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『孤独なる旅路』 2 リルナリルナ大晶窟の主

 

 本。一冊の本。

 細緻な彫刻がなされた銀板を表装とした本。

 それはおおぶりで、辞書や百科事典のような厚みがあった。そして不思議なことに、この本はたまに仄かな光を放つ。

 この不思議な本は、ハルマ達に与えられた最重要ツール。見知らぬ世界に放り込まれた彼らの行く先を照らす灯火。

 ――それが今、仄かに淡い光を放っていた。


「光ってる……ってことは」


 ハルマは夢中になって本のページを捲っていった。やがてその手は『孤独なる旅路』という表題が記されたページで止まった。


『孤独なる旅路:リルナリルナ大晶窟――推奨レベル28

 アルタヘナ大砂海の西端、オルトラコン大山脈の麓……。

 あなたはそこに小さな村を見つける。その村に名前は無く、住民は皆一様に小さな体躯を持ち、そして耳慣れない言葉を使った。

 リルナリルナ――古い言葉で《永き孤独》を意味するものだ。

 あなたがその言葉を口にすると、住民の一人は無言のまま大山脈の一点を指さした。

 彼が指し示した方を向き、あなたは独り……また一歩足を踏み出した。


 あなたは晶窟の入り口に辿り着いた。

 あなたは灯火の魔術を使って辺りを照らす。晶窟はすぐさま目を覚ますだろう。

 輝くドレスに身を包み、晶窟の主はあなたを歓迎する。

 あなたが孤独である限り、晶窟の主はあなたに好意の目を向けるはずだ。恐れず奥へと進むがいい。

 その最奥で、秘宝はあなたを待っている。

 旅行く者よ、孤独であれ。

 たとえあなたが盗人であろうとも、晶窟の主はあなたを咎めようとはしない。

 あなたが孤独であるかぎり――』


「やっぱり新しい記述が増えてる」


 ハルマとその仲間達が持つこの本。それは不思議な存在だ。

 空白であった場所に勝手に記述が増えていくのだから、まことに不思議な存在としか言い様がない。


 本はハルマ達にクエスト(ハルマ達は勝手にそう呼んでいる)を与える。今回でいうところの『孤独なる旅路:リルナリルナ大晶窟』と題されるような、探求すべき事柄を指示するのだ。

 ハルマ達は二年ほど前、それまで住んでいた世界とは異なる場所――つまりはこの幻想的な世界に迷い込み、それと同時にこの本を手に入れた。


 それからというもの、この本に導かれながらハルマはこの世界を放浪している。

 本は、あてど無く異世界を彷徨うハルマ達にとっての“攻略本”とも言える存在だった。


「適当に潜り込んだ洞窟だったけど、ここがビンゴってこと?」


 あなたは晶窟の入り口に辿り着いた――この記述が現在のクエストの進行度と一致しているとすれば、ハルマはリルナリルナ大晶窟に着いたらしい。


 マジで? もう雪山登山をしなくていいの? ほんとに?

 ハルマは思わず万歳と叫びそうになってから、慌ててぶんぶんと首を振る。

 実のところ、ここがリルナリルナ大晶窟の入口であるとは、残念ながら確定していない。

 このタイミングでのぬか喜びは精神的ダメージがでかすぎた。ゆえにハルマは、期待する気持ちを故意に抑える。


 問題はいくつかあった。

 第一に、この不思議な本は未来のことまで勝手に書き記す。

 本の記述に沿った行動をとれば、クエストの進行度が進んでいき、本は新たな記述を浮かび上がらせる。


 本が仄かに光りだすのは、新しい記述が加えられた合図だ。

 ただし、この本は非常に気紛れなところがあり、ハルマが言うところのクエスト進行度が満了していないにも関わらずに、新たな記述を書き加えるケースがあった。


 この場合で言えば、ハルマがリルナリルナ大晶窟の入口に到着していないのに、『あなたは晶窟の入り口に辿り着いた』などという記述を浮かび上がらせる、といった具合だ。

 もしも今回もそうであったら……。そう思うと、ハルマはとても手放しで喜ぶわけにはいかなかった。


 一応、解決策はある。それは次の記述を試してみることだ。


『あなたは灯火の魔術を使って辺りを照らす。晶窟はすぐさま目を覚ますだろう』


 記述を見る限り、この行動をとりさえすれば、なんらかの形で新たなイベント(これもハルマ達が勝手にそう呼んでいるだけだ)が起こるはずだ。

 ただし、ここでハルマにとっての第二の問題が発生する。


「……俺、灯火の魔術なんて使えないんだけど」


 第二の問題は、ハルマが魔術を得意としていないことだった。

 まったく使えないというわけではないが、この世界の一般的な尺度でいって最下級に位置する灯火を生み出す魔術――それすらも、単独では行使できないのがハルマという少年である。

 そして、この第二の問題と関連して、第三の問題が浮かび上がった。


「この『孤独なる旅路』っつークエスト自体が、魔術師向きのクエストだとしたらヤベェな」


 第三の問題。ハルマとクエストの相性である。

 本はハルマ達が起こすべき事象についてのヒントを与える――が、最初から解を示すことはない。

 どうもこの攻略本は、ネタバレを嫌うものであるらしい。


 与えられた既知の記述を元にして、いくつかの推論を組み立てながらハルマ達はクエストの達成を目指す。ハルマ達はこれまでも、そうして旅を続けていた。

 今回『孤独なる旅路』なるクエストを開始するにあたって示されたヒントは――

 

 一、探求すべき場所はリルナリルナ大晶窟。それはアルタヘナ大砂海の西端、オルトラコン大山脈にあり、まずは麓の村を目指すべき、とのこと。


 二、このクエストを担当するにあたっては、レベル28以上の実力を持った人間であることが望ましい、とのこと。


 三、クエストタイトル、および文面を見るに、このクエストは一人での行動が重要視されている可能性がある、とのこと。


 ――大まかに、この三つだった。


 またそれらに加えて、麓の村は『小さな体躯を持つ住民』=ドワーフによって構成されているのではないかということや、『リルナリルナ』という単語が、古アルブ語の文献の中に散見されることが分かった。


 これはハルマの仲間である記述解読班が推論を重ねてくれた結果だ。当然、ハルマはその情報を元にドワーフの隠れ村を探したし、古アルブ語についても予習(資料が少なすぎてほぼ役に立ってはいない……)をしている。


 だが、旅に出発する直前まで頭を悩ませても、このクエストと相性の良い人間については判然としなかった。求められる能力についての記述がほぼ皆無であったからだ。

 結局、現在レベルと能力バランスを勘案した結果、このクエストの担当はハルマと決まったのだが……。


「灯火の魔術の行使がクエストを先に進ませるイベントの必須条件だとしたら、俺はここで詰み……だな」


 そう呟きながら、ハルマは灯りの用意を始める。

 必要条件が「灯火の魔術」ではなく、単に辺りを照らす「光源」であることを期待しての行動だった。

 晶窟(洞窟)探索であるのだから、ランプは当然のように持ってきている。


 背負い袋からクリスタルシェードランプを取り出す。それと一緒に、鮮やかな藍色をした植物のつるを引っ張りだした。

 通称「サラマンダーの舌」と呼ばれるこの蔓植物は、弱い酸と反応して、可燃性ガスを長時間発生させるという特徴があった。


 ハルマはランプ下部にある金属缶の蓋を空け、その中に「サラマンダーの舌」を押しこむ。その後、小さなガラス瓶に入れておいた酸性水をそこに注ぎ入れた。

 すぐに可燃性ガスが発生し、独特の匂いが立ち昇る。


「臭いんだけど、なんか癖になる匂いなんだよな……コレ」


 そう言いながら、ハルマは金属缶の蓋を閉めた。

 ランプはシューという音を立てながら、いまだガス臭を辺りに振りまいている。

 金属缶の蓋を閉めても、そこからまっすぐに立つ芯の部分には細かな穴が開いている。そのため、可燃性ガスはそこから絶えず漏れ出し続けるという仕組みだ。


 ハルマはランプシェードの隙間に指を近付け、そこに魔術で火を点ける。

 周りを照らすようなことは出来ずとも、ハルマは指先から極小さな火を発するくらいのことは出来た。

 ――ただし、マッチ棒以下の火力ではある。


 ボッ、という音と共に、ランプから強い光が放たれ始めた。

 とにかくランプに着火することはこれで出来たわけだ。


「ふう、これで光源確保っと。どうかこれで勘弁してくれよ」


 ハルマはランプのシェードをいじり、光が足下と前方の空間を照らすように調節する。そして、その光を洞窟の中の暗闇へと向けた。


「――――っ!!」


 絶句。目の前の光景に、ハルマは言葉を失う。

 果たしてクエストは次の段階へと進んだことは明らかだった。


『あなたは灯火の魔術を使って辺りを照らす。晶窟はすぐさま目を覚ますだろう。

 輝くドレスに身を包み、晶窟の主はあなたを歓迎する』


 まさしくその通りだった。ハルマは『晶窟』という言葉を改めて理解する。

 光に照らされた洞窟の天井や壁には、大小無数のクリスタルが生えていた。


 クリスタルはランプから与えられた光を取り込むと、その結晶構造によって複雑な反射を繰り返し、まるで――


「――洞窟全体が輝くドレスを纏ってる……ってことか」


 洞窟全体を彩るのは大小無数のクリスタル群だ。それらは全て「燦火宝晶さんかほうしょう」と呼ばれる宝石の一種だった。

 それらが今、様々な色合いの光を放ち、ハルマの来訪を歓迎しているようだった。


 燦火宝晶は、数ある宝石の中でも至高の一つに数えられるものだ。

 それらは外部から光を取り込むと、その複雑な結晶構造によって、光を内部にて数限りなく乱反射させる。

 その姿は見る者に、内側から光り輝いているかのように錯覚させるほどだ。


 特にクリスタルの核となる中心の一点は、周囲の結晶構造とはまた違った構成をとっているらしく、まるで宙に浮く篝火のように、絶えず変化しながら煌めくのだった。


「青色、桃色、紫色……うおっ! 双核結晶の燦火宝晶だ……。これ一個で、でっかい城が建つらしいじゃん」


 ハルマは、なかば茫然自失としながらひとりごちた。

 燦火宝晶は、その核が発する色などによって値が変わるものらしい。珍しいものであれば城はおろか、小国そのものと引き換えになった歴史もあるとかないとか。

 そんなものが洞窟の壁面全てを覆っていたのだ。ハルマが呆然と立ちすくんでしまうのも無理はない。しかし――


「――ま、持って帰るにしても帰り際だな。『秘宝』の確保が最優先っと」


 うんっ! と力強く頷き、ハルマは足を踏み出す。

 この世の財貨の全てを集めたような光景も、彼の歩みを五分も止める手立てにはならない。


 彼にはもっと大事なものがあるからだ。

 それは彼を待つ仲間達であり、彼が関わりを持った多くの人々であり、そして、そんな彼らを救うための『秘宝』だった。

 本の記述によれば、その一つがこの晶窟の最奥にあるらしい。だから――、


「晶窟の主様、ちょっとお邪魔しますよ」


 ――彼は歩き出す。

 たった一人、この洞窟で『孤独なる旅路』を続ける。




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