第3話「サーフェナイリスという厄災を越えて」
時は二十二世紀。
死の病とされた癌も過去の話。
科学万能の世紀。
そんな人類の幻想を嘲笑うかのように、ソレは肉を喰らい骨を砕き皮を突き破り、人の体内より現れ出でた。
制御に失敗したバイオマイクロマシンが、生物に生じさせる雑多な腫瘍の集積物。
あるいは人工胎盤黎明期に見られた、無作為に増殖するヒトの成り損ない。
そんな醜悪で、生理的嫌悪を呼び起こさせる――肉塊。
ソレは生まれ落ちたときより、周囲のモノを生物無生物区別なく飲み込み、巨大化し続けた。
対応に遅れた結果、事態の収拾のために核すら用いられた地域もある。
そして多くのケースにおいて、ソレの飛散した肉片がさらなる地獄を周囲にもたらした。
ソレの肉が体液が人間に触れると、その人間の殻を砕き、再びソレが姿を現したのだ。
第二種特殊環境災害。
事象U。
黄泉竈食ひ。
神罰。
審判者。
御使い。
ありとあらゆる部門の専門家と宗教家によって、数多の呼称が与えられた。
明確な答えの得られぬまま、ただ事態の収拾に明け暮れる日々が続く。
やがて人々は疲弊し、絶望がそのおもてに陰を作り始めたころ。
情報ネットワーク上の有象無象が集まるフォーラムに、ノトカ・サーフェナイリスの名で膨大な臨床データが公開された。
『特定疾病感染者の身体的変異及び諸療法の効果と影響』
そう題された資料により、人類は脅威に対する抜本的な解決策を見出せないまでも、対症療法的措置を構築することに成功する。
そして人々はソレを疾病と断じることにためらいを抱きながらも、著者の名を冠し『サーフェナイリス症候群』と称することでひとまずの一致を見た。
他に道がなかったと、そう言うのが正しいのかもしれない。
世界は問題に直面していたのだ。
著者が『感染者』と称した『発症者』未満の潜在的脅威。抱え込んだこれら迷惑極まりない被害者と、いかにして向き合うべきかという、大きな問題に。
しかし、サーフェナイリス症候群が人類にもたらしたものは、損失と喪失ばかりではなかった。
人類はその原因、根本的な治療法すら見出せていないにもかかわらず、したたかにもその利用法の開発を始めていたのだ。
サーフェナイリス症候群の発症により生じる同化現象。
あるいは罹患者が限定的に物質を同化変異させる現象。
それら蝕変・半症と名づけられた現象により生じる、『真衣』と呼ばれる変性物質のしめす特異な性質は、人類の科学に多大なる未知を突きつけた。
文字通り日々発見される新たな原子・分子構造。
その利用法を考えないほど、人類の野心は枯れていなかった。
また罹患者による真衣の研究は、同化現象に見られる量子的ふるまいから一歩踏み込み、量子制御技術の研究にまでおよぶこととなる。
サーフェナイリスの発見から半世紀弱。
治療法はおろかいまだ成因すらも定かにならぬまま、数多の罹患者を人柱に、人類はサーフェナイリスとともに歴史を歩み続けている。
二度のサーフェナイリス・ハザードにより、もっとも甚大な損害を被ったこの日本でも。
いや損害を被った日本だからこそ、もはや切り離せぬほど深く根を張っているのだ。
膨大な罹患者を獲得した日本は、その病名を吾破病と改め、サーフェナイリス研究先進国として揺るぎない地位を築いていた。
そこにかつてルイオラ・インダストリィに経済を脅かされた影はもう見られない。
だがその繁栄は、罹患者にとっての地獄と裏表にあった。