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第34話「血塗られた道」

◆ユウゼイ◆


 日付は変わり、未明。もう間もなく明け方と呼ばれる刻限。

 ユウゼイと早苗のふたりは、学院の廊下に靴音を響かせていた。理灯の招集に応じてのことだ。

 足早に目指すのは久遠研究室が作戦本部としている一室。


 研究室に宛がわれた区画に立ち入ると、途端に異臭が鼻をつく。

 そこに、学院特有の白塗りの廊下は残されていなかった。


 壁面のいたるところに弾痕と罅割れが群れを為し、赤や黒の染みが斑に彩りをそえている。陥没した床に点在するのは、血とオイルと循環液が入り混じった水たまり。溶融しガラス化した床材も目を引く。

 残骸と成り果てた動甲冑など、数える気にもなれない。


 すべてはこの時のためと理灯が用意した防衛機構と、荒木率いる無人機(ドローン)部隊が振るった猛威の痕跡であった。

 すでに作戦は最終段階へと移行し、久遠研究室旗下の部隊は稜江派残党の殲滅へと向け動いている。


 ユウゼイの側はと言えば、語るべきこともさしてありはしない。

 最初の衝突の後、戦闘区域内のすべての敵を処理したユウゼイは、ルキアスたち遊撃班と合流。証拠隠滅(掃除)を数は減ったが無人機(ドローン)に任せ、当初の予定通りに稜江派拠点の各個撃破へと移った。


 ルキアスを主戦力とし、多脚型無人戦闘支援車四両、同補給車一両を加えたわずか一個分隊規模の小部隊による奇襲。

 戦力比にして一対百。大隊以上の人員を擁する拠点への、数値だけで見れば正気を疑う戦闘行動。

 しかし、学院外にある拠点はいずれも一時間ともたず陥落する。


 極度に情報化された戦場にあって戦局を大きく左右するのは、数ではない。情報だ。稜江派との戦闘において、久遠研究室は常に情報的優位を維持し続けた。

 オンラインのシステムは、事前に理灯が構築していた(バックドア)を介し早苗が制圧。オフラインにあるシステムも、そのほぼすべてが忍の経歴(キャリア)を遺憾なく発揮したルキアスによって無力化された。

 本来稜江派の身を守るために用意されたありとあらゆる防衛機構(もの)が、ユウゼイら久遠研究室の作戦行動を支えたのだ。


 しかしここまで一方的な展開になったのには、さらなる理由がある。

 離反。すなわち裏切りが、稜江派を内部から切り崩していたのだ。

 そしてこれこそが、久遠研究室のこの度の作戦の要。荒木が度々ルキアスらを連れ、行っていた工作活動の成果だった。


 それら事前に恭順を示した者たちを使い、さらなる裏切りの連鎖を招きながら作戦は進行した。

 情報的に盲目となった稜江派に、離反の是非すら共有することは適わなかった。そして連携も取れぬまま部隊単位で孤立し、蹂躙されていったのである。


 だが、久遠研究室は続発した反逆のひとつとして認めはしなかった。

 利用するだけ利用し、使い潰す。そして生き残った者たちも例外なく処分した。時局を見極められぬ愚昧に、駒以上の価値はない。

 そして価値がないのは、先んじて恭順の意を示した者たちもまた同様であった。どれほど趨勢を見極める眼を持とうと、保身を優先する者たちを手もとに置く道理があろうはずもない。


 ゆえに味方となろうとその命は軽かった。度重なる戦闘を経て学院内の稜江派本拠を制圧し、なお生き残ったのは一割に満たない。

 そして中隊におよばぬ数となったそれら駒たちは現在、彩の指揮の下で稜江派の生存者の殺戮に奔走していた。

 本来であれば、機動力に優れるユウゼイがその先陣を切るのだが……。


 冷たくなった骸の傍らを、顔色ひとつ変えずユウゼイたちは通り過ぎる。

 テロの後の草野では、腐りかけの死体の山は珍しくもなかった。その片隅で夜を明かしたことだってある。

 見知らぬ他人の死に、ユウゼイたちはどこまでも無関心であった。それは、山崎との一件を経たところで変わらない。


 作戦は恙なく進行している。それだけにユウゼイはこの招集に強い疑問を抱いていた。

 凶報なのではないのか、と。

 サガラに乗せられぬ情報というだけで、否が応でも不吉が脳裏をかすめる。傍らを歩く早苗も口数は少なく、それはいっそうユウゼイの胸のうちを不穏の予感で満たすのであった。



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