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『悪魔が来りて』 7 其は歴史に埋もれた寺院なり

「結論から言うと、ジョモ・ナーゼラム寺院はここに“埋まって”いる」


 ジンのもとへと駆けつけた瞬間、彼の口から衝撃の事実が飛び出した。


「埋まってる、って……えーと、土の中に?」


「うん。土の中に、だね。えーと、とりあえずここに座って」


 ユリカは言われた通りに座ってみる。

 視線が急に下がった。


「いいかい。あそこが石畳と土の境目になってるよね」


 たしかに、言われた通り石畳はその場所から始まっている。

 初めてここの石畳を見た時、遥か昔にはその上に寺院が建っていたのだろうか、と思いを巡らしたものだ。


「それでね……えーと、あっちの方向を見て」


 指差された方を見る。

 石畳が続いているだけのように見えた。


「んん? もしかして、ななめってねーか」


 隣で同じ姿勢をとっているハルマが言った。

 ななめってるって、なにが? と思いながらも、ユリカは石畳をもう一度見つめる。

 視線の先に続く石畳が……


「……あれ? ちょっと傾いてる? あっちの方向が高くなってるのかな? なんか盛り上がってるように見えるよ」


 ユリカは異常に気がついた。

 地面に敷かれた石畳は、ここから離れた方向にいくにしたがって、盛り上がるように傾斜がつけられているように見える。


「うん、そうなんだよ。僕らが石畳だと思っていた“アレ”には傾斜がつけられているんだ」


 座ったままの姿勢で、ユリカはジンを見上げた。

 石畳を指さして“アレ”というジン。彼は、その指さした石畳の方向へと歩いて行く。

 ユリカ達もハテナマークを浮かべながら、その後に続いた。


「ここを見て。ここが石畳と土の境目。それでこの部分をね……」


 ジンはそう言いながら、境目にある土を払うように手を動かす。

 すると、土の下からすぐに新たな石畳が姿を現した。


「これらは傾斜がつけられるようになっててさ、今はちょうどこの部分までが土に埋まっちゃってるんだ。だからこうやって土をどけてやると……ほら、どんどん出てくる」


 ほら、という顔でジンはこちらを見てくる。


「えっと、石畳の一部が土に埋まっちゃってて、だから境目はここじゃなくて……?」


「……ちがう」


 ハルマが急に声を上げた。

 その声にシリアスな響きが含まれていて、ユリカはちょっとびっくりする。


「石畳じゃなくて、コレは“屋根”だ。……そうでしょ? ミスターホームズ」


 前半はシリアスな声色で、後半は茶目っ気を含ませるかのような笑顔で、ハルマはそうジンに問いかけていた。


「ああ、僕も同じ考えだよ。ワトソン君」


 ハルマの茶目っ気に、ジンも付き合ってくれるようだった。

 そしてユリカは、今の二人のセリフに先程のジンの言葉を重ねあわせて、ようやく正解に辿り着いた。


「つまりアタシ達が“石畳”だって思ってたのが実は“屋根”で、寺院は土の下にすっぽり埋まっちゃってるってこと!?」


「だからジンさんが、始めっからそう言ってるだろ。これだから巨乳はバカとか言われるんだよ」


「きょ……って、アンタも分かってなかったじゃないっ! 変態ロリコン馬鹿っ!!」


 ハルマの子供のような悪口に対し、こっちもすぐに言い返す。

 しかし相手はノーダメージのようだった。ハルマの顔は涼しいままだ。

 ダメだ、相手にしてみれば「ロリコン」も「変態」も悪口にカテゴライズされる言葉ではないらしい。


「さ、二人共そこまでにして。喧嘩してる時間はないよ」


 パンパンと手を叩きながら、ジンが言った。

 そうされたらこれ以上ケンカはできない。

 ユリカは振り上げた拳を静かに下ろすしかできなかった。

 

 ……だってジンさん。たまに怖いんだもん。




「よく気付いたなー、ジンさん」


 隣にいるハルマがそう言った。

 ユリカ達は現在、本当の“境目”がある場所にいた。

 つまり、寺院の“屋根”が途切れている場所だ。

 それは幸いにも、元々の境目だと思っていた場所から数メートルしか離れていない場所だった。


 すでにその周辺を、深さ二メートルほど掘り返してみている。

 地面の下にはたしかに、巨大な構造物が眠っているようだった。


「隊長さんのおかげだよ。彼の言葉がヒントをくれた」


「隊長さんの言葉?」


「うん、憶えてないかな? 彼が言った『歴史に埋もれている』って言葉」


 ユリカは思い出す。一時間ほど前、調査隊の人達と交わした会話の中に、たしかにそんなセリフがあったことをだ。


『見事なほどに風化してしまった寺院跡です。あるいは歴史に埋もれてしまった遺跡と呼んでもいい』


「言ってた! たしかに隊長さん、そう言ってたよー!」


 顔中に無数の傷を刻んだ、いかついオジサンが言ったセリフ。

 その顔に似合わぬ情緒的、というかロマンチックな表現をするものだから、ユリカはそれをよく憶えていた。


「図らずともそれが大当たりだったってわけだね。このクエストのMVPは、間違いなく隊長さんだよ。

 彼の言葉がなければ、石畳の傾斜を見ても、それが屋根であるという発想には至らなかったと思う」


 ジンはいつものように謙遜しながら、涼やかに微笑む。

 彼の茶色いミディアムヘアーが、風に吹かれて揺れた。

 亜熱帯の生ぬるい風が、その時だけは気持ちのよい冷風のようにユリカには感じられた。


「さて、とにかく入口を探そうか」


 ジンは目を瞑り、静かに集中を始める。

 その手には、一本の短い杖が握られていた。


 彼が旅路の途中で手に入れたという、魔力を秘めた銀色の杖。

 魔導器まどうきと呼ばれる物の一つだ。

 それは『秘宝』ではないものの、魔術師であるジンのパートナーと言うべき存在だった。


 やがて銀色の杖は、その身から仄かな光を発し始めた。


「《は全なれど、其は一である》」


 ジンが呪文を唱え始める。杖を覆っていた光が、いっそう強さを増した。

 その光は魔導の力を秘め、目の前の大地に対し、理外の理を語り始める。


「《土塊つちくれは、水瓶みずがめを前にして隣人の手を放す。両手で抱えた水瓶の中身を飲み干し、お前は旅立ちの英気を養ったことだろう》」


 静かに見守るユリカの目の前で、ジンの持った杖から大量の水が生み出された。

 それは大地の中に、まるで飲み干されるようにして、染みこんでいく。


「《新たなる地で、新しきともがらを探すもいいだろう。一なるままで、世の果てを目指してみるのもいい》」


 目の前の現実はすでに変容を始めていた。

 固く引き締められた大地に染み込んだ水は、それをゆっくりと泥に変えていく。

 

 地面が振動し、液状化現象を引き起こしていた。

 そして泥の流れは、ゆっくりと動き始める。


「《在りし日のお前は、この地に留まる全であった。しかしすでに今は、壮途そうとについた一なる旅人》」


 目の前の地面が大きく揺れた。

 すでに泥の川へと変わったそれは、二つに割れるようにして左右に退いていく。


「《行けっ、旅人よ! 世界がお前を縛ることはない!》」


 その瞬間、ユリカの顔に影が落ちた。

 燦々と輝く陽の光を遮ったのは、泥流の津波だった。

 それは大きく立ち上がり、左右の方向へと轟々と流れていく。


 津波が去った後、そこには大地を穿った大きな溝が出来ていた。

 そして、その溝の底には『ジョモ・ナーゼラム寺院』が静かに佇んでいるのだった。





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