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mare,La’mar -母なる海-

 歪曲空間潜行戦闘艦「ホウセンカ」級航宙艦「カタバミ」は全長六〇〇mほどの宇宙船ながら、次元潜行が可能な高性能宇宙船である。

 このヴォイド宇宙を単機でワープ可能なこの機体は、『戦略レベルで色々と問題が有った』らしく、建造数はほんの数百隻、しかも「ホウセンカ」級配備自体も『政治的な取引の末』白紙に戻され、全艦武装解除の上で民生用としてのみ利用を許可された曰く因縁付きの代物である。

 その多くは大型キャリアカーゴに接続する形で星間連絡船として再利用されたが、極少数は個人レベルの宇宙商人や物好きに購入された。

 自称「宇宙海賊の末裔」ラ・メール艦長によって「カタバミ」と命名されたこの艦も、そんな個人用払い下げ機体の一つである。

 もっとも、人類が原初の星から三億年ほどかけて汎銀河に分布したこのご時勢、宇宙海賊なんてむしろ武装船団の一員として輸送艦隊の護衛に回るか、そんな輸送艦隊を向こうに回して掠奪するかのどちらかで、事実上傭兵だとか警備会社みたいな組織に成り果てていた。

 そう言う観点から言うのであれば、単機ワープなんて機能は護衛船団の一隻として動く限りは無用の長物なのに、「ホウセンカ」級民間払い下げの報が流れた時、ラ・メール艦長は意を決した顔で「仕事用」とは別に一隻所持するのだと主張をし、ありとあらゆるコネを駆使して入手して、挙句そのワープ機能で人類発祥の惑星へ向かうと言い出して今に至る。




 歪曲空間潜行航行……ワープ中は星さえ見えない漆黒の闇の中、進んでいるのか止まっているのかすら判らない状態で、ただ静かに時間だけが過ぎて行っていた。

 時間と共に艦長の挙動が目に見えて落ち着かなくなっている。

「艦長。暇なのは判りますが、少しは落ち着いて下さい。艦長自ら選んだクルーに示しがつきませんよ」

「だって、ラ・テール星系生物発祥の母なる星に向かっているのよ? 落ち着いてなんていられるものですか。それに、私が選んだのは副長、あなただけよ。機関区のギエモンお爺ちゃんとか、防衛部のルーデルさんとか、他の皆は、そりゃちょっと相談に乗って貰ったりもしたけれど、皆納得づくで付いて来てくれたわ」

「相談? 何の相談です? 私の記憶に間違いが無ければ、この『カタバミ』を購入するのも、人類発祥の星『ラ・テール』へ行くのも、全て艦長の独断だったと記憶していますが……?」

 図星を指されたのか、ラ・メール艦長はあなたにはまだ言うべき時じゃないのよ、と言いながら、バツが悪そうに、真っ赤に染まった顔を副長から背けた。

 言うべき時ではない、と言うことは聞くべき時でも無いのだろう。

 そうしてブリッジ司令部に立つ二人の間には気まずい沈黙が流れ始めた。

 ワープカウントがどんどん目減りをし、跳躍距離表示の宇宙キロ数がどんどん増えるにつけ、そわそわとしていた艦長の挙動は、今や、わたわたと表現する方が良いくらい落ち着きがなくなって行くのが傍目にも見て取れるほどだったが、それでも、気まずい沈黙は、いまだに二人の間に居座り続けていた。




『観測部より艦長へ。絶対星系座標で目的座標まであと八〇光年。時間にして一〇分ほどです』

 その気まずい沈黙は、目的座標を前にした観測部からの報告によって、不意に破られた。


「各機関へ通達。次元浮上準備」

 先程までの気まずさはどこへやら、凛とした声で艦長から指令が発せられる。

「アイ、マム。各機関へ通達。次元浮上準備」

 それを受けて各部と連絡を取る副長もまた、やるべき仕事に専念し始める。


『機関部。了解。次元潜行機関(ドライブ)主機ブロー開始。クラッチ開放。フライホイール接続点火。航宙機関(エンジン)補機から主機へ出力伝達。次元浮上準備宜し』


『防衛部。了解。アス(対小惑星防禦システム)ロック解除。斥力ネット展開。先4前2側3後1で出力設定はいつも通り。観測部報告により、割振り変更はいつでもどうぞ。こちら次元浮上準備宜し』


「観測部。速やかに、浮上予定空間観測報告を」

『アイ、サー。観測部より報告。浮上予定空間は目的座標3光分前。通常空間異常なし(ナミオダヤカ)。防衛部、斥力ネット展開に変更なし。次元浮上準備宜し』

『防衛部、了解。斥力ネット出力は艦首方向より4231を維持。宜候(ようそろ)


「艦長。観測部より報告は『ナミオダヤカ』。全部門次元浮上準備宜し」

「宜しい。カタバミ、次元浮上開始!」

「アイ、マム。ディメンションバラストオールブロー。全乗員次元浮上に備え。次元浮上開始!」




 漆黒の闇をただ浮いていた様に思えたカタバミの各部から、艦首前方に向かって小さな光の粒が浮遊していくのが見える。

 艦首前方に向かう光の粒は徐々に数を増し、艦首前方に積層して小さな虹を描いて行く。

 小さな虹は、次々と集まる光の粒によって巨大な虹となり、艦首から見える空間を全て覆い尽くしたかと思うと、再び一点に収縮し、ほんの一瞬だけ目映い光芒となったかと思うと、再びスペクトル分解を起こした虹の尾をカタバミ後方へと引きずって弾け、残響の様に残ったスターボウも、やがて穏やかな宇宙の海に解けて消えて行った。




 カタバミの前には明るいオレンジ色に輝くGv型主系列恒星と、その恒星に照らされて鈍色を反射する、小さな岩石矮星がひとつ。

 そして正面に小さく、蒼く輝くひとつの星。

「あれが、あの水の一滴みたいな小さな星が原初の星……」

「『ラ・テール』ですか……。まさか3億年から経ってもまだ残ってるとは」

「あの青い輝きがLa’mer……私の名前と同じ、海なのね」

「そうですね。人類の……いえ、全てのラ・テール星系生物のmere,(母な)La’mer(る海)……」

副長の呟きに、艦長であるラメールは思わずクスリと笑いを(こぼ)した。

「ああ、済みません。思わず柄にも無い事を」

慌てる副長を制しながら言葉を紡ぐ。

「私、副長に言いたいことが有ったから、わざわざ原初の星くんだりまで来たのよ?」




(La’mar)を、貴方の子供のmere(お母さん)にしてくれませんか?って」

 それは、mere,(母な)La’mer(る海)に後押しされたラ・メール艦長の、一世一代の告白だった。

 曰く、


「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。

そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」

(三好達治:「郷愁」より抜粋)


 有名な詩の一文(だと思ってたんですが、どうなんでしょね?)が実はそもそものネタ元でス。

 だからこそ、艦長の名前はラ・メールでなければならないのです。

 だからこそ、地球のことを仏語でラ・テールと呼んでいるのです。


 ……でも艦船命名に花の名前を使うのは、きっと日本的文化がどこかにミックスされてるせい。


 「沈黙の艦隊」みたいに船殻にナイフで「かたばみ」と入れようとして副長に止められたとか、止められたんでしょうがなく、黄色いペンキ(片食の花の色)で船殻にデカデカとひらがなで「かたばみ」と書いたとか言う妄想設定が生えてきたり来なかったり。

 関係ないですねそうですね。

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