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第37話「安寧の裏側」

◆ユウゼイ◆


『状況を確認する』


 指揮官然とした冷徹な理灯の声が電脳に響く。


『本日〇二〇〇より稜江はカーラとの大規模な戦闘に突入した。〇二〇六には稜江三十八号環京『笹塚』で侵されざる純潔(サンクチュアリ)が確認されている。同地点には未特定の規格外罹患者(イレギュラーサフェル)K〇一の存在も観測され、その後〇二二七までに笹塚守備部隊全隊との通信が途絶。生存者は報告されていない。なお強力な電磁パルスが使用された可能性が高く、笹塚全域の電子機器が機能を停止、サガラから内部の様子をうかがうことはいまだできていない』


 招集に応じたユウゼイを待っていたのは、逼迫した戦況を伝える情報の数々と、反比例するようなのらりくらりとした理灯の待機命令だった。

 ユウゼイは、早苗と和葉の間に通されたパスとそこから導き出される推察、〇二二七時点で調律が再開された旨を理灯に伝えたが、下された命令は覆らなかった。


 状況が一変したのは〇三一七。

 ユウゼイは指揮車への移動が命じられ、その後部格納庫にてロケット推進器の接続作業を開始した。

 情報こそ与えられ、その詳細な説明もなされぬ状況に苛立ちを募らせ始めた矢先。研究室全体に共有するかたちで告げられたのが、先の言葉だった。


『この件で、稜江は温存していた等級AAを新たに三人、戦線へと投入することを決定した。稜江の保有する等級AAのおよそ八割が戦闘に駆り出されたことになる。敗れれば今後、この分野での稜江の復権は絶望的なものとなるだろう』


 そして現実は、非情にもその敗北へ向けひた走っている。


『だがそれもカーラの狙いだったと見るべきだろう。〇二四九、カーラはマリオネットを戦場に投入するとともに、新たな等級AA二名を中心とした別働隊により稜江三十九号環京『大澄』強襲を敢行。そして〇三二四、今しがたその制圧に成功した。その際の戦闘で稜江の等級AA二名の死亡が確認されている』


 リンクを静かな驚愕が満たす。

 誰もが予期していたことであろう。けれどそれが現実として目の前に突きつけられたとき、感じるのはまさかという思いだ。


 単純戦力にして十倍という差を覆す、等級AAという存在。

 個が群を凌駕する。異常、としか評することのできない事態。

 それがここ八束では繰り広げられている。


 しかし、永山という等級AAAを間近で見てきたユウゼイにしてみれば、それは特区での有り触れた現実に過ぎなかった。

 それゆえに、続く理灯の言葉を逸早く理解したのもユウゼイであった。


『また海軍第三強襲大隊所属の大型VTOL輸送機群が、空母『(さく)』甲板にて確認されたとの情報が届いている。出撃態勢に入ったわけではないが、即応できる状態だ。環京複数がカーラに制圧され、稜江はかつてない危機的状況を迎えた。このタイミングで、稜江との繋がりの強い第三強襲大隊に動きがあったことは無視できない。事態がこのまま推移すれば、稜江の要請で軍が介入に動く可能性は十分に考えられるだろう』


 概ね予想通りの展開。慎重に過ぎて後手に回った、ユウゼイの眼にはそう映った。

 ともすればそのまま皮肉として口を飛び出しそうになる焦燥を、ユウゼイは嚥下する。

 指揮官として振舞う理灯には、ユウゼイにそうさせるだけの実績があったのだ。


『我々の目的は、カーラの投入した最大戦力、K〇一を排除し、カーラ優位に大きく傾いた戦局を引き戻すことにある』


 理灯は皆に理解が及ぶのを見計らうように一度言葉を切り、そして再び言葉を繋いだ。


『作戦を説明する。標的は現在第三区三十七号環京『伏屋』にて、稜江所属の等級AA二人と交戦状態にある。役割はいつもと変わらない。ユウゼイがアタッカーで、荒木、ルキアスがバックアップ。残る課員でこのサポートに当たる。伏屋ではほかにもサンクチュアリを筆頭に複数の等級AAが戦闘を続けている。正面から向かえば衝突は避けられないだろう。粛清の件もあり、稜江に協力は望めない。また我々の行動を察知し、稜江の完全な失墜を望む防疫局各派から妨害も予想される。いたるところ敵ばかりというわけだ。そのためユウゼイには例の飛行外装を用い、外壁を突破し環京内部へと侵入してもらう』


 環京に設置された対空兵装一覧と特性、侵入ルートの候補。それら資料が説明に合わせユウゼイの電脳へ送られてくる。

 洗練された情報はこの短時間で集められたものではあり得ない。


 口もとが引き攣る。後手に回ったなんて温い考えだった。

 理灯の目的は徹頭徹尾、稜江を特区から完全に排除することにある。

 久遠研究室による粛清すら霞むこの最悪にして最大の好機を生み出すべく、理灯はあえて機会を見逃し続けてきたのだ。

 正気の沙汰ではない。


『バックアップのふたりも今回ばかりはユウゼイと別行動だ。防疫局が稜江派から接収した光学戦車数両が格納庫で腐っている。拝借して地下から三十七号環京に向かってもらう。三十八号環京同様、電磁パルスにより内部の状況に不透明な箇所が多い。標的の所在は早苗の調律だけが頼みだ』


 稜江派一万の血に濡れた手で稜江の窮地を救い、その逆の手は元凶たるカーラの望む結末を掴み取る。

 それはすなわち表向き稜江に貸しを作り、それでいて防疫局の利権を固め各派に損失は与えず、極めつけは知るべき者たちにカーラとの繋がりを臭わせるということ。


 傲慢とは理灯にこそ相応しい。

 次にいつ訪れるとも知れぬ好機を前に、本気ですべてを手にする心算でいるのだ、この女は。

 眼前に示された、安寧を望むということの本質。

 始めたのは理灯とユウゼイ。ならばその狂気はユウゼイの一部でもあるのだろう。


『現時刻を以って久遠研究室は第一級戦闘態勢に入る。カーラとて軍の介入を望みはしないだろう。サンクチュアリの示したK〇一排除による事態への幕引きが、奴らの用意した方策のひとつであることは疑っても仕方がない。だが、カーラを甘く見るな。演出のためには人の死をも厭わぬ連中だ。そうでなければ持久戦など仕掛けたりするものか。奴らは我々を全力で潰しに来る。行く手を遮るものはすべて敵だ。殺せ』


 そして、ユウゼイの出撃は言い渡された。



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