『悪魔が来りて』 12 斬心応剣――アンサラー・ウィル――
※9月26日 前話『悪魔が来りて』11において、シーンとセリフの追加を致しました。
変更は一部ですが、これより後の展開との時間軸の整合のために追加しております。
書き溜めでないため、編集が差し挟まれてしまい申し訳ありません。
ちなみに過去話も随時読みやすいようにブラッシュアップを行っておりますが、重大な変更時のみお知らせをしております。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
「こいつら何を食ってるんですかねぇっ! ジンさん!」
「《氷精よ、汝は煌めく者。踊れ、魅了し、首を刎ねよ!》 さあね! どうだろう? 霞でも食べて生きてるんじゃない?」
それはユリカが礼拝堂のような場所に辿り着くだいぶ前、ハルマ達が通路の崩落によって地下に落とされた直後のことだ。
彼らは今、大小無数の蛇の群れに取り囲まれていた。
二人が落ちた先は、土壁に囲まれた大きな空洞になっていた。
それは最初はただの広い空間だった。
しかしすぐに蛇の群れがやってきて、その広い空間が狭く感じるほどの大群となったところで、二人に敵意をもって襲いかかってきたのだ。
彼らは蛇の名を冠するこの寺院の、いわば守護者のようなものなのだろう、と二人は考えた。
ハルマはその手に剣を、ジンは魔導器たる杖を握り、その熱心な警備兵達と、すでに十分間にわたる戦闘を繰り広げていた。
「仙人みたいな奴らっすねぇ……けど、こんな地下寺院の底じゃあ、どっちにしろ食うもんなんてなさそうだ!」
「ハルマ君、この問答は今回の戦闘に関わってくることなのかな?」
「いやまあ、敵さんの数も数だし、っと危ねぇ! 食いもん目当てじゃなけりゃ、話し合いで済ませられないかなって! おりゃ!」
視界のほとんどを埋め尽くす蛇、蛇、蛇……。
ハルマはなかば本気で、目の前の爬虫類群との停戦協定を願っていた。
「ハルマ君は優しいね……けど、それも無理そうだ。なんせ僕らは押し入り強盗みたいなものだからね。寺院の守護者がお目こぼしを許すはずがない」
背中を預けているジンから、そんな宣告が下される。
そりゃそうかぁ、とハルマは思った。
確かにそうだ、ジンさんの言う通りだ。俺達は盗掘者で、彼らは警備兵さんなのだ。
正義は全面的に彼らにあるのだから、盗人の言葉になんか耳を傾けるはずもない。
職務に忠実な彼らを倒さない限り、ここから出ることは叶わないだろう。
それはあまりよろしくない事態だ。
あのおバカな巨乳ちゃんを、いつまでも一人にしておくのは忍びない。
「じゃあ……しょうがないっすね」
ハルマは手に持った長剣を腰の後ろの鞘に戻し、そして胸の前で両の掌を合わせる。
その姿勢のまま精神を集中させると、掌に仄かな温かみが感じられ、そしてそこに青白い炎のような揺らめきが宿った。
「……居直り強盗、ここに極まれりって感じだな」
呟きとともに、ハルマは右手を腰の後ろに回した。
青白い光を纏った手が、軽く鞘に触れる。
そのまま剣の柄を握ることなく、ハルマは右手をスライドさせていく。
その仕草に釣られるようにして、剣はひとりでに鞘から抜けた。
抜き放たれた剣は、その柄を握る者がいなくとも勝手に宙を漂っている。
宙に浮く剣は青白いオーラを帯びていた。
剣の柄から伸びる光は、鎖のような形を取ってハルマの右腕に巻き付いている。
「――【斬心応剣】――」
ハルマが呟いたその刹那、白刃の煌きが空間を裂いた。
次の瞬間。蛇達の首が宙を舞い、その身から血の華を咲かせる。
咲き乱れる華――血飛沫の中に、宙を舞い青白い輝きを放つ一本の剣があった。
一閃、そしてもう一閃。
ハルマが無手の右手を振るう度に、血の華は増えていく。
近くも遠くも関係なく、ハルマの目についた者から順に、蛇の身は真紅の華を飾る一輪挿しへと姿を変えていった。
「こういっちゃなんだけど。相変わらず見事なものだねぇ、ハルマ君」
不意にポンと後ろから右肩を叩かれ、撫でられる。ジンの仕業だ。
彼の口から、労をねぎらうかのようなセリフが呟かれた。
そしてその言葉に続いて、風を操る魔術の詠唱が聞こえてくる。
どうやらジンがアシストしてくれるらしい。
「サンキュー、ジンさん」
一陣の風が巻き起こり、首を失った蛇の身体ごと、周囲を覆う血煙を吹き飛ばす。
ジンの魔術による風の奔流が、目の前の空間を一気に洗い流したのだ。
視界がクリアになり、標的の数が明らかに少なくなったことが見て分かる。
残る哀れな獲物達を前に、まるで品定めでもするかのように一本の剣が揺れていた。
その剣は宙に浮き、ハルマの近くで不気味に青く輝いている。
「寄らば斬る……いや、ゴメンな。寄らなくても斬る」
ハルマが「斬る」と心に描いた瞬間。剣はひとりでに宙を舞った。
白刃が煌き、再び血の華が咲き乱れる。
過去のクエストでハルマが手に入れた『ヒホウ』である【斬心応剣】は、一片の慈悲もなく蛇の首を刎ねていった。
【斬心応剣】――それは『秘宝』ではなく『秘法』。ハルマにして『秘法』と名付けられた人智を超えた至高の術理。
それは剣とその持ち主の心を繋ぎ、また剣に自ら動く力を与えるスキルだ。
一旦スキルが発動してしまえば、術者の「斬る」という思考に応じて、剣は自律的に目標を目掛けて宙を舞い、そして切り裂く。
習得した瞬間にハルマの内在魔力の99パーセントを喰らい尽くしたという、ある種呪われた『秘法』ではあったが、その名に恥じぬ働きで、これまで何度もハルマのピンチを救ってきている。
――そしてそれは今回も例外ではなかった。
「あっという間に片がついたね」
「リルナリルナ大晶窟にしろ、この寺院にしろ、狭くて使ってやれる場所がなかったもんですからね。久々に大暴れさせてやりましたよ」
なかば呆れ気味のジンの言葉に、ハルマはそう返す。
剣はその身に付いた血糊を振り払うと、勝手にハルマの腰の後ろの鞘に戻った。
二人の目の前に、すでに生きた蛇はいない。
その死骸が、左右の壁側に山のように積まれているだけだ。
「出口を探さないとね。とりあえず蛇がやってきた方向に行ってみようと思うんだけど」
「サー! 異論はありません、ジン曹長!」
ビシッと敬礼をしてから、ハルマはジンの後ろを付いていった。
◇ ◇ ◇
「扉だね。これは仕掛け……だよね」
「扉ですね。これは間違いなく仕掛けがありますわ、はい」
ハルマとジンは扉の前にいた。
蛇の大群に襲われた空間を抜け、寺院の内部に戻り、しばらく進んだところだった。
目の前の扉には円形のレリーフが嵌め込まれている。
触ってみると、それは回転するように動かすことが出来た。
「多分だけど、こう……かな?」
ジンはそう言いながらレリーフを動かす。
レリーフの数は全部で三つ。「双頭の蛇が彫られた物」「二羽の鷲が彫られた物」「王冠を載せた男と長衣を着た老人が彫られた物」の三つだ。
それら三つで三角形を描くようにレリーフは並んでおり、ジンはそれらを回転させることで互いの視線が向き合うようにする。
「これで『矯めつ眇めつ顔を見合った』ことになるのかなぁ?」
「いやー、ジンさん。これじゃ、あまりにも簡単すぎですって」
そう言って笑うハルマの耳に、カリカリと何かが擦れるような音が届いた。
その音はやがて質を変え、ゴゴゴと腹に響く低音となる。
そして警戒感を高める二人の前で、扉は左右に割れるようにして開いた。
「えっと……最後の謎解きは、簡単だったね」
「……ええ、ちょっと拍子抜けしましたけど、これならユリカにも解けますね」
二人は苦笑いを浮かべながら顔を見合わせ、その後に扉の向こう側へと視線を向ける。
そして二人は、同時に部屋の中へと足を踏み入れるのだった。




