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『悪魔が来りて』 6 土下寝をすれば見えてくるものがある

※9月24日 追記編集


 エルドーラの街で一泊した明くる日の午前中、ユリカ達は廃墟となった寺院の近くにいた。


「ここが『ジョモ・ナーゼラム寺院』……なんだよね?」


「左様でございます。ただ、土地の人間に聞いても寺院の正確な名前は分かりませんでした。

 どうも、名もなき遺跡として存在だけは知られていた場所のようです」


 ユリカの呟きに応じたのは、先遣調査隊の隊長だった。


「寺院……跡だな。見事なまでになんもねぇ」


「そうでもないよ、ハルマ君。ここからでも、いくつかモニュメントが残っているのが見える。ほらほら、あそこ」


 ジンはそう言ってハルマの肩をポンと叩き、そして遺跡の一点を指さした。

 つられるようにしてユリカもその方向を見る。


 確かに何がしかの像のような物が見える。

 ただそれ以外は、土の間から覗くわずかな石畳を目にすることが出来るくらいだった。


「見事なほどに風化してしまった寺院跡です。あるいは歴史に埋もれてしまった遺跡と呼んでもいい。

 我々も、運良くあれらの像を見つけることができたがために、ここが目的地であるのだろうと愚考するに至りました。

 あれらの像は、アストラルダ様から賜りました“蛇”を探せ、とのお言葉に合致する遺物です。

 後ほど近くでご覧いただければお分かりになるかと」


 隊長の言葉に、ユリカ達は頷く。

 そして一行は、もう少し寺院跡に近付くべく足を進めた。




「さて、我々の仕事はここまでです。ここから先は皆様方にお任せいたします」


 寺院の石畳を目の前にして、隊長はそう言った。


「ほんとーに、ほんとーに、ありがとうございました」


 隊長の言葉に対して、ユリカは丁寧に礼を返す。

 情報の秘匿の観点から、調査隊に対してアストラルダが与えた情報は最低限のものだったはずだ。

 また、無闇に聞き込みをして怪しまれるわけにはいかない中で、それでも彼らはほとんど最高の調査結果をもたらしてくれたのだ。

 本当に心から頭を下がる想いだった。


「本当にありがとうございました。アストラルダさんにもよろしくお伝え下さい。ここが目的地で間違いないみたいですから」


 ほら、と言ってジンはハルマが手に持っていた本を指さした。

 淡く光り輝くそれは、新たな記述が本になされた証拠だった。


「それは良かった。これでアストラルダ様に胸を張って報告が出来ます」


 隊長はそう言って男臭い笑みを浮かべる。


「我々は本の中身まで見るわけにいきませんからな。皆様の調査が終わるまで、少し離れた所で待機しております」


 ではご武運を。そう言い残して調査隊の面々は寺院跡から去っていった。

 隊員たちを見送った後、ユリカは自分の本を荷物入れから取り出して、それを開いた。


『悪魔が来りて:ジョモ・ナーゼラム寺院――推奨レベル25以上

 東西を結ぶ血の管、新しき血が流れるその始まり……。

 様々な顔を持つ人々が行き交う道の外れに、あなたは破れ寺を見つける。

 そこに足を踏み入れるのであれば、よく知る者と轡を並べて行くことだ。

 ただし二人きりは良くない。三人がいい。裏切り者は常に半数を超えないのだから。

 心を許してはいけない。彼らは何処にでも潜むものだ。

 それが、あなたのよく知る者の中ではないとは限らない。


 あなたは、ジョモ・ナーゼラムと呼ばれていた寺院に辿り着いた。

 古き日の面影はすでに無く、その役割や、名前すらも人々の頭からは忘れ去られている。

 しかし、ここは紛れも無く寺院なのだ。あなたも頭を垂れていくべきだろう。

 気をつけた方がいい。悪魔はすでにあなたの背後にいる。

 囁く声が聞こえても、耳を傾けることはしない方がいい。

 疑念に囚われるようなことがあれば、互いに手を取り合うことだ。矯めつ眇めつ顔を見合った方がいい。

 あなたの元から悪魔は去ることを、わたしは祈る――』


 確かに記述が増えている。

 思わずユリカは両隣にいる二人の顔を見た。

 ハルマとジンがコクンと頷きを返してくる。


「まっ、ここで間違いないんだろーな」


「とりあえず近くまで行ってみようか」


 そして三人は寺院のあったであろう方向へと歩いていった。




 ◇ ◇ ◇


「うーん、蛇……だな。うん、たしかに蛇だコレ」


 本の記述を眺めるユリカの足下で、ハルマはそう呟いた。

 三人は今、風化しかかっているモニュメントの前にいた。


「土汚れを落とす前は、一見しても分からなかったけどね」


 ジンはそう言いながら、ユリカが持った本に視線を這わせていた。

 モニュメントに付着した土汚れを触ったため、ジンの手は泥だらけになっている。

 とてもじゃないが、その手で大切な本は触れないのだろう――ユリカはそう思う。

 ジンの端正な横顔を眺めながら、ユリカはじっと書見台の役目を務めていた。


 モニュメント。それはたしかに“蛇”の形をした石像であった。

 石畳の上に置かれたそれは、鎌首を持ち上げた姿勢で辺りを睥睨へいげいしている。

 ハルマは石像のあちこちを触り、そこに何かないかを探しているようだった。


「この地方における“蛇”の古語は“ジアモ”もしくは“ゼアモ”。この寺院は、その古語が使われていた時代よりも更に古い時代に建てられたものなのかもしれないね」


 そう呟いたジンの言葉は、アストラルダから与えられた知識の一つだ。

 言語および術式についてユリカ達をサポートしてくれる彼女は、そのような知識を当然のように持っていた。

 アストラルダ・アレウシウスは、カスタレリア王国から学術博士の称号を与えられているのだ。

 言語学についていえば、彼女は大陸の東側で五指に入るほどの博識を誇っていた。


「蛇、ジアモ、ジョモ……ここがジョモ・ナーゼラム寺院で確定、だな」


 ハルマはそう言って立ち上がる。

 そして手についた土や砂をパンパンと払った。


「ちょっと、風向き! こっち向いてるからぁ」


 砂埃がユリカの目を直撃し、たまらず声を上げる。

 ほんとに篠塚しのづかハルマという男は配慮に欠ける男だ、とユリカは思う。


「わりぃ、ユリカ。けど、そんなことより……」


 そんなこと……。

 少女の顔の前で盛大に砂を撒き散らしておいて言うセリフだろうか。


「この石像には、ギミックとかはないみたいだぜ」


 顔をしかめるユリカの前で、ハルマは石像の調査結果を端的に述べる。

 そして彼は、すぐに次の石像へと向かって歩き出した。


(ほんとにアイツ優しくない。優しくするのはちっちゃい女の子にだけ。このロリコン!)


 そんなことを思いながら、ユリカはそのロリコン野郎の後姿を追った。




「ダメだな、石像は関係ないみたいだ。……くっそ、こんなに怪しいくせしてハズレかよ」


 あれから寺院跡にいくつか遺る石像を調査したが、そのどれにも仕掛けなどはないようだった。

 悔しそうにしているハルマを見て、


「あーらら、アンタお得意の“ゲーマー的勘”とかいうやつも、けっこうたいしたことないんだねー」


 さっきの無礼のお返しにと、ユリカはそう言ってハルマを責める。

 ぐぬぬ、と歯を食いしばるハルマを見て、少しはユリカも気が晴れた。


「……そうなると、まったく別のアプローチが必要か」


 悔しがるハルマの顔を眺めて笑っていると、不意にジンがそう呟いてどこかへ歩いていく。


「どこ行くの? ジンさん」


「ちょっと気になる記述があってさ。この『あなたも頭を垂れていくべき』ってとこ」


 そう言ってジンは礼をするように腰を折り、頭と視線を下げて、遺跡の石畳を食い入るように見つめながら歩いていく。

 ユリカは首を傾げながらその背を追った。後からハルマもついてくるようだった。

 そして、ユリカ達がその背中に追いついたのと同じタイミングで、彼は「あっ」と声を上げた。


「なになに? なんかあった? ジンさん」


「ここ、もしかしたら……」


 ユリカが見守る前で、ジンはいきなり地面に這いつくばった。

 そして、そのままの姿勢で四方を見回している。

 その後、やおら急に立ち上がると、ジンはその場から離れた方向へと駆け出していった。


「ど、どうしちゃったのかなぁ……? ジンさん」


「わかんねぇけど、大丈夫だろ。ジンさんのことだから、きっと何かに気付いたんだって」


 少し心配になってしまったユリカとは対照的に、隣にいるハルマは笑っていた。

 果たしてそのハルマの予感は見事に当たっていた。

 

 ユリカの耳に、離れた場所から二人を呼ぶジンの声が届いた。

 分かったよー、多分! と、若干控えめな言葉ながらも自信を持った表情で、ジンは手招きをしていた。



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