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『悪魔が来りて』 10 ラッキースケベは今君に輝く

「マジで罠に掛かるなよな。……俺がフラグ立てたせいだって思われんだろが」


 落とし穴。その穴の中で、ユリカはぷらりぷらりと揺れていた。

 自分の身体に縄が巻き付いているのが分かる。


 胸の下側を通り、両脇を抜けて、背中のほうにまで回された一本のロープ。

 見上げると、そのロープの先を握るハルマの呆れ顔が見えた。




 ユリカが落とし穴の中でぷらぷらと揺れるに至ったのは、ほんの少し前のことだ。

 悪魔の視線を後ろに受けながら寺院内の迷路を進んできたユリカ達は、大広間に辿り着いていた。


 その大広間に足を踏み入れてから十数歩ほど進んだ時のことだ。

 突然足下が崩れ落ち、先頭を歩いていたユリカは避ける間もなく穴へと落ちた。


 落ちる瞬間、ユリカは振り返って仲間達を見る。

 手を伸ばそうにも届かない距離にいることが、ユリカには一瞬で分かった。

 落ちようとするユリカの目に映ったのは、ハルマが腰に括りつけておいた縄に手を伸ばすところだけだった。


 足下の接地感が完全に消え失せ、身体が自由落下を始めたのが分かる。

 内臓が上に持ち上がるような気分がしたのとほぼ同時に、なにかに胸を絞めつけられる感覚がユリカを襲った。


 それはハルマがとっさに投げた、鈎付きの投げ縄だった。

 その縄に助けられ、それと同時に下乳の部分をぎゅうぎゅうと絞めつけられていることを、ユリカは悟った。

 

 落とし穴の中でぷらぷらと揺れながら、ユリカは反省する。

 はあ、またお馬鹿なところを見せてしまった……と。



   

「痛い! 痛い! 縄! おっぱいに食い込んでる!」


「我慢しろ」


「我慢する! けど、もうちょっとゆっくりぃ!」


 その豊満すぎるサイズが災いし、ユリカの胸のスライムは、ぎちぎちと縄に絞められスリップダメージを受け続ける。

 ようやく引っ張りあげてもらった頃には、服をまくって見なくとも、あとが残っているであろうことが分かるほどにズキズキと痛んでいた。


「うぅぅ。ありがとう、ハルマ」


 乙女のセンシティブな部分を襲う痛みに、若干涙目になりながらもユリカは礼を述べた。

 たとえ相手が「超ドSクソ餓鬼スケベ変態ロリコン性犯罪バカ」であっても、助けてもらったことにちゃんと恩は感じるし、礼を言うだけの素直さはある。


「気をつけろよな。ホラ、これ塗っとけ」


 ハルマが塗り薬の瓶を投げてきた。

 そしてユリカがそれを受け取ったのを見届けると、男二人は背を向ける。

 

 すぐに上着をまくって、ブラジャーを外し、胸のスライムを目視確認する。「やっぱりあざになってるぅ」と泣き言を呟きながら、ユリカは腫れ止めの軟膏を乳房に塗りつけた。


「で、ジンさん。このトラップの避け方は?」


「ハルマ君的にはどうなんだい?」


 ユリカに背を向けながら、男二人はトラップの攻略法を模索していた。

 そんな彼らに向けて、ユリカはブラジャーを付け直しながら話しかける。


「アタシ分かった。……多分だけど」


「マジか!?」


 ユリカの言葉にハルマが振り向く。


「ちょっと! まだ服着てない!」


「! わりぃ!」


 見られた。少なくとも片一方のオッパイは……。

 ユリカはそう思う。


 この世界に迷いこんでから二年の月日が経つ。

 異世界に迷い込んだ際に身に付けていたブラは、もうボロボロになりかけていた。

 しかも、まだ成長する気まんまんのユリカの胸には、すでにサイズが根本から合っていない。


 だからユリカは現在、この世界産の、布を丁寧に縫い合わせたものをブラとして使っている。

 それは身に付けるのに多少の手間が掛かるのだ。身に付け方も普通のブラとは違う。

 ハルマが振り向いた時は、ちょうどその布が、片一方の乳房を覆ったところだった。


 もう片一方はといえば、そこにできた鮮やかな朱の痕と共に、寺院の空気の中に晒されているところだったのである……。 




 ◇ ◇ ◇


「いやー、ユリカは天才だな。俺なんて全然気付かなかったもん」


「そうだね。下に落とし穴が掘ってある床だけ音が違うなんて、僕も気が付かなかった」


 そう言ってハルマとジンが、落ち込むユリカの機嫌をとろうとする。

 三人は今、落とし穴の大広間を抜け、さらに寺院の奥へと足を進めているところだった。


「ゴメンって。ほんとにさっきは悪かったって思ってる。……だから拗ねちゃまモードはもう終わりにしませんかユリカ様」


「拗ねてなんかないもん」


「それにさ、マジでユリカも頭イイところがあるなって思ってんだぜ。『囁く声が聞こえても、耳を傾けることはしないほうがいい』。この記述の意味に、あそこで気が付くのはたいしたもんだって」


「ハルマ君の言う通りだね。それに『落とし穴から吹き上げる風のせいか、床の隙間から変な音がする』なんてユリカちゃんに言われても、僕にはその微妙な音は聞き取れなかったし。さすが元吹奏楽部、すごい才能だよ」


 二人からそう言われて、嬉しいという気持ちはもちろんある。

 しかし、その前の衝撃アクシデントの傷は、そう簡単には癒えない。


「最初から怒ってなんてないもん。ちょっとショックから立ち直れないだけだもん」


 乙女の柔肌の価値は、世の男性が思うよりずっと重いのだ。

 けれど、そろそろポロリのショックから立ち直ったほうがいいのも事実だった。


「はぁ、過ぎたことはしょうがないし……。ハルマ、さっき見たことは忘れなさいよね」


 そう言うユリカの目の前で、ハルマはコクコクと頷く。

 自分もすっぱり忘れてしまうべきなのだ。それがいい。そうするべきだ、とユリカは思う。


「じゃあ、さっそく次の問題に取り掛かりましょ」


 そう言ってユリカは前方を指さした。

 そこには十字路があった。


 さらに奥へと進むのならば、道を選ばなければならない。

 今歩いている道を除けば、選択肢は三つ。


 そのまま正面の道を進むか、左右どちらかの道に折れるか、だ。

 寺院に入ってから最初に出会った分かれ道と状況は似ている。

 ただ決定的に違ったのは――


「悪魔さまが見てる式ナビシステムには、もう頼れないってことか」


 ――その先の通路には柱がなかった。


 つまり、悪魔=鷲の像の視線を頼りに正解のルートを模索することは、不可能になっていたのである。




 ◇ ◇ ◇


 ユリカ達三人は、十字の分かれ道で頭を悩ませていた。

 かれこれ二十分ほど、ここで足止めをくらっている。


「他の手がかりはない……のかな?」


 ジンのその声に、ユリカは本を取り出して記述を眺める。


『疑念に囚われるようなことがあれば、互いに手を取り合うことだ。矯めつ眇めつ顔を見合った方がいい。

 あなたの元から悪魔は去ることを、わたしは祈る――』


 残る二行の記述を見ても、今のところ有効なヒントを見出すことは出来なかった。


「新しい記述が浮かんでこなきゃ、あとこれだけだもんな。秘宝の在処が近くなってきてるって考えたら、良い知らせなんだろうけどさー」


 正面の通路、そのだいぶ先を調べながらハルマはそう叫ぶ。

 すでに大声を出さないと聞こえないくらいに離れた場所をハルマは調査していた。


「やっぱりさー、この十字路の真ん中で三人の手をつなぐんじゃない?」


「さっき試しただろ。ジロジロとお互いの顔を見合わせながら十分も。ぜってー違うって…………おろ?」


 ユリカの問い掛けに、ハルマがそう言って応じた時のことだ。

 正面の通路の先を調べていたハルマが、急におかしな声を上げた。

 そして彼は、ユリカとジンを呼んだ。


「ここ。……壁に蛇と鷲の戦いが描かれてる。鷲の視線は、道の奥とは逆側の方向を向いてる風に見えなくもない」


「よく見つけたね、ハルマ。じゃあ、この道は不正解ってことかな?」


「分かんねぇ。他の道がどうなってるかってのもあるし、この道ももう少し調べないと……」


「じゃあ、僕は右の通路を調べてくるよ」


 ジンはそう言って、右側に折れる通路を調査しにいくようだった。

 ユリカもそれとは反対側、左側の通路を調べることにする。


「気をつけろよ」


 ユリカの背中に、そんなハルマの声が掛かった。

 ユリカは無言で親指を立て、それに返事をする。


 ユリカは左側の通路に来ると、壁になにか描かれていないかを探した。

 当然のことながら、床や天井、そしてトラップに注意を払いながらだ。


「あ、絵が彫られてる。えっと、鷲は通路の奥を見てる……ってことは。やった! こっちが正解なのかも!」


 ユリカは自分の発見に喜び、それを二人に知らせようと思った。

 半ば駆け足で来た道を戻る。十字の分かれ道まであと数メートル。

 その時だった。


「この音!」


 ジンとハルマがいる方向から奇妙な音が聞こえた。

 それは先程の、落とし穴のあった大広間で聞いた音に似ていた。


「ハルマっ! ジンさんっ!」


 危ない! と言おうとした瞬間だった。

 ユリカの見る前で、二人のいる通路の床が崩壊した。


「ダメーーーーーー!!」


 ユリカの悲痛な叫びを飲み込みながら、二つの通路は轟音を立てて崩れ落ちたのだった。


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