『悪魔が来りて』 9 悪魔さまが見てる
その時ユリカは、目の前の少年をじっと観察していた。
溝の底へと降りたユリカ達を、寺院の入口と思しき扉の前まで案内した少年のことをだ。
裏切り者の出現を示唆しているこのクエスト。
短い時間でも離れて行動した人間がいれば、その人間が本物であるかを疑わなければならない。
だいたい「うらぎりこぞう」なる存在の出現を予言したのはハルマなのだ。
ユリカは自分が納得するまで、目の前のハルマ(仮)の手を放すつもりはなかった。
「おい、ユリカ。もういいだろー、なー。……とりあえずさー、手を離せってー」
「ダメ。ぜぇーーーったいに、ダメ」
ユリカは、自称ハルマの手を両手でがっちり掴むと、下からなめるような視線でもってその顔を観察する。
「お前の上目遣いな表情なんて見ても、全然ご褒美になんねーぞ」
「なんでアタシが、アンタにご褒美上げなきゃなんないのよっ! いいから黙って調べられなさいよ!」
ユリカから見ると、その少年は少しだけ身長が高い。
だから、自然と上目遣いな姿勢になってしまうのだ。
右側から、そして左側から……あらゆる角度からじっくりと、目の前の少年の顔を矯めつ眇めつ目を皿のようにして見つめる。
「悪かったって、このクエストでは単独行動するべきじゃなかった。反省してる。……なー、だからもういいだろ。つーかさ、俺が本物じゃないかどうかなんて本を――」
「アンタは黙ってて! 今は本の記述が正しいのかどうか試してるんだから! えっと、たべつすなめつアンタを観察してんのよ!」
見上げると、たしかにハルマ(っぽい奴)の表情はちゃんと反省しているように見えた。
しかし、それが「悪魔」の演技ではないとは、ユリカには判断がつかなかった。
「お前、上から見てると胸チラしまくりだぞ。もうちょっと首回りのゆるくない服をだなぁ――んがはぁっ!」
一閃。ハルマ(仮)の鳩尾めがけてボディフックをいれる。
拳闘士であるユリカの本気のパンチを受けて、ハルマ(仮)がすっ飛んでいった。
数メートル先、2バウンドしてからそれは止まった。
「最っ低! 変態バカ! ……でもそのおかげで、アンタが本物だって六割は信じられるわ」
そのセリフを受けて、数メートル先で悶絶しているハルマ(六割本物)が、息も絶えだえになりながら言葉を返す。
「……なん、で……六割、なん……だ、よ……」
「本物のハルマは、ロリコン・変態・バカの三要素で構成されてるはずでしょ。変態とバカは確認できたから、とりあえず半分以上は信じてあげる」
ふんっ! と顔を背けるようにした後で、ハルマに向けて回復薬を投げてやる。
痛み止めにもなるし、少しは内出血を抑えることができるだろう。
「さて、夫婦ゲンカはこれで終わりかな?」
無言で見守っていたジンが言った。
「ふ、夫婦じゃありませんっ!」
「そーだぜジンさん! 俺の未来のお嫁さんは、永遠のロリっ娘って決めてんだ!」
ユリカはすぐに反論する。
ハルマ(唾棄すべき存在)も、世迷い言をほざきながら反論した。
「……アンタ本物だわ。ドスケベ超変態ロリコン性犯罪バカ」
「構成要素が増えてるんですけど!」
「とにかくここが入口だね。さっ、入るよ」
ふぅっ、と溜息を吐きながらジンは入口に向かって歩を進めた。
寺院の中は思いの外キレイだった。
まだ扉の外側からしか覗いてはいないのだが、ホコリが堆積している以外は、とても遥か昔の遺跡とは思えないほどだ。
「ハルマ君、この扉は……」
「ああ、閉まってたのが急に開いたんだよ。俺が扉の目の前に立った瞬間にさ」
「それまでは密閉されてたってわけね」
「まぁ、多分な。調べられた範囲じゃ、ここ以外は窓一つない石壁に覆われてたから」
この遺跡は、どうやら直方体に近い形の、大きな箱のような形状をしているようだ。
扉だけが唯一の出入り口で、土の中に埋まってからは、ほぼ密閉されているような状態になっていたらしい。
「それでもここまでキレイに遺るものなのかな? 状態を維持したり、保存する魔術が効いているのかも」
ジンはそう言いながらランプを取り出した。
油の中に芯が立っており簡素なガラスの風防が付いただけのシンプルな物だ。それに火をつけ、前方の空間に浮かせる。
物体浮遊の魔術だ。この程度であれば、ジンは術具も魔導器も使用せずに行使することができた。
「《導く光よ、灯火よ。照らせ、美しきこの世界を》」
そして、ジンはランプの火とは別に、灯火の魔術でもって生み出した三つの光源を、各々の頭上に浮かべるように設置する。
灯火の魔術は最低ランクに位置する魔術だけあって、先程の泥津波を発生させた時と比べると、極めてシンプルな呪文の詠唱で済んでいた。
ただ、遠隔式で自律的に対象を追尾する魔導の灯火を三つ維持し続けるというのは、ある程度魔術士自身のセンスが要求される魔術ではある。
「前方のランプの火が弱まったりしたら注意しよう。そうなった時は各々で酸素を確保すること。二人とも用意はちゃんとしてきてるよね」
ユリカはこくりと頷く。隣のハルマもだ。
「じゃあ、行くよ」
そして三人は『ジョモ・ナーゼラム寺院』へと足を踏み入れた。
すぐ前方に広がるのは、寺院の奥へと続く通路だ。
人が五人くらい手を繋いでも歩けるくらいの横幅がある。
ただ、その通路のまんなかには太い石柱が立っていた。
「柱が邪魔になって長物の武器は使い辛そうだね。二人とも戦闘になった場合は注意して」
「アタシはパンチとキックだからいいけど……。ハルマ、アンタは使う武器をよく考えなさいよ」
「へいへい。お前も柱の影からの奇襲には気をつけろよ」
互いに注意喚起をし合いながら、三人は寺院の奥へと歩を進めた。
◇ ◇ ◇
「ハルマ、ここで重大発表をさせていただきます!」
突然ハルマが声を上げた。
それは寺院の中にある、小さなホールのような空間を調査している時だった。
入口から続く通路を直進してきたところ、三人は初めての分かれ道と出会った。
そこは十字路が交わるホールのような空間になっており、探索を進めるのであれば、来た方向を除く、直進、左、右のいずれかの道を選ばなくてはならなかった。
この『ジョモ・ナーゼラム寺院』が「迷宮構造のダンジョン」になっているのかは定かでない。
しかし経験的に三人は、その可能性が高いだろうな、という話はしていた。
だからこの小ホールになっている空間を、少しの間調査していたのだ。
三本に分かれた道のどれが正解なのか、それを調べるために。
ハルマが「重大発表」と叫んだのは、その調査が始まってわりとすぐのことだった。
「え~、ご乗車のみなさま~、右手の方向をご覧くださいませ~。正解のルートは~こちらとなっておりま~す」
……沈黙。
ハルマのバスガイド風ナビゲートに対し、ユリカは何も言葉を返してあげない。
ジンも、なにか驚く物を見るような顔でハルマを見つめるだけだ。
みるまにハルマの顔が赤くなり、冷や汗のようなものまで流し始める。
スベったな、コイツ。ユリカはそう思った。
「で、なに。なんで分かるの?」
仕方ない。救いの手を差し伸べてやることにする。
固まったままのハルマに対し、ユリカはそう質問してやった。
「あ、えっとですね。……あの、柱のですね、悪魔の像が見る方向がですね、右側の通路だけちがうんですヨ……」
言われてユリカは通路に立つ柱に目をやった。
通路のまんなかに等間隔に立つ柱には、一本につき一体、二種類の動物の像が彫られていた。
一本の柱には蛇の像が彫られている。
そしてもう一本の柱には鷲や鷹のような、猛禽類をかたどったと思しき像が彫られていた。
“蛇が彫られた柱”と“鳥が彫られた柱”は、向き合うような形で交互に配置されている。
それは寺院の入口から五十本以上が同じようにして続いていた。
「入口を入ってから俺達は、この“悪魔”の像に常に“背中”を見られてた」
ハルマはそう言って“鳥”の像を指さす。
来た道を振り返り、たしかにそうだ、とユリカは納得する。
ここに来るまで、三人は常に蛇の像と正対し、逆に鳥の像に背中を晒すようにして歩いてきていた。
「本の記述にあった『悪魔はすでにあなたの背後にいる』って部分は、正解のルートを示すヒントなんだと思う」
ふむふむ、とユリカはさらに納得の度合いを深めた。
と同時に、一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっと待ってよ。こっちの“鳥さん”の像が、なんで“悪魔”になるわけ?」
柱に彫られた像は、決して怪物然としたフォルムをしているわけではない。
普通に鳥の形をしている像だ。ただし猛禽に分類される鳥ではあるが……。
「そうか。この像は全部――鷲をかたどってる」
ジンはなにかに気付いたようだった。
「そうなんだよ、ジンさん。
このジョモ・ナーゼラム寺院は、その名の通り“蛇”を神として祭ってると思うんだ。
屋根にあった“蛇”の像はガーゴイルみたいに寺院を守護してて、
んでもって寺院の中では“鷲”と戦う“蛇”の姿が柱に彫られてる」
「猛禽類は蛇を食べる種も多い。ヘビクイワシ――なんて名前の鳥が元の世界にもいるしね」
そうか。“蛇”が神様なのだから、それを害する“鷲”は悪魔の側になるのか。
ユリカはそう納得する。
「実はさ、扉の外にあった廊下の柱も同じようになってたんだよね。
鷲が見てる方向に背を向けるようにして歩いてたら、扉を見つけられたもんだからさ、
もしかして寺院の中もそうなってんじゃねぇかなって思ってたんだよー」
ハルマは少し自慢気にそう語った。
ユリカは事の正否を確かめるために、正面に続く通路の柱を見る。
鷲の像と目が合った。――つまり、この道を行っても悪魔に背後から見られることはない。
左側の通路の柱を見る。
こちらでも鷲の像と目が合った。
最後に右側の通路の柱を見る。
見えたのは鷲の背中だった。この道を歩く場合、常に鷲の像に背中を晒すことになる。
本の記述にある『悪魔はすでにあなたの背後にいる』がヒントの一つであれば、右側の道が正解なのだろう。
「ふっふっふ、どうかなユリカくん。私の悪魔的頭脳が導き出したひらめきに、声も出ないようじゃないか」
ハルマは相変わらず自慢気に――というかドヤ顔でこちらを見ていた。
その憎たらしい表情を見て、ユリカの中に新たに疑惑が生まれてくる。
「アンタ、やっぱり偽物なんじゃないの? ハルマが頭良さそうなこと言うなんておかしい!」
ビシッと指さす格好で、ユリカはそう指摘する。
「いいだろ! 俺が頭良くっても!」
「それは違うよ!! ハルマが頭イイなんて絶対おかしい! あやしい!」
「人がせっかくゲーマー知識を振り絞ってやってんのに、イチャモンつけんな!」
「む~、ユリカだけ役に立ってない!」
ユリカは思わず手足をジタバタとさせてしまう。
役に立てないというのはこんなにも悔しいものなのか。
そんな思いがユリカの頭の中にあった。
「お前興奮しすぎだろ。一人称が昔に戻ってんぞ」
このままじゃあ自分だけがおバカキャラになってしまう。
それが悔しくてしょうがない。
「ユリカちゃん、ちょっと落ち着こう。ハルマ君が気づけたのは、
たまたま持ってた知識と、ゲーム的お約束を組み合わせた“男の子的発想”のおかげなんだよ。
女の子のユリカちゃんが気がつかないのも無理は無い。ねぇ、ハルマ君」
ジンはそう言ってなだめてくる。
「ん、そうっすね。一ゲーマーとして怪しい柱や像にはいつも注目してるし、鷲だの鷹だのの生態を調べたことがあるのは……まあ、男のロマンってやつですね」
ほらね、と言ってジンは微笑む。
「僕だって中学生の頃に鷹匠に憧れた時があって、鷲だの鷹だのが食べるものとか調べたことがあっただけなんだよ」
ジンは恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
そんな風に諭されると、モヤモヤする気持ちが少しはどこかにいった……気がする。
しょうがない。アタシはそんなに頭が良くない。
それは分かってる。
だからせめて別のことで役に立とう。
そう思ってユリカは右の通路へと足を踏み出す。
十字路に分かれた通路の中で、鳥の像に背を見せる形で歩いて行けるのはこっちだけだ。
「……先に行って罠とか踏むなよ、巨乳バカ」
背に掛けられた「超ドSクソ餓鬼スケベ変態ロリコン性犯罪バカ」の声は聞こえないフリをして、ユリカは慎重にその足を進めていった。
※9月24日 追記編集




