恫喝の出会い
人からはよく感情が無いとか、笑ったことある?泣いたことは?とか言われるがそんなことは無い。
俺だってばーちゃんが死んだ時は悲しんだし、芸人がコントをしてるのを見ても悪い気はしない。ただ、顔にシワが出来る表情をするまでに一線があって、どうしてもその一線を越えることができないだけなんだよ。
なんでかって?そんなもん俺が聞きたいわ。
俺ん家はスゲー田舎で、田んぼが家を包囲してる。他の家も同じ状況。
見渡せばまぁ木造の一軒家がポツポツあって、それ以外は全部芝生のちょっと長いバージョンみたいな田んぼばっか。一田んぼに区切りがあって、それを区切ってんのが舗装もされてないガタガタ道なんだけど、一応バスは通るんだよね。
1日1本とかだけど。
朝の7時18分。
これを過ぎるともう来ない。そう、バスが。
何かね、市が「バスも来ないんじゃ稼げるもんも稼げないだろ」とか突然思い出したかのように議論になって5年前にバス通してくれた。
情けかけられたと個人的には思ってる。
でもその一本は俺にとってすごく大切で、このバスのおかげで大学にも通っていられる。
高校で進路って言われたらもう、一人暮らしか家の手伝いして継ぐかしか選択肢なかったからね。まぁうれしいよ。
毎日来てくれるんだよ、そのバスは。日曜日も国立記念日も同じ運転手さんでね。
凄く優しそうな、温厚そうな顔の人で目尻のシワがよく物語ってて、ある時バス停まで7時18分の時間に間に合わなかったことがあるんだけど、その運転手さんはいつもこの場所で俺が乗ってくるの知ってたから待っててくれたんだよね。
駅に着いて降りる時に
「あの、ありがとうございました。」
ってお礼を言ったら
「いいんだよぉ、いつも頑張って大学いって偉いね。」
と、まぁ若干子供扱い気味なんだけどやっぱり優しさが溢れ出てる人だった。
そういう大学の行き方が2年続いて、俺が2回生の時の夏にいつも通りにバスを待ってた。
でもいつもなら時間ピッタリに来てくれるバスが来ない。
おかしいなぁと思いながらも事故か何かかと思いつつも待っていたが8時を超えてもこない。
今日は来ないかもしれないと思い、一旦家に戻った。
玄関を開けると母が
「あれ、もうあったんじゃなかった?」
とエプロンを外しながら来た。
「バスが来なかったんだよ。8時超えたからもう来ないと思う。」
靴紐を固めに結んでいたので脱ぐのに時間がかかった。
「そうなの。でも今日は21日でしょ?仕方ないわよ。」
ん?
「え、どういうこと?」
母は立ち止まらず台所に戻っていった。鼻歌歌いながら。
21日だから仕方ないって何?誰かの誕生日とか?でもバスが来ないって結構大規模だから、国の記念日とか?いやでも今日7月21日のカレンダーの日付を見ても、何も書いていない。
バス会社限定の日なのかな。
そういえば去年の夏もバスが来ない日があったな。あの時も確か7月21日だったような。
意味がわからん。
とりあえず大学にはもう今日は行けないし、どーしよう。
「おーい!陽太いるかー?いるんならちょっと手伝ってくれ!」
家の奥の倉庫のほうから親父の声が聞こえた。
「おーけー、今いくよー。」
家の奥には田んぼの稲を刈る道具だとか薬品だとか色々あるんだが、朝親父はその機械の調子を見たりしている。
行くと親父はデッカい車みたいな機械の下にいた。
「おお来たか。お前の左側手前に色々道具並べてるだろ?それ言ったらとって渡してくれ。」
機械をいじるガチャガチャした音をたてながら親父はすぐさま
「左から2番目のやつ取ってくれ。」
「はいよ。」
「次左から5番目の小さい棒。」
「はいよ。」
手伝いってコレだけか。
と思いながら親父は夕方まで機械をいじってた。
それをずっとただ見て道具渡していただけのせいなのか、座っているだけで凄く疲れた。
腰に来た。
「うっし、終わった終わったー。手伝いありがとな、コレ玄関の外に出して乾かしといてくれ。」
そう言うと水で洗ったばかりのデカイシャベルみたいなもの5本を俺に渡してきた。
「(こんなの何にどうやって使ったんだ...)」
「へーへーい。」
家の中に水が垂れないように、新聞紙で包んで玄関に持って行った。
ガラッ。
玄関を開けると綺麗なオレンジ色の空になっていた。
オレンジ色の空と緑の田んぼのこの色合いはずっとこの家に住んできたが、この日が一番綺麗だった。
確か去年の今日も綺麗だったけど、今日のほうが何か綺麗というか、落ち着くなぁ。
と、感慨に浸っていたんだが、玄関から外に出て見えるこの画にいつもと違う物があった。
ん?いや、ものと言っていいのかわからんが、「それ」はさっきの俺と同じようにオレンジ色の空と緑の田んぼのを見ていた。
顔は見えないがどうやら人型のようで頭には3本のウサギの耳のようなものが付いていた。
尻尾もあるようだが、俺が特筆したいのはそれではなく、いや、それも十分変なのだが何といっても全身に海苔がついてるという点なのだが。
その場から動けず、視線も好奇心から逸らすことができなかったが、やっと「それ」の一部である3本の耳のうちの真ん中の耳が何かに気づいたようにピクッと動いた。
そして「それ」はゆっくりコチラのほうに顔を向け一言言った。
「何見とんねんお前!!」
「え」