『悪魔が来りて』 13 知勇と蛮勇
悪魔が来りて編もやっと佳境に入りました。
長くなってしまいましたが、あと三話程度ですのでお付き合い頂ければ幸いです。
『悪魔が来りて:ジョモ・ナーゼラム寺院――推奨レベル25以上
東西を結ぶ血の管、新しき血が流れるその始まり……。
様々な顔を持つ人々が行き交う道の外れに、あなたは破れ寺を見つける。
そこに足を踏み入れるのであれば、よく知る者と轡を並べて行くことだ。
ただし二人きりは良くない。三人がいい。裏切り者は常に半数を超えないのだから。
心を許してはいけない。彼らは何処にでも潜むものだ。
それが、あなたのよく知る者の中ではないとは限らない。
あなたは、ジョモ・ナーゼラムと呼ばれていた寺院に辿り着いた。
古き日の面影はすでに無く、その役割や、名前すらも人々の頭からは忘れ去られている。
しかし、ここは紛れも無く寺院なのだ。あなたも頭を垂れていくべきだろう。
気をつけた方がいい。悪魔はすでにあなたの背後にいる。
囁く声が聞こえても、耳を傾けることはしない方がいい。
疑念に囚われるようなことがあれば、互いに手を取り合うことだ。矯めつ眇めつ顔を見合った方がいい。
あなたの元から悪魔は去ることを、わたしは祈る。
あなたは祭壇の前に辿り着いた。
悪魔を喰らい、その翼を奪い取った一匹の蛇。其は神となり、瞳と牙に力を宿す。
あなたは牙だけを持ち帰るべきだ。瞳には触れない方がいいだろう。
その瞳には、悪魔が末期の呪いを封じ込めたのだから。
知勇か、それとも蛮勇か、選ぶべき時は来た。
あなたの行く先が正しきことを、わたしはただ希うのみ。
――蛇槍ジョモ・ディアティマ――
白蛇は大鷲を喰らって、その翼を盗む。
強欲なる蛇は、さらなる天を目指して命を喰らい続ける』
「どうやらこれでクリアーみたいっすよ、ジンさん」
「……あ、ああ。……そうみたい、だね」
ハルマは部屋に入ると同時に、本を取り出そうと背負い袋に手を突っこんだ。
新たな記述がなされているであろうことを期待しての行動だ。
そして、その期待通りに本は淡い光を放っていた。
部屋の内部と一通りの記述に目を通して、ハルマはクエストがほぼ完了したことを知った。
礼拝堂のようになっている室内には祭壇があり、そこには大きな“翼を持った蛇”の像があったからだ。
後はそこから『秘宝』だか『秘法』を持ち帰れば、それでクエストクリアーとなる。
「なんか気になる記述もあるけど、ようは“牙だけ”を持ち帰りゃいいんだよな。ねぇ、ジンさん」
ハルマはジンにそう問いかける。
背を向けるようにして立っていたジンが振り返った。その手には淡く光り輝く本が開かれている。
本が放つ仄白い光のせいなのだろうか、ジンの顔は青ざめているようにも見えた。
「どったの、ジンさん? 顔色悪くない?」
「いや、大丈夫。……ハルマ君は“牙だけ”を持ち帰るんだね」
ジンはそう言ってわずかに微笑む。
「…………? ああ! 大丈夫だってジンさん! ついこないだ余計なサブイベント起こして死にかけたばっかりだしさー。今回は無茶しないって、もー!」
まったく心配性だなぁジンさんは……。
そんなことを思いながら、ハルマは翼ある蛇の像に近付いていった。
近寄って良く見ると、蛇の像はわずかに光沢を帯びている。どうやら銅像のように、なにがしかの金属で出来ているらしい。
よかった、これならよじ登っても大丈夫そうだ。ハルマはそう思う。
像は大きく、そうでもしないと“牙”まで手が届かないほどだった。
「えっと、俺が取っちゃってもいい?」
「もちろん。……いや、むしろ君が取るべきなんだ。僕にその権利はない」
「?」
ジンはなんだか不思議なことを言う。ハルマは頭にハテナマークを浮かべながら「そう? なら遠慮無く」と、蛇の牙を見上げた。
牙――そこには一本の槍があった。
穂の形状は特徴的で、まるで地を這う蛇のようにうねっている。刺突用の槍というより、むしろ薙刀と呼んだほうが合っているような気さえした。
「よっと」
ハルマは大きな蛇の像によじ登り、その頭部に到達する。
蛇の頭には頭頂から牙へと抜けるように貫通する穴が空いていて、槍の柄がそこに差し込まれていた。どうやら膠のようなもので接着してあるようでもあった。
頭からはみだしている柄の部分を握って、それをグリグリと動かす。
徐々に槍はぐらぐらと動き始め、接着部からは膠がぽろぽろと剥がれ落ちていった。
「おっし、これで抜けるな」
ある程度まで柄を下に向かって押し込んでから、ハルマは蛇の口の部分に移動する。
そして今度は穂の部分を握り、槍を像から引き抜いた。
「かっるいなー、コレ」
改めて槍全体を観察する。
穂の部分は言わずもがな、柄までが金属光沢を放っている。その割には重量感をあまり感じさせない。
「『白蛇は大鷲を喰らって、その翼を盗む』か……。柄には翼のような意匠が彫り込まれてる……」
その見た目に似合わぬ軽さと、本の意味深な記述から、どうやらこの槍は“軽量化の効果”を持っているようだ、とハルマは推測する。
「『強欲なる蛇は、さらなる天を目指して命を喰らい続ける』ねぇ……。殺した生物から長所を奪い取る力でも持ってるのかな?」
そんな風にもハルマは考える。『秘法』という存在は、それぐらいのビックリ機能を持っていてもおかしくはない。
槍を振ってみる。
鋭い風切り音を響かせながら、槍は空を切り裂いた。
その軽さとリーチから繰り出される斬撃は、穂先が視認しづらいほどの速さだ。
「握りの部分は微妙な楕円形。刃の部分はくねくねカーブしてるし……こりゃ斬撃用に作られた槍っぽいな」
何度か振った後、ハルマはそう結論づけてから、背負袋の中に槍をしまう。【ブロムブロンの胃袋】は、いとも簡単にそれを飲み込んだ。
槍のような長物の武器も、亜空間の中へなら簡単にしまい込める。
入れ込んだ槍の代わりに、ハルマは本を取り出した。
それを開き、新たな記述を確認する。
『――蛇槍ジョモ・ディアティマ――
白蛇は大鷲を喰らって、その翼を盗む。
強欲なる蛇は、さらなる天を目指して命を喰らい続ける。
秘法入手者:篠塚ハルマ』
秘法の入手が完了したことが、はっきりと本に刻まれている。
これでユリカが本を確認しさえすれば、それが彼女にも伝わるはずだ。
「さてと……。これで秘法は回収したし、この後どうする? ユリカを探す? それともここで待つ?」
ハルマはジンにそう問いかける。
「……ジンさん?」
ジンは蛇の像を見上げていた。
その視線は蛇の“瞳”に注がれている。
悪魔が末期の呪いを込めたというそれは、妖しく誘うように光を反射し煌めいていた。
「ハルマ君、ちょっと話をしようか」
瞳を見上げたまま、ジンはそう呟いた。
そしてハルマの返事を待たずに、彼は語り始める。
「知勇と蛮勇、選ぶ時は来た……か。ハルマ君の本にもこの記述はあったのかな?」
独り言のように呟かれたジンの言葉に、ハルマは少し戸惑う。
質問の意図が掴めなかったからだ。
「……えっと、それは……あるよ。うん、あったあった」
『知勇か、それとも蛮勇か、選ぶべき時は来た。
あなたの行く先が正しきことを、わたしはただ希うのみ』
ハルマは記述を確かめながら、ジンにそう言葉を返す。
「ハルマ君は、どっちを選ぶのかな?」
「そりゃ知勇でしょ。大丈夫だってジンさん。さっきも言ったけど“瞳”には手を触れないって」
ジンの様子がおかしい。ハルマはそう思う。
心優しい彼が心配症を発揮するのはいつものことだが、それにしても今回はしつこい。しつこさが過ぎるくらいだ。
「――そうじゃないんだよ、ハルマ君」
ジンの口から、底冷えのするような冷たい声が響いた。
「ジンさん?」
「神を殺すなんてことが、はたして本当に賢い選択なのか? それは蛮勇に等しい行為なんじゃないか?」
ハルマにはやっと分かった。ジンが言いたいこと。その真意を正しく理解した。
そしてハルマは言葉を返す。
「確かにそれは蛮勇かもしれない。無茶な選択かもしれない――」
ハルマはジンの瞳とまっすぐに向き合った。
「――けど、それでも俺は神様とやらを殺すよ」
それが俺の選んだ道だから。
それがこの世界に住む友人達を救う、唯一の方法なのだから。
「そっか……。優しいね、ハルマ君は。それにいつだってまっすぐだ」
不意にジンが瞳を逸らした。
男とは思えない綺麗な顔が、その時わずかに、苦しげに歪んだ。
一拍の間があり、そして再びまっすぐとこちらを見据えたジンの視線が語る。
――お別れの時だ。
「君の言葉をずっと信じていたかった。……でも、それももう終わりにするよ」
決別の言葉が、彼の口からはっきりともたらされる。
なにかを諦めてしまった優しい男の瞳が、ハルマの眼をまっすぐに見つめていた。




