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『悪魔が来りて』 5 神座流ニコポ神拳

「要約するとこんな感じです」


 ハルマがクエストに旅立つよりも前の日に、彼と星空の下で交わした会話を、ユリカはそんな言葉で締めくくった。


「ドラクエⅣ、か。……えっと僕も実際にプレイしたことはないけど、ハルマ君の言いたいことは分かったよ」


「……理解は出来た。……つまり仲間内に裏切り者がいるのではなく、魔物か何かが我々の誰かに変身して襲ってくる。……ハルマが言いたいのは、そういうこと。……あってる?」


「うん、そうだよ。アストラルダさん」


 ユリカがそう言うと、アストラルダは考え込むようにうつむいた。

 この美少女然とした顔の貴族は、なぜかハルマのことを過分と思えるくらいに信頼している節があることを、ユリカは知っている。


「……そう、それなら。……今は、そういうことで納得しておく」


 とりあえず、これで話を進めてもいいみたいだよ。

 ユリカはそんな風に、ジンに向かって目で合図を送る。


「えっと、じゃあ残る記述なんだけど」


 そう言ってジンは本に目を落とした。ユリカ達もそれに倣う。


『心を許してはいけない。彼らは何処にでも潜むものだ。

 それが、あなたのよく知る者の中ではないとは限らない――』


「心を許しちゃダメってのはそのままの意味かな? 『彼らは何処にでも潜む』ってのは……」


「……タイトルから考えれば、『彼ら』は悪魔を指していると考えられる。

 ……それが神話の中の存在を言っているのか、もしくは人の中に存在する悪心を指すのかは不明」


「悪魔ってのは、実際にはいない空想の存在と考えていいでしたっけ?」


「……魔物の一部を悪魔と呼称する地方や種族が存在するにはする。……それと自分と異なる考えを持つ人間を指して、悪魔と罵る者もいる。

 ……ハルマが考えているような人間に化ける魔物を、この本が悪魔と呼んでいる可能性もある。けれど、大陸の東側では一般的に、悪魔というのは神話や空想の中だけの存在」


 ユリカやジンの疑問に、アストラルダはそう答えた。

 それを受けてユリカ達は記述の解読を続けようと試みたが、その後は結局さしたる成果も得られなかった。


 悪魔――裏切り者には気をつけろ。


 それ以上のことは、現地に赴き新たな記述が浮かび上がるのを、待つしかないようであった。




 ◇ ◇ ◇


 時刻は夕刻。亜熱帯のなまぬるい風が人々の頬を撫でる。

 途切れることなき喧騒。所狭しと並んだ露店の軒先から、店主と客の駆け引きの声が聞こえてくる。


 ここの住人は皆一様に薄衣を纏い、中には半裸のような姿で街を練り歩く者もいた。

 涼をとるべく打ち水がなされ、それが身体にかかっても、誰一人嫌な顔をするものはいない。

 むしろ、涼しくしてくれてありがとう、と礼を述べるくらいだ。


 東西陸上交易の起点の一つである《商業都市国家エルドーラ》は、そのような街であり国であった。




「すっごいねー! さすがは東西交易の起点の街!」


「そーだなー、お祭りみてーでワクワクすんな」


 道の両脇に並ぶ露店を見て、やたらとはしゃぐ二人の人間がいた。ユリカとハルマだ。

 二人は屋台の串物を買っては、また次の屋台で果実を買い求める。


「とにかく、一旦は宿に向かおうか」


 そんな二人の姿に苦笑しつつ、足を先に進めるよう促す青年はジンだ。

 三人は今、エルドーラの宿屋通りを目指して歩いていた。


「わりぃ、ジンさん。この雑食系ホルスタインが肉食いたいだの、フルーツを買っていこうだのふらふらしてるからさ」


 そう言ってハルマはユリカを指さした。

 言われたユリカは、大きな胸をふるふると揺らしながら、大股でハルマに近付いていく。


「はぁっ! ハルマだって、いろんな物買い食いしてたじゃない!」


「ちがいますー。ユリカちゃんが迷子にならないか見張ってあげてただけですー」


 しょうもないことで言い争う二人を見て、ジンは大きく溜息を吐いた。

 そして道の先でこちらを伺うようにして待っている男達に対し、ぺこりと頭を下げた。


 いいんですよ、とでも言うかのように笑う数人の男達は、アストラルダが雇っている私兵団の人間だ。

 先遣隊としてこの街の調査をしていた彼らは、今は護衛兼案内役としてユリカ達のクエスト遂行を見守ってくれている。


「いつまでも下らないことでケンカしてちゃダメだよ。

 調査隊の皆さんだって待ってくれてるんだから。……僕だって怒る時は怒るからね」


 ジンは微笑みを浮かべたまま二人にそう告げた。

 ジンのその涼しげな笑顔の裏に、ユリカは仁王様を幻視したような気がして言葉を失くす。

 そして、隣にいるハルマも同じ物を見たのだろう。


「いやいやいや! ケンカなんかしてないよ。なっ、ユリカ」


「うんうん! とにかく行こっか。宿だよね、宿。レッツゴー!」


 ユリカとハルマは互いの手を握ると、それをブンブンと振りながら連れ立って歩き出す。

 まるで幼稚園児のお散歩風景のようだ。

 後ろからついてくるジンの顔を見ないようにして、二人は本日の宿へと向かった。




「ハルマ君が帰ってきた時はびっくりしたよ。

 まさか秘宝だけじゃなく、小さな女の子まで連れ帰って来るとは思わなかったからね」


「そうそう、ホントそう。アタシは遂に、ハルマが犯罪者の仲間入りをしたかと思った」


 宿屋の一階、食事処としても開かれている店の一角で、ユリカ達は夕食を食べていた。


「犯罪者じゃねぇっつの。か弱い金髪褐色ロリロリ家無し美少女を保護しただけだっつの」


「ロリロリって……やっぱり犯罪者臭がするじゃない」


「ちがいますー。ロリコンは紳士ですー」


「ロリコ……、いちおう自覚はしてるんだね、ハルマ君」


 ユリカは、ハルマが『孤独なる旅路』というクエストから帰ってきた時のことを思い出す。


 ただいま、と告げるハルマ。その背に隠れるようにして一人の幼い少女が立っていた。

 ハルマが説明するには「リルナリルナ大晶窟の中に囚われていた娘」だそうだ。


 行く宛がなさそうだったから連れてきた、というハルマの言葉を受けて、アストラルダはその少女を屋敷の一員として迎えた。

 ユウスケとアイジュ、そして館の主であるアストラルダと一緒に、今は彼女のカントリーハウスで留守番をしている。


「けど、無茶するよねハルマも。本の記述を見たら絶対に連れ帰っちゃいけないパターンじゃん」


「あれがオッサンだったら見捨ててたかもな。基本的には俺、無茶はしないタイプだし?

 けど、ど真ん中高めストレートの絶好球だったからなぁ、あの娘」


「ロリコン」


「その性向のおかげで、いたいけな幼女を救えたんだ。

 むしろ俺は自分が“触っちゃう系紳士”であったことを誇るね」


「触っちゃ……って、この変態」


「タッチまでだからセーフですー」


 何を言ってもダメだった。ユリカの目の前にいる男はギリギリの思考回路を持つ奴だったのだ。

 もちろんギリギリアウトな奴だ。触っちゃったらそれはもう犯罪だ。


「無事に秘宝を持ち帰った上に、人命救助までしたんだから、お手柄っていえばお手柄? ……なのかなぁ?」


 ジンはそう言って首を捻る。

 どうやらジンの優しさをもってしても、フォローしきれないものはあるらしい。


「俺もさぁ、連れて帰る気は最初なかったんだよ。

 麓のドワーフの隠れ里にでも預ければいいかって思ってたんだよね」


 ――けどさ、とハルマは語った。




 リルナリルナ大晶窟から脱出した後、行きと同じく山中にてビバークしたハルマは、明くる日の昼には麓の村に到着していた。


 村の入口には、まるでハルマ達を出迎えるように一人の老ドワーフが立っていた。

 それはハルマに晶窟のある場所を教えてくれた老ドワーフだった。


 ハルマは晶窟から救い出した少女を、このドワーフの隠れ里に預けようと思っていた。

 なぜなら、この少女もドワーフのようであったからだ。


 短い手足に大きな丸い耳と目。少女の容貌は、村の住人とよく似ている。

 ロリロリ美少女との別れは寂しかったが、ハルマはそれをぐっとこらえ、彼女を老ドワーフと引き合わせようとした。


 しかし、彼女はハルマの背に隠れたままだった。

 ハルマの足をがっしりと掴み、決して放そうとはしない。

 老ドワーフはその様を無言で見続けていた。そして、しばらくしてから老ドワーフは言った。


 静かで拙いながらも力強く、大陸共通語で――すぐにこの村から立ち去れ、と。




「なんだかさぁ、有無も言わさずって感じだったんだよなー。

 親切そうなおじいちゃんだったんだけどさぁ、急に厳しくなっちゃって」


 追い出されるようにしてその村を出たハルマは、その後の旅路の途中で情がわいてしまい、少女との別れの機会を失ってしまったらしい。


 隠れ里から一昼夜を歩き、小さな村に預けておいた馬に乗って更に二日を行けば、アルタヘナ大砂海へと行き着く。

 砂海経由での交易を一手に取り仕切る大きな街に出たハルマは、そこで借りていた馬を返した。

 そして結局は、二人して公共の飛空艇に乗って、カレスタリア王国にまで帰ってきたとのことだった。


 全てを聞き終えてユリカは思う。

 やっぱりコイツは筋金入りのロリコンだ、と。


「なーにが情がわいちゃって、よ。

 そのドワーフのお爺ちゃんも、人さらいの片棒は担ぎたくないって思ったんじゃないの?

 アンタみたいなのがちっちゃな女の子を連れてたら、怪しいことこの上ないもん」


「いや違うね。いま冷静になって考えてみれば、きっとあの娘は封印の巫女かなんかで、村の人間に見つかればやばかったんだよ。

 それを知ってて、あのじいちゃんは逃がしてくれたんだ」


「ゲーム脳」


「んだとっ!」


「よくそんな都合のいいシナリオを勝手に組み立てられるわね。

 だいたいそのドワーフのお爺ちゃんだって村の人間でしょ」


 ハルマの中で膨らむ妄想を、ユリカはそう言ってバッサリと切り捨てる。

 ハルマはそれでも反論したいようだったが、それを遮ったのはジンだった。


「まぁ、とにかく。連れて帰ってきてしまったんだからしょうがないよ。

 アストラルダさんも快く迎えてくれたわけだし。

 それより大事なのは明日だ。ご飯を食べ終わったら僕の部屋でミーティングするよ。

 寺院跡への道程の確認についてだから必要ないと思うけど、本は自分のを持ってきてね」


 そう言ってジンは席を立った。

 空になった自分の食器を厨房近くにいたウェイトレスの女の子に渡すと、そのまま宿屋の二階へと姿を消した。


「ま、たしかに。大事なのは目の前のクエストだよね」


「さっさと残りを食っちまって、ジンさんの部屋に行くか。明日は朝早いもんな」


 そう言って、ユリカとハルマは皿の上に残る料理に手を伸ばす。

 

「……それにしても」


「……ああ、さすがジンさんだな。瞬殺だ」


 ジンが姿を消した階段の奥。

 それをじっと見上げたまま固まるウェイトレスの少女。

 頬を赤らめた彼女の視線は、恋する女の子のそれだった。


 やっぱりイケメンってスゴイ。ユリカはそう思った。




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