宝が鎮座していた玉座が崩壊を始めていた。


 やがて、そこら中から澄んだ音色が聞こえてくる。パリン、パリンと、連鎖的に緊張感を膨張させていくような響きに、思わずハルマは顔をしかめた。


「げっ、もうお仕置きタイムが始まんの?」


 音とともに、細かく砕けた燦火宝晶が降ってきていた。

 輝き煌めく宝石のシャワー。その綺羅きらの光景に、ハルマは一瞬心を奪われる。

 しかし、槍の穂先のようなクリスタルが自分の数メートル先に落ちたのを見て、すぐさま我に返った。


「逃げろっ!」


『旅行く者よ、孤独であれ。

たとえあなたが盗人であろうとも、晶窟の主はあなたを咎めようとはしない。

あなたが孤独であるかぎり』


 ハルマは記述にあった一節を頭の中で反芻はんすうする。

 リルナリルナ大晶窟は、タブーを犯した二人に対して、すでに激怒しているようだった。





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