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『悪魔が来りて』 11 雷神降臨

気がついたら初めてのバトル回……。


※9月26日 編集追記 後半、ユリカが胸の谷間にタオルを突っこむシーン、というか本を確認するシーンと、その後のセリフを追加しました。

「ハルマー! ジンさーん!」


 ユリカは大声で呼びかける。

 しかし、その叫びに返事を返す者はいない。

 ただ目の前で崩れ落ちた通路が、時折りパラパラと音を響かせるだけだった。


「ハルマぁ……ジンさん……」


 いつのまにか、自分の頬に熱いものが流れていることにユリカは気付く。

 保身の気持ちからでも、一人という心細さから生まれたものでもない。

 ただただ二人の無事を祈る気持ちが、涙となって溢れ出てしまっただけだ。


 ――だからその涙は、すぐに涸れた。


 ユリカは知っているのだ。

 ジンも、ハルマも、決してやわな奴らじゃないということを。


 きっと二人は無事でいる。

 自分が無事を祈らなくとも、きっと二人は自力で窮地を脱することだろう。

 そう思った時には、すでに涙は勝手に止まっていた。


「二人とも絶対に大丈夫。落とし穴に落ちようがなにしようが、きっと秘宝を目指すはずだもん」


 だから進もう。

 目指す先で、きっと彼らに出会えるのだから。


 そうしてユリカは前を見据えて歩き出す。

 その瞳と二本の足に、燃えるような決意をみなぎらせて……。




 ◇ ◇ ◇


「長いなぁ、この廊下」


 十字路を後にしたユリカは、かれこれ三十分ほど歩き続けていた。

 その間に分かれ道などはなく、通路はほぼまっすぐだったはずだ。

 土中に埋まっていたため、その全容を見ることは叶わなかったが、どうやらこの寺院は相当巨大なものであるらしい。


 そんな長い通路を歩く間に、ユリカは一つの事実に気がついていた。

 そのおかげでユリカの精神は、今はだいぶ落ち着きを取り戻している。


 ユリカが気付いた事実というのは「灯火の魔術」のことだ。

 ユリカの頭上で現在も光り輝いている魔術の光。それはジンという術者の生存を意味していた。


 魔術というのは供給される魔力があってこそ、その効果を発することが出来る。

 つまり術者の死などによって魔力の供給が断たれるようなことがあれば、そこで効果は雲散霧消してしまうのだ。

 つまり、ジンが灯した魔術の光が消えない限り、彼の生存はほぼ約束されたようなものだったのである。


 一人になったユリカが諸々の事実に気付いたのは、寺院の内部に侵入する際のジンの言葉を思い出した時だった。


『ランプの火に注意しよう』『火が消えるようなら酸素は自分で確保すること』


 この言葉を思い出して、自分のランプを袋から出そうとした際に、ユリカは気付いたのだ。

 ランプを出さずとも、すでに自分の周りが明るいことにだ。


 頭上を見上げ、煌々と光る「灯火の魔術」を確認したことで、ユリカはジンの生存を確信した。

 そんなわけで、すでに今のユリカは心の平穏を取り戻している。


「ランプの火は――うん。正常、正常っと。酸素はちゃんとあるね」


 ランプ自体は酸素の有無を確かめるものであったから、そのまま火を付けて自分の前方に掲げている。

 相変わらずハルマの無事は確認できないユリカであったが、なんとなくアイツは死にそうにないな、という気持ちが彼女の心を満たしていた。




「階段はっけーん!」


 一人通路を進んできたユリカの前に、地下へと伸びる階段が姿を現した。

 長い年月の果てに地中に埋まってしまっていた『ジョモ・ナーゼラム寺院』であったが、元々も地下構造物を備えた寺院であったらしい。


「目指す先が地下なら、落っこちちゃった二人にもすぐ会えるよ!」


 ユリカはそう言って自分に気合を入れた。

 螺旋構造になっている階段を一歩一歩下りていき、地下階へと足を踏み入れる。

 

 そこには扉があった。

 ユリカは用心しながら扉を開ける。


 開けた瞬間、生臭い匂いが鼻をついた。

 なにかがいる。ユリカはそう確信して身構える。


 扉の先にあった部屋は広く、そして天井も高かった。灯火の魔術が部屋の三分の一も照らすことが出来ないほどだ。

 何者かの気配は、部屋の奥の暗がりから漂ってきていた。

 四方に目をやりながら、ファイティングポーズのままでユリカは進む。


「化け物? ……いや、悪魔とかってやつ?」


 刹那、ユリカのいた場所を猛スピードでなにかが通りすぎた。

 とっさに上空へと跳躍し、ユリカは難を逃れる。

 手放してしまったランプが地面に落ち、カシャンと音を立てて転がった。


 跳躍した先の天井を蹴り、部屋の隅に着地する。

 なにかが通りすぎた場所の床石は、バラバラに砕け散っていた。


 それがなにかは分からない。

 しかし確実に敵意をもった何者かが、この部屋の中にいる。


 ユリカはその何者かに向けて言い放った。


「……今さ、ユリカは大切な人達を探してんの……」


 だから――


「――邪魔しないで!!」


 ユリカの叫びとともに、彼女の両拳が紫電しでんを纏った。

 それはバチバチと雷光をほとばしらせながら、周囲を一段と明らかにする。


 部屋からは暗闇が取り除かれ、ユリカを襲った者の正体が露わになった。

 それは大蛇だ。鎌首をもたげ、真っ赤な舌を覗かせている。


 その身は樽のように太い大蛇。バランスを考えると、身の丈は二十メートルを優に超えるかもしれない。元の世界ではちょっとあり得ないサイズだ。

 蛇の名を冠したこの寺院の、それはあるいは守り神のような存在なのかもしれなかった。


 しかし今のユリカにとって、それはただの邪魔者に過ぎない。


「たとえ守り神でも、どいてもらうんだからっ!」


 ユリカは地を蹴った。

 その瞬間、軸足の裏にあった石の床がえぐれ、後方に弾け飛んだ。

 石のつぶてが部屋の壁に当たり、バチリと破砕音を奏でる。


 その破砕音が響いたのとほぼ同時、雷光を轟かせながら、ユリカの右フックが大蛇の横っ面を捉えた。

 

 ゴキン! という音を響かせ、大蛇の下顎したあごが真横にズレた。

 振りぬいた右拳の勢いをそのままに、ユリカは自分の下半身を一気に加速させ回転させる。


 ウインドミル――まるで風車のように回る両足を見たハルマが、そう名付けたユリカの足技スキル。その凶悪な足技が、追撃の矛先を大蛇に向けた。

 風車の羽根の先――ユリカの左足踵かかとが、大蛇の牙と接触する。


 瞬間、パキンとやけに綺麗な音を奏で、牙は根本からへし折れた。猛回転するユリカの下半身は、さらにオマケのもう一発を大蛇に食らわせる。


 ピンと伸ばされた右足は大蛇の下顎にクリーンヒットし、それを吹き飛ばす。

 哀れ顔面の下半分を失った大蛇は、そこから大輪の血の華を咲かせた。


 それでもユリカの回転は止まらず、着地と同時に石床を削り取る。辺りにホコリが舞い散り、そしてそれはすぐにユリカが生み出した風圧で吹き飛ばされた。


 電光から香るオゾン臭に混じり、ブーツの底が焦げる匂いが辺りに漂う。

 そしてその匂いもすぐに消えた。

 大蛇が撒き散らす血飛沫の濃密な香りが、それ以外の存在を許さなかったからだ。


「これで――終わりっ!!」


 力なく頭を垂れた大蛇の直上。その数メートル上の天井にユリカの姿があった。

 頭を下にし、両足を天井に着け、弓を引き絞る狩人のように、その右拳に力を貯めていた。


 ――紫電一閃――


 ユリカの両足が天井を蹴り、雷光を纏った拳が大蛇の頭に振り下ろされる。

 その姿はまさに稲妻だった。


 石の床ごと大蛇の頭蓋を粉砕し、飛び散る破片を雷光が焼き尽くす。

 一瞬の速攻を仕掛けたユリカの動きは、そこでようやく止まった。

 流れるような連撃の全ては、ユリカが床を蹴ってから、わずか十秒足らずの間に行われたことだった。


 一仕事終えたー、とでも言うかのように爽やかな顔をする“雷神”は、その大きな胸をたゆんと揺らして額の汗を拭う。


「あっついよー。雷神モードって便利だけど、身体が火照っちゃうからイヤ」


 ユリカはそう言いながら袋の中に手を伸ばした。

 パイル地になった布、つまりはタオルを取り出して、身体を拭いていく。

 

「本も確認しておこっかな」


 胸の谷間にできた小さな池。そこにタオル持った手を突っ込みながら、袋から本を取り出す。

 ハルマから事あるごとに『イベントっぽいことをこなしたら、本に記述が追加されてないか確認すること』と言われていたからだ。

 

「……光ってる」


 本は仄かな光を放っていた。

 つまりは自分か仲間の誰かが、クエストの更新に成功した証だ。

 ユリカは流行る気持ちを抑えながら、本のページを捲った。




 ◇ ◇ ◇


「むーーー! 分かんない!」


 ユリカは新たな扉の前にいた。

 レリーフが嵌め込まれた大きな扉だ。そのレリーフはどうやら可動式になっているらしい。


 いかにも何かがありそうな……というより、確実に仕掛けが存在するのであろうその扉の前で、ユリカは紫電を腕に纏わせる。

 大蛇を瞬殺したテンションそのままに、彼女はここまで辿り着いてしまっていたのだ。


 立ちふさがる障壁は全てぶち壊して進んでやる。

 ユリカの瞳がそう声高に叫び、そして――


 一撃。

 木っ端微塵に粉砕された扉を跨いで、ユリカは部屋の中に身体を滑りこませた。


「礼拝堂……なのかな?」


 そこは大きな長方形の部屋になっているようだった。

 奥行きがあり、ユリカの頭上で輝く「灯火の魔術」では、部屋の中程・・までしか照らすことが出来なかった。


「あれ? えっと……」


 最奥には翼を持つ蛇の像が祀られているのが見える。

 それは“蛇”というよりむしろ“竜”のような姿をしていた。


「……光が」


 ユリカの頭上で輝く光は、部屋の中程・・までにしか届いてはいない。

 しかし、まるでスポットライトを当てられたかのように、部屋の最奥さいおうまつられる像が、ユリカの視界の中に浮かんでいた。

 だからこそユリカは、ここは礼拝堂のようであるな、と感じることができたのだ。


「……やあ、遅かったね」


 涼やかな声がした。


「心配はしてたんだよ。本当に……」


 この声が誰のものかなんて、すぐに分かる。


「ほら、あっちにも扉が見えるだろ。僕らは別ルートでここまで辿り着いたんだ」


 最初は像に気を取られていて気付かなかったが、そのそばには人影が立っていた。

 その人影は、困ったような笑顔を浮かべていた。


「ユリカちゃん、力技もいいけど……。一応そっちの扉にもギミックがあったはずだよ」


 苦笑しながら、その人影――ジンがそう呟いた。


「えっと、あ……ゴメン。……っあの、秘宝……手に入れることができたんだよ……ね。えっと……本に新しい記述が浮かんだの、見た――っと、それより!」


 しどろもどろになりながら、ユリカは言う。


「……ジンさん。その、足下にいるの……誰、なの……かな?」


 自分の声が震えていることに、ユリカは気付いていなかった。

 胸の奥底から、名状しがたい感情の渦が巻き起こり、彼女の心を掻き乱していたからだ。


「……えっと、それ……」


 相変わらず困ったような笑顔で立ち尽くすジンの足下に――


「ああ……ハルマ君だよ」


 ――血溜まりの中に倒れ伏したハルマが……いた。


 テンポが悪いよとか、描写が分かりにくい場所など、読まれている方の視点でのご感想を頂ければと思います。(書く方は頭の中にイメージがあるもので、どうしても描写を飛ばしてしまうんですよね)


 今後とも楽しくお読み頂ければ幸いです。

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