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『悪魔が来りて』 15 魔剣VS魔弾 或いは 泣き虫なケダモノ


「行かせないって、なに?」


 自分を止めようとするハルマに向かって、ユリカはそう言った。

 掴まれた肩から、ハルマの手が滑り落ちる。


 ハルマは刺された右肩側の腕を伸ばしていたのだ。

 痛みと麻痺に侵された右手で、よくもあんなに強く握れたものだ、とユリカは思った。


「言った……通りの、意味、だ」


 麻痺と痛みが残っているであろう身体を奮い立たせながらハルマは言う。

 その表情は苦悶に満ちていた。


 【斬心応剣アンサラー・ウィル】によって宙に浮かぶ剣。その剣の柄を左手で握り、支えにすることで、ハルマはなんとか立っているようだ。

 彼の両膝はガクガクと揺れており、自力で立ち上がってきたとは思えない。


「もうっ! 刺さったナイフは後で抜いたげるから、ちょっとは我慢しなさいよ。下手に抜くと血が止まらなくなるでしょ」


 そう言ってユリカは、扉があった方向に向けて再び歩きだした。


「――止まれっユリカ!」


 怒気をはらんだ声を背中にぶつけられて、ユリカはびっくりして振り返る。

 ハルマが自分を止めようとしていたのは、負傷したまま置いて行かれることに心細さを感じたがゆえの行動だと思っていた。

 しかし、どうやら違うようだ。

 ハルマの怒ったような表情が、それを物語っている。


「ユリカ。お前、そんな……物騒、な“スキル”使って……なにする……つもりだ」


 大声を出したせいだろう。ハルマは先程よりもさらに表情を歪めている。


「なにするつもりって、決まってるじゃない」


 ユリカはそう言って、自分の右手をハルマに向けた。

 その右手は、親指が天を向き、人差し指がピンと前を指している。それ以外の指は軽く握られた――つまりは“銃”のような形をとっていた。


「あのジンさんの偽物を、コレで撃ってやるんだから」


 そう言ったユリカの心中では、底知れぬ“怒り”が渦巻いていた。


 大切な仲間を傷つけられることへの恐怖。

 血溜まりの中に倒れるハルマを見た時の絶望。

 そんな状況に固まってしまった自分への無力感と失望。


 そんな諸々の感情の全てが怒りに変換され、そしてそれはユリカの右腕のすぐそばに、雷光迸る一本の“腕”となって具現化されている。



 ――【魔弾乃射手タスラム・ウェン・ルー】――



 それはユリカが身に付けた『秘法オーバースキル』。

 ユリカの拳から放たれたいかづちが、紫電を纏う長い腕を形作って、彼女の隣に浮かんでいる。

 それは周囲から様々な“元素”を取り込んで、圧縮し、それを一つの砲弾と化す。

 そしてそれを電磁投射砲レールガンの要領で撃ちだし対象を粉砕する、格闘士であるユリカ唯一の超長射程スキル。


「そんなもん……くらった、ら……死んじまう、だろ」


 【魔弾乃射手タスラム・ウェン・ルー】の砲身。雷光によって形成された長腕レールを睨みつけるようにして、ハルマがそう言った。


 死ぬ、どころか塵も残さず消滅するだろう。

 基本的に自分のオーバースキルというものは、オーバーキル気味の威力を誇るのだから――そうユリカは思う。


「それ、だけは……させ、ねぇっ!」


 左手で剣の柄を握りしめ、【斬心応剣アンサラー・ウィル】で剣をうまく制御することによって、ハルマはこちらに向かって歩いてくる。


「……あの偽物はアンタを刺したのよ。なんでそれをかばうようなこと言うのよ……」


 自分で疑問を口にしながら、ユリカは心のどこかで、それに答えないで欲しいと願っていた。

 嫌な汗が頬を伝う。


「……偽物……じゃ、ねぇ」


 血の気が失せる。

 今まで棚上げにしてきたいくつかの疑問――例えば“本物のジン”は今なにをしているのか――に答が出てしまう。


「あの……ジンさん、は……ジンさん、本人だ……だからっ! 殺させねぇ!」


 ユリカはその時、自分の中の何かが崩れる音を聞いた。

 一つ一つの想いが形となり、大きな何かを形作っていたそれは、彼女の心の中で軽くないウェイトを占めていたものだ。

 しかしそれは、今すべて崩壊してしまった。


「――から、なに――?」


「……ユリカ」


「だからなんなのよっ!!」


 ユリカは吼えた。彼女の心の中に在る一匹の獣が咆哮した。

 この過酷な世界でなんとか生きていくために育ててきた“獣”が、崩れ落ちそうになるユリカの心に喝を入れ、そして彼女を支える。


「どっちにしても“裏切り者”じゃない。だったらやるべきことは一つだけ。……他の皆を傷つけられる前に、ユリカがアイツを――」


 ――殺してやるんだから。

 獣は許さない。自分や、自分の家族、そして仲間を傷付ける者を絶対に許さない。

 身に付けた牙と爪は、そのためにあるのだ。


 そうしなければ、この残酷な世界を生き抜くことは出来なかった。

 この世界は、霧島きりしま優里香ゆりかに、無垢な少女のままでいることを許しはしなかったのだ。


「……やめろ」


 ハルマからぽつりと呟きが漏れた。


「やめない。ジンさんはもう仲間じゃない。だからやめない。アイツはもう……」


 一言一言に強く意思を持たせるように、ユリカはそうやって自分を説得していく。

 ジンさんを、アイツをここで殺さなきゃ……ハルマみたいにまた仲間が傷ついていく。

 そんなことは絶対にダメだ!


「時間が経っちゃったけど、一瞬でも背中を囚えられれば、アタシの秘法オーバースキルならっ!」


「だから……行かせられねぇんだよ!」


 ハルマが叫んだ瞬間、その左手に持っていた剣が宙を舞った。

 それはユリカの頭上を通り過ぎ、石壁に開いた穴の前で静止する。

 ここは通らせないと、その切っ先から鋭い意思を発散させながら、剣は静かに空中に佇んでいた。


 支えを失ったハルマは、生まれたての子鹿のように、ブルブルと両脚を震えさせている。

 しかし、その眼だけは獅子のように、鋭く前を見据えていた。


「なんで邪魔するのよ……」


 瞬間、部屋の中に極光が瞬いた。

 腹の底に響くような低音と、金属質な硬い高音が鳴り響き、そして衝撃波が吹き荒れる。


「大切な人を……守る、ために、決まってる……だろ」


 【魔弾乃射手タスラム・ウェン・ルー】から放たれた弾丸と、【斬心応剣アンサラー・ウィル】がぶつかり合った音だった。


 一瞬の攻防。その結果は【斬心応剣アンサラー・ウィル】の勝利だった。

 放たれた魔弾を叩き落とした剣は、優雅さすら感じさせる佇まいで宙を揺蕩たゆたっている。


 ユリカは若干たじろぐ。

 最小出力だったとはいえ、魔弾を防がれたという事実。それはハルマが【斬心応剣アンサラー・ウィル】に込めた想いの強さを物語っている。


 いかにハルマの『秘法オーバースキル』が強力とはいえ、その憑代となっている長剣は、ただの業物といえるレベルの剣だ。決して『秘宝』のような代物じゃない。

 それが、なかばプラズマ化した魔弾をいとも簡単に叩き落とすというのは、スキルに込められたハルマの想い――つまりは魔力と精神力の桁ハズレな強さを物語っている。


 ハルマは本気なのだ。

 彼は本気で、ジンの後を追わせるつもりがないらしい。


「ユリカ、やめよう……ぜ。お前が本気で撃ったら……この寺院自体が、崩れる。かといって……その、程度だったら、俺の剣は……折れない」


 背中越しに、そう言うハルマの声が聞こえた。

 前方に浮かぶオーラを放つ剣は、いまだ健在のままユリカの行く手を阻んでいる。


 たしかにあの“剣”を攻略するのは難しい――ユリカはそう思う。

 けど、ハルマ自身ならどうだろうか――ユリカはそうも思う。


 ユリカはゆっくりと振り返った。そしてハルマと向き合う。

 やっとのことで立っているハルマの姿が、その目に映っていた。


「ジンさんは、皆のお兄さんだった。クラスの委員長みたいな人だった。頼りがいのある大人だった。アタシ達のリーダーだった……」


 ユリカは、ハルマに向かってポツポツと語り始める。

 ジンという青年と過ごした日々のことをだ。


「ジンさんは優しかった。それに時々叱ってくれた。自分が一番年上だからって、いやな役目も進んで引き受けてくれてた……」


「……ユリカ」


 ユリカが見つめる先のハルマから、気迫が薄れていくのを感じる。

 いつの間にか彼の手の中に、剣は戻っていた。

 剣を左手で持ち、杖のようにそれで身体を支えている。すでに【斬心応剣アンサラー・ウィル】のスキルを解いてしまったらしい。


「……皆がジンさんの事を信じてたよね」


 ユリカが拳に纏っていた雷光が、一瞬その輝きを弱めた。


「信じてたのにっ!」


 その一瞬の後、爆発的な輝きを放ちながら、ユリカの全身をいかづちが覆った。

 それと同調するようにして、【魔弾乃射手タスラム・ウェン・ルー】は出力を上げていく。


 出力の臨界に達したそれは、すでにその砲身自体が凶悪な熱を持ち、そこに触れる物全てを焼き尽くすほどだった。

 寺院の石床は赤熱し、溶けてマグマのようになっていく。


 ――霧島ユリカという“雷神”の化身は、遂にその本当の姿を露わにした。


「ユリカ、やめろって! お前は誤解してる」


 誤解? なにが? アタシ達を裏切ったじゃない。

 それまで信頼していた分、ユリカの中でジンに対する怒りが膨れ上がっていく。


「裏切りなんかじゃない。そんなんじゃ……ないんだ!」


 目の前のハルマが叫ぶ。

 右腕から血を流し、残る左手に剣を構えて、最後に残る力で震える脚を抑えつけながら彼は立っている。

 ジンの後は追わせない、とその瞳が言っていた。


 しかしハルマが、その決意を現実のものすることが出来ないことを、ユリカは知っている。

 心優しい彼は、決して仲間を傷付けることはない。

 ユリカがハルマと向かい合った瞬間に、すでにその勝負は決していたのだ。


 ハルマは例え自分が死すことになろうとも、自分に向かって攻撃を加えようとはしないだろう――ユリカはそう確信している。

 それなのに、彼は一歩も退く気配を見せない。

 それ程までにジンという人間を、ハルマは守ろうとしているのだ。


 ――それが、とても悔しい。

 今やユリカの心の中を占めている感情は、“怒り”ではなく、“嫉妬”に近いものだった。


「お願い、だから……やめ、て……くれ。ユリ……カ」


 失血のせいだろうか、それとも麻痺毒のせいだろうか?

 今はなんとか堪えているが、ハルマのろれつが先程よりもだいぶ怪しくなってきていると、ユリカは感じる。


「たの……む」


 ハルマの手から剣が落ちた。

 そして彼は跪く。もはやハルマにはユリカの前に無防備を晒し、頭を垂れて懇願することしかできなくなっているようだった。

 その表情は、ここからでは見ることができない。


 そしてユリカは……
















 ……そこで諦めてしまった。

 彼女の全身を覆っていた雷光が雲散霧消していく。


 頬を伝う一筋の涙。

 止めどなく流れるそれを、ユリカは止めることが出来ない。


「……なんでなのよ」


 この過酷な世界で生きていくために、霧島優里香は獣の心を宿したはずだった。

 獣は、自分や、自分の家族、そして仲間を傷付ける者を絶対に許さない。

 身に付けた牙と爪は、そのためにあるのだ。


 だからこそ、その獣は今、涙を流すことしか出来ない。

 彼女の牙と爪は、自分が愛する者を傷付けるためにあるのではないからだ。

 

 ユリカという名のけだものは……苛烈で、容赦がなく、無慈悲で。

 そして、とても泣き虫な、一匹の獣だった――





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